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第34話 移動することにしました

「ユイカ」


 私の耳に響いたのは、背中越しに聞こえたロエルの声だった。

 声をひそめ、私の名を呼び、彼は自分の大きな手を私の肩に、そっと添えた。


(――っ!?)


 あわてまくる私を、ロエルは実に自然なそぶりでエスコートして、この場から移動した。


 数分前。見知らぬ男女(少年少女?)がくちづけを交わしている場面をそうとは知らず、のぞいてしまった私は――。

 現在、ロエルといっしょに、彼の所有している馬車の中にいる。


 カップルのキスを目撃してしまったあとの私は、ロエルがせっかく案内してくれた(のみ)(いち)の他の露店でも、完全にうわのそら。(ごめんね……ロエル)

 蚤の市を離れ、町の洋装店やレストランでも、あきらかに動揺をひきずってしまった。(ほんとにほんとに、ごめんね……ロエル)


 もし、私が1人で偶然カップルのキス現場に鉢合わせただけなら、こんな精神状態には、別になってないよ。断言できる。

 ――でもあのとき、私の隣にはロエルがいた。

 何度もいうようだけど、私は他人がキスしているのをのぞいてしまったことに激しくショックを受けているんじゃなくて――。


(あの場で私といっしょにいて、今も私の横にいるロエルを意識しちゃてるんだ)


 ……こんな調子で、私はずーっと動揺を引きずっているのだけど。私に対して、ロエルはあきれるでもなく――。


「ユイカ、もう一箇所、この町で君と行きたい場所がある。君をそこへ連れて行ってもいいか?」


 と聞いてきた。

 私は (たぶん、ぎくしゃくした雰囲気をただよわせたまま)うなずいた。

 ……だって、『もう帰りたい』って言ったとしても、帰り道もロエルといっしょ。

 きっと帰ってからもロエルと2人きりになるんだろうし。


(私は1日につき100回もロエルにくちづけしてもらわなくてはならない境遇なのに、今日はまだ1回もキスしてないから、そういう流れになっちゃうよね、やっぱり)


 ……それなら!

 ここは、私に逃げ場はないんだと観念して、ロエルとのキスを意識しすぎないことにするのがいいのかも。そのほうが、ロエルの心理的負担も軽くなる気がするし。

 それに、『逃げ場はない』も何も、ロエルのほうは異世界からやってきた人間 (私、睦月むつき唯花ゆいか)を助けるためにキスしているわけだし。


 ようやく考えがまとまった私をのせた馬車は、目的地をめざし、進んでいく。

 窓から見える様子から、この道はきちんと舗装(ほそう)されているものの、あまり広くない一本道だとわかった。

 もう後戻りはできなさそうな雰囲気を感じさせる。


   * * *


「……わあ、すごくきれい――」


 ロエルが私を連れて行った場所で、私は……。おもわず感嘆の声をもらしていた。

 ここは、(みさき)

 海も、港の灯台も、近くに見える。

 空と海と灯台とがいっぺんに視界に入ってくる風景に、私は圧巻された。


(大きな空と広い海と見ていると……なんだか心がスーッと軽くなっていくような気がしてくる)


 私が昨日まで住んでいた町は、海からすごく遠かったから、ここ数年、海に行っていなかった。

 ロエルは私に言う。


「海自体は、ユイカは自分の国で何度も見ているだろうが、ノイーレ王国にも海はある。この景色を君が気にいってくれたなら、オレもうれしい」


「ロエル……」


 彼の、突然異世界にトリップしてしまった私に対する気づかいややさしさが、私の心をジンと熱くさせる。

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