6.聖別
数日後。教会から正式に聖別の打診があったので、今日はそれを受けに行く。
王女としての公務ではないけれど、配慮はしてもらえるとのこと。護衛は連れて行っても構わないそうだ。
とはいえ、兄妹揃っての王都散策の時のように何人も追随させるわけにはいかない。こうした行事の時、王侯貴族が連れる護衛は一人。従者と合わせて2~3人が慣例である。
なので。
「というわけだから、いつも通り護衛はお願いね」
「はっ」
当日の朝、私は自室にて専属の近衛騎士に要件を説明していた。
まあそもそも彼の仕事は昼間の私の護衛だから、今更言い含める必要もないんだけどね。行先を伝えずに飛び出したとて、何も言わずついてきて守ってくれるはずだ。
王族を筆頭とした要人を常に警護し、万一の際には自らの身を盾にしてでも守り抜く。それが彼らの職務であり、矜恃だそうな。
そんな彼らに守られる立場にあるということは、私は自分のそれより明確に軽い命たちの上に立っているということ。身分階級のない前世の記憶がある分、ほんの少しだけ気後れがあるけれど……要は権利と義務が極端に多いだけだ。
ノブリス・オブリージュって意外と単純なことなんだよね。
……とはいえ。
「このイザール、本日も王女殿下の御身をお守りできる事は至極恐悦の至り。身命を賭して守護すると誓いましょう」
「……イザール。いつも言っているけれど、もう少し抑え目にできないかしら。貴方の気持ちはわかっているから、できれば平常でいてほしいのだけど」
ここまで重苦しい誓いを立てられると、それはそれで困るのですけど。
彼の名はイザール。私の身辺を至近距離から護衛する専属の近衛騎士だ。実力も申し分なく、忠誠心は折り紙付き……なんだけど、折り目がつきすぎて思いっきりオーバーフローしているのが玉に瑕。
求めてもいないのに必要以上の警備を提案したり、私へ少し至らない態度を取ってしまった市民を必要以上に威圧してしまったりと、やや猪突猛進な気質があるんだよね。たぶん前世は犬だったんじゃないかな。それも飼い主のリードを力づくで引っ張っていくような駄犬。
これは余談なんだけど、前に冗談で「本当に自分の尊厳より私のほうが大事なら靴でも舐めてみろ」と言ったことがある。彼は迷いなく、むしろ瞳を爛々とさせて身を屈めようとした。もちろん私は慌てて撤回した。
とにかく、イザールの中にある忠義とそれ以外を量る天秤は機能していないのだ。忠義が重すぎて竿が垂直になっている。観覧車じゃないんだから。
「いえ。私の忠誠心と覚悟を示すには、これが最も良いと常々思っておりますれば……」
「では言い方を変えます。普通の振りをしなさい。城の中ならともかく、教会の中でまでその態度で居られると私が恥をかくのです」
「…………承知致しました」
時々古風な言い回しをするよね、イザール。おりますれば、って何。
まあ、この通り。少し言い方を考えてやれば御することはできる。制御さえしてやれば国有数の騎士だから、有能な人材ではあるのよ。
まあ、なにせ普段の様子がこの通りなので、制御は私にしかできないんだけど。知っているんだよ、水面下では私のことを調教師として褒める向きがあることは。
他の誰にも扱えないじゃじゃ馬を手懐けていることを鑑みれば、何もおかしなところはないんだけどね。はぁ……。
アズレイア王国には国教が存在する。政教分離なんて概念は存在せず、それ以外を信じることは基本的には宜しく思われない。テロ行為にさえ走らなければ、異端というだけで炙り出して改宗を迫ったりはしないようだけど。
とはいえ、この国に非国教信者はほぼ皆無だ。これには明確な要因があって、国教を明確に信奉する実利的理由があるのだ。
それが聖人、聖女の存在。彼らは同じ時代に一人だけ存在していて、その多くが教会に所属して聖職者として生きている。そうでなければならない、という決まりはないし、私も今のところそうするつもりはないけどね。
では聖人とはなんなのか。これは明確に定義されている。聖別を受けた特殊な聖術の使い手だ。
この聖別は、聖人しか行えない。素質の足りない者には与えることができず、新しく誰かへ聖別が行われたら前の聖人は引退となる。
「お待ちしておりました、殿下」
「お出迎えありがとうございます、お祖父様。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」
「……お祖父様、畏まられてもむず痒いです。孫娘か、せめて跡継ぎとして扱ってくださいませ」
「……わかった、そうしよう。良い孫娘に恵まれて嬉しいわい」
協会の入口まで迎えに来てくれた老人が現在の聖人、ディートハルト・フォン・シュッツガルトだ。齢60を数えるとは思えない元気な方だけど、最近は衰えを隠せなくなってきたとか。
ちなみに私のお母様のお父様でもある。王太子の外戚であるにもかかわらず、謙虚なひとだ。聖人のイメージそのままである。
寄る年波に悩む彼にとって、私の存在は救いでもあったようだ。というのも彼、この歳に至るまで次の聖人に恵まれなかったんだよね。
聖人は国に必須の存在となっているから、後任が就かない限り引退できない。老い先短いと自称する彼にとって、それは重荷だったのかも。
「聖別と大層なことはいうが、儂が行うことは儀式一つきりだ。その後のことは自分で、ということになるが……」
「問題ありませんよ。可能な限り、聖女としての務めは果たすつもりですから」
こうはいうものの、実際の聖人の責務というのは少ない。年に数度の儀式のほかには、必要時に公に聖術を使うだけ。……あとひとつ重要な役目はあるけど、平和な世では関係のないことだ。
なので大抵の聖人は聖職者を兼ねるし、お祖父様はかつてシュッツガルト侯爵家の当主を兼ねていた。私は神職の代わりに、王族と聖女を兼ねることになるわけだ。
教会にいなくていいのか、とも思うところだけど、どうやらその辺りは厳格ではないようだ。滞りなく責務を果たすことができるならそれでいいのだとか。
先にも言った通り、この国では王権と宗教に密接な繋がりがある。王侯貴族ならば逃げられることもないから、わざわざ教会専属になる必要まではないというわけだろう。
形式的な手続きやもてなしを経て、いよいよ聖別。護衛騎士とメイドも外して、お祖父様と二人きりです。……こらイザール、そんな顔しない。私の親戚ですよ。
◆◇◆◇◆
聖別の儀は専用の一室で行う。厳密に定められた規則はないようで、明らかに普段はないであろう椅子が用意されている。
遠慮せず座っておこう。ここで手順を守るのもお互い大変だし、私もお祖父様も必要以上に厳格な性質でもない。
「聖別の儀と大層な名がついておるが、行うことはただひとつじゃ」
そう呟きながら、お祖父様は魔力を練り始めた。部屋の中央に設置された宝玉へ手をかざすと……神聖な力で部屋が満たされるような錯覚。
その力がごく自然に、体の中へ入ってくるのがわかる。世界に満ちている魔力の代わりに、この聖力とでもいうべき力を取り込んでいるようだ。
「これが聖別だ。その力を受け取ると良い」
「はい。では……」
力を取り込むという感覚は、魔術師には非常に重要なものだ。
その理由はこの世界の魔術の発動方法にある。魔力は体内にあるものと世界に満ちているものの二つに大別され、この二つは同じものでありながら役割が異なる。
体内にあるものは、持ち主が生きている限りは絶えず湧き続ける。これは魔術の起動に必要で、まずこれを魔術の形にするのだ。つまり、魔術の素養とはこれの量を指す。これを満足に持たない者はそもそも魔術を扱えないのだ。
一方で世界に満ちているのは、その魔術を肉付けして効果を実用的な領域まで増幅するために使う。いわば燃料、薪だね。これだけでは魔術は使えないけど、これがなければ普通は魔術がまともな力を発揮しない。
とにかく、今はこのうち後者の代わりに聖力(仮)を取り込んでいる状態だ。これを続けていると……少しずつ、体の内側から変化する感覚があった。
「聖別とは、魔力器官を神聖なものとする儀式でな。これにより聖術の効果が上がり、神託を受けることができるようになる」
「なるほど……では、他の魔術は?」
「主は寛大じゃ、聖術以外の魔術も問題なく使えるぞ」
となると、これは単に魔力器官(この世界の人間が持っている、魔術を使うために必要な器官。魔術の苦手な人間はこれが満足に活動していない)を強化する儀式というわけか。
「じゃが、聖別は適性のある者でしか成功せん」
「……その適性とは?」
「強い聖術の力と、善性の心と信仰心じゃ。力を除く二つは、あまり気にする必要がないかもしれぬがな」
おお、危ない。もし前世の感覚が強いままで善心や信仰が足りなかったら、聖別が失敗して王族に汚名を被せるところだったかも。
とはいえ、無事に聖別は成功。私は滞りなく聖女となった。王家と教会を強く結びつけるマスコットには無事になれそうだ。
アメリア「そんなに私に従うのが好きなら、3回まわってワンと鳴いてみなさい」
イザール「……(迷いなく回り始める)」
アメリア「……やっぱりやめて」
小型犬(?)系近衛騎士と聖女としての儀式。説明回ともいいます。
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