19.祝宴にて……
挨拶が終われば、私はフロアの中央付近へ移動する。参加している貴族が親子揃って来やすく、ホール全体を見渡せて、近くにさりげなく近衛騎士を配置できるポイントは確保済だ。
このホールには騎士装の男はそれなりにいるけど、私が頼るべき人物の目印は伝えられていた。この日王族の近侍を認められた近衛騎士は、左の手首に目立たない白布が巻かれている。
その近くではシャルロッテが先んじて友人らしき子女と話をしている。……シャルがああも赤くなったり青くなったりしているということは、話題は兄様だろうか。
当の兄様はというと、父様の近くで側近となるのだろう少年たちと歓談している。当たり前だけど、シャルの様子にはまるで気付く様子がない。
移動を待たずに声をかけてくる大人たち(ちょうどいい年頃の子供がいない貴族だ)はその場で応対する。子供同士の縁を求めていないのに私に熱心だということは、王城に務めているに違いない。見立て通り彼らは官僚たちだったようで、執政学を多少は修めている私にとっては有意義な話が多かった。
話の盛り上がりように驚いてすらいる様子だった彼らが離れていくと、見ていたらしく驚いている子供たちが視界に入った。
「そんな難しいことを」とか、「なんて聡明な方なんだ」とか、口々に感嘆するような声が聞こえてくる。
……いや、違う気がするんだけど。そこは淑女らしくもない堅苦しい話ばかりするへんてこな王女を、下手なことは言えないなりに気味悪がるような雰囲気を出すところだと思うんだ。
別に嫌われたいわけではないけど、そういう覚悟くらいはしていたから調子が狂う。前々から思っていたんだけど、この国の民は揃いも揃って私たちに甘すぎやしないだろうか?
「お初にお目にかかります、アメリア王女殿下。ディールブルク伯爵家当主、ゲルト・ディールブルクと申します」
「ゲルトの娘のドロテアにございます。よろしければ、以後お見知り置きを」
「ええ、こちらこそ。どうぞよろしく、ドロテア様」
……これで何組目だったっけ。
失礼なのは承知の上だけど、そう思わずにはいられない。
もはや数えていないけど、そろそろ五十を数えるはずだ。年頃の子供を連れてきた貴族家だけでこれだけいるのは、我が国ながらさすが大国というべきか。
ただ、このドロテア嬢は良さそうだ。私とふたつしか違わない15歳の少女なのに、余計な欲を感じない。それでいて私に悟らせる程度の好意をほどほどに見え隠れさせて、あくまで「その他大勢」として接してきている。
両親に求められている人脈作りの基準とは違うかもしれないけれど、腹芸のできる令嬢は案外希少だ。伯爵も問題なさそうだし、優先的に名前を覚えておいていいかもしれない。
……あ、離れ際にちょっとだけ拳を握った。私以外に迂闊にそれを見せてはいけませんよ、ドロテア嬢。
そうこうしているうちに、近づいてきた。最初から動向を注視していた人物だ。
「ご機嫌麗しゅう、第一王女殿下。お父上のもとで宰相を務めさせていただいております、フランツ・レーガーです。そしてこれが」
「息子のホルストと申します。是非、顔をお覚えいただければ何よりです」
……名乗られた通りだ。彼らがこの国の宰相であるレーガー父子。この国では公爵位は王族の血が流れる家にしか認められていないから、家柄は確か侯爵だ。
建国当初からアズレイアを支え続けた由緒ある家なのだが……どうして暗殺者を抱え込んでしまったのだろうか。
「お話は父からうかがっておりますわ。今後も父と兄を助けていただけると嬉しいです」
ともあれ、この場で私がやることは単純だ。何も知らない、哀れな王女を演じるだけ。
幸いにも演技は成功しているようで、彼らに訝しむような様子はなかった。表面上はにこやかで、場に流れる空気は全く変わらない。
……いや、少し変化があった。私を鈍い王女だと侮ったのか、息子の方の仮面が緩んだのだ。
こちらを見繕うような、粘っこい欲。押さえ込まれているけど、少しだけ漏れてきた。
いわば所有欲、それどころか所有物を見るような視線だ。それが私に向けられているということは、彼らにとって私は生き残る想定なのだろうか。それとも、私が生き延びればシャルのみならず私も……ということか。
王と王太子を殺して、何もできなくなった王女へ取り入る。聖女でしかない私に政治を手助けすると言い寄って、ゆくゆくは傀儡女王の外戚として事実上の支配者に……とか、ありうるとすればそんなところか。
しばらくして、祝宴も終盤。私もようやく挨拶から解放されて、はしたなくならない程度に料理へ口をつけることもできるようになる。
立食形式のビュッフェだから、メイドに適当に盛り付けてきてもらった。私は食べ物に好き嫌いがあまりないから、本当に適当で問題ない。
ソニアに連れられてホールの奥の端に移動して、その近くにいた見慣れないメイドが用意していた皿を受け取る。そのまま一口。
「アメリア」
「はい、お父様」
ほとんど同時に、私は父様に呼ばれて振り返った。
予定では、今からこの場ではある話をする。私の今後にかかわる大事な話だ。
「今日は私からもお前に贈り物を用意している」
「そう、なのですか?」
この疑問符は存在を疑うものではなく、今ここで切り出すことを勘繰るものだ。父様は毎年、子供の誕生日プレゼントは家族だけの時に与えてくれるから。
今日の主役は私だから、私と国王陛下が重要そうな話をすれば場内の意識は集まる。あの厳格で合理主義な陛下が、この場で娘に何を与えるのだろうか、と。
「アメリア、お前には───」
「…………っ」
そんな最中、私は大きくふらついた。
すぐに傍のソニアが支えてくれるけれど、うまく体に力を維持できない。
初めての感覚に戸惑いながらも、私は父を見上げる。……父は、珍しく心配を顔に浮かべていた。
「申し訳ございません。どうやら私、少しだけ疲れてしまったようです」
「……そうか。このような場は初めてだ、無理もないだろう。話は後でもできる、辛いようなら休みなさい」
「はい、お言葉に甘えさせていただきます……」
ソニアに目配せ。頷いたソニアは近くのメイドに手伝わせ、私を部屋へ連れて行こうとしてくれる。
私はソニアの肩を借りたまましばらく歩き、ホールから廊下へ出た。視線が一気に減って、ずいぶん気が楽になる。自分で思っていたよりも無理をしていたのかもしれない。
そこからさらに数歩歩いて……、
私の意識は、そこで途切れた。
アメリア「」
いよいよ佳境です。ここからしばらくは緊迫した展開が続きます。
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