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誤字報告ありがとうございます!!
9月10日
追加で誤字報告ありがとうございます。本当に助かります!
遡ること数日前。
ヤウズは元々この大陸を根城にする魔族であった。たまに他の大陸に行くことはあるが、基本的にはこの地で生活をしていることが多かった。そのためヤウズは、この地にあるヤスミンがいるこの国とは馴染みがあり、夜会や何やらによく参加していたようだった。だが、ここ数百年の間は参加していなかった。
だからか今代の国王はまさか、自分の国が魔族との由縁があることは知らなかった。
今は国の端々から水が干上がり、実り、恵みが目に見えて失われている。急速な勢いで緑地が砂漠化している現状をなんとかしなければと考えていた。この鍵を握るであろう教会へは、既に警告を与えており、現地へは調査隊を派遣していた。しかし、現状何ら事態は進んでおらず解決策の糸口すら見つけられていない状況であった。
「………教会はなんと言っている?」
「陛下、雨乞いをすると言っておりますが………」
「ふん、今更だな。あんな力など何もない名前だけの聖女や聖人どもに何ができるものか………」
報告によると、近年不審死が続いている雨の祝福を受けた子どもが、何ヶ月も前に森へ捨てられたという。ある文官が大昔、この国が興るよりもずっと昔、この土地すらも岩石砂漠だったという記録を見つけた。しかしそれがなぜこのような豊かな土地になったのかまでの記録は見つからず、今至急で調べさせているところだった。それがもし、教会が棄てた雨の祝福を受けた子どもによるものだとしたら大事である。その雨の子どもに関しても今行方を追っているが、その足跡を追うことができずにいた。
国王は現在の国のことを憂いており、どうすることでこの状況を打破できるのか会議を重ね、専門家の意見を聞く毎日であった。
だからいきなりのことには対応なんてできなかった。叫ばなかっただけでも褒めろよ、なんて心の中では思っても表には出さなかった。
会議の最中、10代の少年の姿をした魔族が現れた。魔族とは多くの人間には縁のない存在で、見ることも稀であった。現れた魔族は短いシルバーグレイの髪とルビー色の瞳が印象的で、頭の角により魔族だと国王にはわかった。
「なんだね!?君は!すぐに出ていきたまえ!」
「我が家臣が失礼した、偉大なる君よ」
ヤウズは席を立ち自分を指差した老いた人間に、無礼の報復をしようとするが、すぐに機転を利かせた国王によりそれは叶わなかった。
「久しぶりに来たのはいいが、随分と困っているようだ」
「お恥ずかしい限りです。それで貴方様は何故このようなところに?」
「用件は雨の子どもだ」
ヤウズは端的に言った。
「雨の子どもと守護者の契約を女神の名の下に行っている。先代、先先代と不審死が続いているからお前達にはもう預けられん。今代は捨てられたようだからな」
思わぬところからの情報に国王は驚いた。
「だから俺がもらうことにした」
この場にいる多くの者は、ヤウズが言ってることが分からず勝手にしろと考えているようだが、国王だけは違った。雨の子どもが消えてから今回のことが始まったように考えていた。さらにヤウズの登場である。当たりだと思った。
「お前達の愚かしさには感謝しかない。だから教えてやろう。もって一年だ」
「い、一年………」
一年という言葉に皆が目を見開いた。何が一年なのかという野暮なことを聞く者はこの場にはいなかった。恐らく、この国が砂漠に飲まれるまでの時間が、一年という計算なのであろう。
「そ、そんな馬鹿なことがあるものか!一年しかないなどと……。……此奴は本当に魔族なのか!?ただのガキではないか!」
一人の大臣が感情に任せて、限りなく真実に近いことを言ったヤウズに八つ当たりをしてしまった。
「……そうだな。見た目が10代のガキの言うことは信じられないよな。お前達よりも長く生きていようがな……」
そう言うとヤウズは一気に見た目が20代近くになり、背も高くなり、声も低くなって見る者全てを威圧するようなプレッシャーを放つ。
ヤウズに八つ当たりをした大臣は、そのプレッシャーを直接目の当たりにし、意識を飛ばしてしまった。
魔族の力、魔力なり膂力なり能力の強さは、外見20代から30代程が最も強く表れる。そのため、他種族と交流をもっていたり、家族を持つ者は力のコントロールをしないと周りの者を巻き込んでしまう。一番簡単な方法は、ヤウズのように幼い外見をとることである。相手を油断させることもできるし、力のコントロールもできる。ただ親しい者との関係性が、望んだものになるとは限らないというのが難点ではある。
ヤウズもその力の強さの為、少年の姿をとっている。そのおかげで相手の隙をつくこともできるし、力が小さいからといって弱い訳ではないので、少年の姿でも特に苦労することはあまりなかった。
「……だからガキの姿でいてやったのに」
「…………大変な無礼を働いて申し訳ない」
ヤウズは一つ溜息を吐くと机が一瞬で氷漬けになってしまった。
「お前達が雨の子どもにした仕打ちは忘れない。この国が砂漠に飲まれるのはそのツケである。女神の慈悲にあぐらをかき、自分達の豊かさが誰からどのように与えられているのかわからないお前達には似合いの結末だろう」
再度息を吐くと窓が凍る。
「判断を誤るなよ。人の王よ。俺は非情ではない。協力はしないが邪魔はしない。友にはなりえぬが隣に住むことには目を瞑ろう」
そう言うとヤウズはどこへともなく姿を消した。そしてその場に残った者達は、魔族が最後に残した言葉を反芻し、その後の対策を考えていった。
***
「ヤウズは優しいなー」
「ボラ、うるさい」
「僕、ノーラが同じ目にあったのなら、間違いなく皆殺しだよ。偽の情報与えてギリギリまでその場に留めおく。そして砂嵐起こして根こそぎ奪う」
「………そこまでするのは面倒だぜ」
「そこまでしないと気が済まないのさ」
ボラは見た目優しそうに見えるが、その内面は激しい嵐のようだった。大小合わせて多くの村や国を滅ぼしているのがボラである。生き残りを出さないのが信条というのを昔聞いた記憶があった。
ヤウズは見た目をいつもの10代の少年に戻していた。
「力が強いと大変だねー」
「……20代位がいいんだけどな」
「見た目は関係ないと思うんだけど?」
「……お前がそんなんだからノーラと喧嘩するんじゃないか」
「えー、そう?んー、女性なら見た目若い方がいいんじゃない?」
「ノーラに愛想尽かされても知らないぜ」
「えー、困るんだけど……」
人間にとって見た目の違いは大きい。ヤウズがこんな見た目だから、ヤスミンはいつまでたってもヤウズを子ども扱いをする。今までは遠慮していた節もあったが、最近は遠慮せず可愛い可愛いと愛でられ、可愛がられている。悪くはないがこんな関係をヤウズは望んではなかった。
「難しいぜ、全く」
「力のコントロール?」
「………そうだ」
「誰かに教えてもらう?僕は無理かなー。アタハンとか?」
「うーん」
そこまでクセがなく、対価さえ用意すると教えてくれそうな魔族の名前を出されるが、気乗りはしない。
「とりあえずもう少しだけ見た目変えてみよか……」
力は強くなるが、そこまで周りへの影響が少ない10代後半へ成長させてみた。
ヤスミンになんと褒められるかワクワクしながら家に帰るが、ヤスミンから見知らぬ人の扱いを受け、ボラに笑われ、ヤスミンに平謝りされてしまい、面白くない一日になってしまった。
***
それからまた一年が経った。
ヤウズはヤスミンとは一線を超えてはいないものの、それなりの関係性を築くことに成功した。後はどのように婚姻関係を結ぼうか考えていた。
「あっという間な一年でした」
そう屈託なく笑うヤスミンがいた。この笑顔になるまでに、ヤウズは心を砕きヤスミンに尽くしたと言っても過言ではない。
「私、最初はここにずっと居られるとは思ってなくて……。ヤウズが居てもいいって何度言ってくれても信じきれなかったんです」
「……あんな目にあってれば当然だぜ」
「ふふ。ヤウズが優しくしてくれたからですわね。ありがとうございます」
「言葉もいいけど、態度で示してくれないとな」
そういって悪い笑顔を顔に貼り付ける。何を要求されているのかは、ここ最近ヤウズに教え込まれようやくわかってきた。自分からするのはとても恥ずかしいことだが、ヤウズがとても喜んでくれるので、ヤスミンは少しずつ慣れていくしかなかった。
ヤウズの唇に触れるか触れないか程度の口付けをするが、これだとヤウズは満足できないと言わんばかりに、頭を押さえられ深い口づけを交わす。
「んんっ……はぁ……」
息が上がり頬に熱が差す。未だその行為に慣れないヤスミンは息ができずに、ヤウズの口と舌が離れたタイミングで大きく息を吸った。一先ずはヤウズは満足そうな顔をしたので、ヤスミンは安心した。満足できない時は場所を弁えずに事を進めようとしてしまおうとすることもあるので、ヤスミンとしては緊張してしまうことが多い。
二人がいる場所は庭の隅にある小さなガゼボで、周りは木々が茂り姿が見えづらくはなっているが、外であることには変わりない。少し雰囲気を変えようと、ヤスミンはヤウズに話を振った。
「国が砂漠に飲まれたとノーラさんから聞きました」
「森に逃げ込んできた奴等がいるしな」
ヤスミンがいた国は、この一年で岩石砂漠に飲み込まれてしまった。
一年前にヤウズは国王と話をしたとヤスミンは聞いた。その国王はヤウズの話を真摯に受け止め、国民が恐慌状態に陥ることも視野に入れた上で、全ての話を公表することにした。
意外にも国民には冷静に受け止められたが、貴族達はそうはいかなかった。色々と喚き立てる彼らの対応に、国王やその側近達は手を焼いたが火種を残しつつも収束した。
その後、国は遠縁を頼り大陸を離れる者達と、雨の子どもの恩恵を受けることのできる森へ入っていく者達に分かれた。
王族もあえて国の外へ出る者達と残る者達と二手に分かれ、少しでもその血を残すことにした。国王に近しい血筋の者達は残り、そうでない者達は外へ、と分かれることとなった。
ヤウズは国王への宣言通り、森に住うことを許し、協力もしなければ邪魔もしなかった。
森へ移り住んだ者たちは、ヤウズの館に住う者達の中でも、さらに人間に親しみを覚える者達の庇護を受けることができた。個人的にだったり、その集落自体であったりと様々な形ではあるが。しかしながら、庇護を受けたとはいえ、魔物や野獣の襲来を止めることはできず、少なくない数の人間が犠牲となっていった。その時の教訓を旨に、何年もかけながら、人間達は自分達を集落を物理的に、魔術的に強化し魔物や野獣に対抗できるようにしていった。
そして大陸の外に出た者達の中にも、森へ移り住んだ者達の中にも教会関係者は誰一人いなかった。
教会はヤウズの粛清を受けたからだ。
ヤスミンには何も話してはいないが、ヤウズは雨の子どもを不当な死に追いやり、ヤスミンを酷い目に合わせた教会を許すつもりは毛頭なかった。彼は国王に会いに行ったその足で教会へ行き、有無を言わさず全てを氷漬けにしてしまった。教会は雨乞いの準備に追われており、少なくない関係者が外に出てはいたが、その者達も全て氷漬けになっていた。
ボラは甘いとか優しすぎるとか言っていたが、自分の性分としてはこれが一番しっくりくるやり方だった。愛する者の憂いを晴らし、その瞳が悲しみで彩られることのないように、これからは自分が側にいて守るつもりだった。
「………あれ、何かくる」
ヤスミンは、森へ視線を向ける。元々雨の子どもは聖女、聖人としての能力も持ち合わせているため、穢れを纏った者の気配には聡い。
ヤスミンが見つめる方角から、黒い穢れを纏いリッチがやってきた。そのリッチは司教の緑色の祭服とミトラを身につけて、バクルスを手にもっていた。
「ちっ……大司教が堕ちたのか」
「………大司教様が?」
教会関係者の死亡は全て確認したが、その後どうやらリッチとして復活したようである。復活はどういう経緯であるかは不明ではある。
「………教会での思い出は良い思い出とはいえませんが、あの生活がなければヤウズとも出会うことがありませんでした。……大司教様がリッチになってしまったのであれば、私が何とかしたいので任せて欲しいのですが……」
「駄目だ」
断られることは何となく分かってはいたが、やはり落ち込んでしまう。そんな時に以前、ノーラから上目遣いでお願い事をしたらヤウズなら間違いなくきいてくれる、というお墨付きをもらったことがある。今ここで思い出したのは僥倖である。
ちらっとヤウズの方を上目遣いで見ながらおねだりをしてみた。
「……どうしても駄目ですか?」
「……ぐっ……くそ……どこで覚えてくるんだ」
目元を片手で隠し、顔がそっぽ向いてしまう。思っていた反応とは違うので、覗き込むと余計に顔を背けてしまう。耳が赤いので効果があったのかと期待する。
「………ちょっとだけだぜ……」
「!あ、ありがとうございます」
そういうとヤウズに手を引かれ、森の手前までやってきた。ヤウズはそこで、あらゆる結界と守りの魔法をかけてくれた。
「少しでも危ないと、俺が感じたらすぐに撤退するからな」
「はい!」
二人の後ろには聖魔法と炎魔法を得意とする者たちと治癒魔法を使える者が集まっていた。
そこへ偵察に出ていた者からの伝令が入った。
「来るぞー!」
ヤスミンは神へ祈り、リッチとなった大司教を待った。そこへ禍々しく黒い気配を纏った元大司教のリッチが現れた。
「……んぐぐ………、雨乞いを………雨乞いをせねば………。教会のため………」
バクルスが地に打ち付けられるたびに、そこからスケルトンやレイスが出てきているが、後方支援により尽く壊滅している状況であった。
「………大司教様。私、雨の聖女です。大司教様、私教会に拾われて今まで育ててくれた恩義忘れません……」
「……せい女、あめ、あ、雨の……。………お前、おおおおまえさえいれば……………、こ、こ……このような、こ、な………」
「ですから、私大司教様へ恩返しをさせて下さい」
リッチになりたての為か、拙い話し方で聞き取りづらい。ただ今このチャンスで倒さなければ、リッチが知恵をつけ時間をかけることでアンデッドの大群を作り上げてしまう。そうなると根城を作り上げてしまい、攻城戦となるため、倒すのが厄介になってしまう。
ヤスミンはそんな思惑とは別に、大司教に育ててもらった恩を返そうとしていた。
「それは静かな始まり。我らが母なる女神の涙。それは雨となり川となり実りと恵みをもたらそう。一雫の涙が始まりとなり、限りある時の間、大いなる実りと恵みを神が分け与えよう」
すると、空から雨が降り始めた。それは光を内包し、弾けると光があたりへ散らばり、幻想的な光景へと見えた。
皆がその光景を見つめていたが、リッチはそうはいかなかった。
雨に打たれるたびに、酷い叫び声をあげ、皮膚が焼け爛れ、皮膚から立ち上る煙が辺りに漂い始めた。
ヤスミンは聖女である。特に聖水を作り出すことが得意で、ヤスミンの降らせる雨には、聖水が含まれているのだった。
「大司教様。どうか心安らかに浄化し天へと御帰り下さい。私がその手伝いをして差し上げます」
広範囲、高濃度の聖水に打たれてはさすがのリッチにも逃げ場はなかった。
そのまま断末魔をあげ、雨乞いの雨により浄化されてしまった。
「アンデッド系は倒すのが得意なんです」
「そうか。でももうやるなよ」
ヤスミンは自分が家事以外にも有能なところをヤウズに見せたかったが、ヤウズは愛するヤスミンには、危ないことはさせたくはなかった。外にも出したくないと考えているのに、モンスター退治や野獣討伐なんかはもってのほかだった。
「ほら家に帰ろうぜ。疲れただろう?お茶を淹れ直してやる」
「ありがとうございます」
ヤウズの思いとは別に、ヤスミンは思いの外活発でヤウズの留守を狙い、こっそりと討伐の仕事に加わっては、ヤウズにバレてしまいお仕置きされてしまうのは別の話。