5.王家の晩餐
「大活躍だったようじゃないか、当代の聖女よ」
「からかわないでくださいまし、父様。……お耳に入っておりましたか」
「ここのところ城内もその話で持ちきりだぞ。聖人が第一王女殿下を後継者に指名した、とな」
「…………左様ですか」
事後処理に少し時間がかかって、日が沈んだかどうかという黄昏時。大騒ぎの街から城へ帰った私たちを待っていたのは、にやけ顔をしたやたらと美形な両親だった。
もちろん二人とも、私が何をしたかわかって言っている。私たちを放っておくと魔力が溢れる体に産んでおいて、ずいぶんと白々しいことだ。
少し早く執務が終わったようで、二人してわざわざ出迎えてくれたのだ。それは嬉しいんだけど、できればそこまでするのは今日以外がよかったかな。
もう三十代も折り返すくせに青年にしか見えない、意味のわからないほどの美形を明確な愉悦で歪ませないでください。
「父上、その件につきましては」
「何、気にかけることはない。アメリアも13歳になる、じきに頃合だろう」
兄様を相手に何やら不穏なことを言い出したこの美形が、私の父であるヴィクトール・フォン・アズレイア。つまり現国王だ。外交にはあまり強気な人物ではないながらも、その分内政に優れた良王。表立った戦乱がない今の時代だからこそ輝く、時期に恵まれた人物といえる。
ちなみに、対照的に軍務にも優れているのが兄様。亡き叔父上もそうだったようだ。それもあってか、兄様は成人直後でありながら国の外交を任されているとか。
「それで、今日のアメリアの聖術はどうだったの?」
「そう、それなんですお母様! いつもよりもさらに強くて綺麗な、診療所全体を飲み込むような《聖癒領域》だったんです! とっても綺麗で、幻想的で……!」
「あら、もう《聖癒領域》を? もしかしたら、お父様にも似たのかしらね」
一方でシャルの要領を得ない説明にも嬉しそうなのが、母のユリアーナ。優れた魔術師を度々輩出している名門・シュッツガルト侯爵家の出身で、こう見えて当代最高の付与魔術師だ。優しそうに見えてかなり気の強いひとだけど、実はアプローチは父のほうからだったとか。
その父、つまり私の母方の祖父にあたるディートハルト・フォン・シュッツガルトといえば、もうすぐ60歳を迎える現聖人。つまり聖術の第一人者だ。もう歳ということもあって、次の聖人が探されているとか。
……みなまで言わないで、すぐ説明するから。
ちなみにシャル、さっきからずっとこんな感じだ。普段はちゃんとお姫様をしているんだけど、たまにスイッチが切れてこうなるんだよね。かわいい。
「アメリア」
「はい」
「王威を示すにはまず、力よりも心だ。敵には力を、味方には策を、民には心を。それを忘れずにいれば、良き王族となれるはずだ」
「……ありがとうございます。今後も精進致しますわ」
「もう少しゆっくりしてくれても、私たちは構わないんだけどね」
ちなみに私の魔力廃棄については、毎度こんな感じで褒められる。ちょっとおおらかすぎやしないか、この国の王族。
独断で民へ干渉して窘められもせずに褒められれば、普通の子供は嬉しくなって制御を失いがちだと思うんだけど……まあ、信頼されていると思うことにしている。
父様が時折、まるで私のことを大人のように扱うのは、今に始まったことではない。
ただ母様、それはごめんなさい。あなたの娘、中に大人の記憶が混ざっておりまして。余計に子供らしく無邪気なことはできそうにありません。
……思えば父様、それに薄々感づいているのかも。たまに教わってもいないことを問われるし、答えたら嬉しそうに目を細めるし……。
ところ変わって晩餐室。王族が複数人集まって食事をとる時は、決まってこの部屋を使うことになっている。……5人揃って使うにも広すぎる部屋だけど、集まるのが2人でもここ。こういう細かなところで贅沢をするのは、もはや王族の責務ともいえる。
この国にも本来は毒味が存在していて、王侯貴族はなかなか温かいものを食べられない……のだけど、ここは異世界。方法はあった。
私の聖術で、料理全てを問答無用で解毒してしまえばいいのだ。そうすれば冷める前に食べられるし、むしろ毒味より安全だ。最初に提案した時は面食らった表情をしていたけど、今では父様も母様も慣れた様子。
今日もまず私が解毒魔術を掛けて、湯気がなくならないうちに頂きます。天地の恵みに感謝を。
「……アメリア」
「はい」
「一応聞いておくのだが……今回の規模の《聖癒領域》で、魔力はどれだけ消費した」
まず口を開いたのは父様だった。……まあ、そうだよね。料理に手をつけるまで待ってくれただけでありがたいくらいで、これは当然聞かれることだ。
そして自分の異常性はよく理解している。『セイクリッド・サーガ』でもアメリアのステータスは見ているし、そもそもこの世界に生きていれば「何もしなくても魔力が溢れて困る」のが普通じゃないことがわからないわけがない。
うろ覚えの作中の私による発言では、今のように魔力を持て余すようになるのは、本来ならあと3年は先のことのはずなんだけど……。
「三割と少しです」
「…………そうか」
珍しい、父様がフリーズしている。ほとんど隙を見せないひとだから、ほんの一秒の硬直でもそうは見ないのだけど。
ちなみにこの《聖癒領域》、ゲーム内でも最上位クラスの聖術として登場していた。ヒロインのミアがこれを習得するの、物語終盤の覚醒イベントだったりもする。しかも最終決戦時の聖女ミアをもってして、一度の発動で魔力の四割を持っていかれる極大魔術だった。
兄様が目を見開くのもむべなるかな。身近に聖人を知っているはずの母様ですら、驚きを隠しきれていない。
そして私自身も、内心では驚いていた。ゲーム内のアメリアはというと、魔力量は覚醒後ミアの三割増し。つまり本来は4年後の本編時点でも、《聖癒領域》は私の魔力の三割は喰らうはずなのだ。
既に三割強となると、常に鍛錬をしていることを加味しても下手をすると四年後には二割を切っている可能性すらある。
こういうの、転生特典っていうんだっけ。ただでさえカンスト同然だったステータスを倍以上にしてどうするつもりなんだろうね。
……まあ、そういうことだ。私たちアズレイア王族は、ちょっと異常といえるほどの魔力を有している。
体が成長しきっていて余剰放出が安定している父様や、武術や魔術の鍛錬で常日頃から消費している兄様はいい。だけど魔術を嗜む程度にしか触らせてもらえていない私やシャルは、普通に過ごしていると自然に溜まった魔力が溢れてむずむずするのだ。
そうなってはちょっと魔術の練習をする程度では焼け石に水だから、城下の診療所に傷病人を集めて私の聖術を振り撒くのだ。シャルは聖術が苦手だから、別のところで消費している。
こうして余剰魔力をガス抜きする儀式が、「魔力を捨てる」と称されるさっきの行動の正体。そこに集まっていた市民が快復するのは本当におまけなのだ。
……なかなかどうして、自分たちの体が恐ろしい。こんな戦術兵器みたいな魔力量、世が世ならバランスブレイカーそのものだ。
「……アメリア」
「……はい」
驚きすぎたからか、改めて名前を呼ぶところからやり直す父様。家族でなければわからない程度だけど、ほんの少しだけ疲れた様子が聞き取れた。……気持ちはわかる。
それを聞く私の声も、つられて低く。ごめんなさい。常軌を逸した体質になっていて、本当にごめんなさい。
「ディートハルトから話が来た。聖女とするための聖別だ」
「……はい。そうだろうと思っておりました」
「驚かないのだな」
まあ、だろうね。魔力量はともかくとして、12歳でこれだけの聖術を扱えて、教会が目をつけないはずがない。この世界の教会、意外なくらいフットワークが軽いし。
しかも今回の場合、当代の聖人は私の母方の祖父。声をかけやすいどころか、雑談感覚でお話ができる間柄である。
『セイクリッド・サーガ』でも、アメリアには聖女の肩書きがあった。予定調和というか、こればかりは私が本来より多く魔力を持っていなくても変わらない運命だ。
「聖女を兼ねる王族は過去に例がないが、間違いなく祭り上げられるだろう。……断っても構わないぞ」
「いいえ。お話があれば、お受け致します。それは私が持つべきものでしょうから」
きっと父様は、私のことを思ってくれたんだと思う。聖女とは人々の救いの象徴であり、様々な思惑にも巻き込まれやすい立場。過去を振り返れば、聖女絡みの抗争は枚挙にいとまがない。
でも。
仮に私が聖女を断ったとして、誰がそれを引き受けるのか。聖人は民にとって、時に救いの象徴となる存在だ。
ゲームの中の他人としてアメリアを見ていた記憶は「大変そうだなぁ」なんて思っていたけど、いざ自分になってみれば、そんなことは気にもならないものだった。
だってこれ、よく考えたら王族である私がやるのが一番楽だもの。聖女は権力闘争の道具にできても、王女はそうできない。
王女が聖女を兼ねてしまえば、聖女を巡る面倒な争いはそもそも起こらなくなる。こんなに楽な話はないのだ。
「……そうか。お前も立派な王女になったのだな」
……今のやり取りを聞いたシャルが「私は? 私は王女ではないのですか?」と言いたげな表情を見せたことで、部屋の空気は一気に弛緩した。シャルはどちらかというと、王女というより可愛らしい姫というか……。
ええ、私に可愛げがないことは重々承知していますとも。そういうのはシャルの担当なのだ。
アメリア「(というか、これを断ったらいよいよ何が起こるか分からないというか……)」
どの世界線でも、混ざり物であってもそうでなくても、アメリアという王女は聖女です。
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