第32話 もしや翻弄? そんなはずは、ないと思うけど
(木のうしろにいるのはやっぱりティコティス、あなたなの!?)
はやる心を抑えきれず、私は目の前の木に駆けよった。
そういえばティコティスは昨日、私と別れるとき、言ってたじゃない。
『唯花~! ぼく、またこの世界にくるからね』って。
あの発言から、まだ24時間もたってないはず。
ティコティス――人の言葉を話す不思議なうさぎ――が、ふたたびこの国、ノイーレ王国にやってきたんだ、きっと!
さきほどチラリと、ティコティスと思わしき黒い色をしたやわらかそうな物体がみえた木の幹を凝視する私。
すると、黒っぽい色をした何かが、ふたたび私の頭と同じくらいの高さから姿をみせた。
それはたった数秒のことなんだけど、今度もたしかに私の視界にうつった。小さなサイズの動物の、腰のあたりがちょびっとだけ木からはみだして、まだ木の裏に身をひそめたって感じだ。
ティコティスは人間と会話できるだけじゃなくて、宙を浮かぶことができる黒うさぎ。
きっと今も、長い耳をパタパタさせて、木のうしろで浮遊しているのだろう。
そう予想して、どんどん木に近づいていく私は、ふと自分の後をロエルがついてきてくれていることに気がついた。背後から私を守るような気配を感じる。
そもそもロエルがこの町にでかけようと私を誘ってくれたから、私は今、ここにいる。
ロエルにもティコティスにも、私がこの世界にトリップしてしまってから、いろいろ助けてもらった。
あ、ロエルには、私が突然『なぜか大きな木に向かって突進しようとしている』ようにみえてるのかもしれない。
(私の行動はちゃんと理由があってのことだと言っておかなきゃ……!)
あわててうしろを振り向き、私はロエルに伝えた。
「ロエル、どうやらあの木のうしろにティコティスがいるっぽいの」
「ユイカ!」
私の名を口にするロエル。
彼の声には、私を心配するような、私の行動をとめたいような――何というか、私がこれ以上、目の前にそびえる大きな木に近づくことを思いとどまらせたい、そんな雰囲気がただよっていた。
……なんで?
というか、そもそもどうしてティコティスは木のうしろからチラッチラッとしか私に姿をみせてくれないの。
ティコティス自身が『ぼく、またこの世界にくるからね』って私に約束してくれたのに。
ティコティスは、とても友情に厚い。
友達になったばかりの私に、異世界の言語に困らないようにと翻訳機能のあるチョーカーをくれた。この世界から自分の世界に戻っていったのだって、困っている友達を助けるためだって言っていた。
決して『フフッ、ぼくをつかまえてごらん……』と相手を翻弄させるタイプじゃないはず。
昨日私がロエルの館で出会った、ティコティスを熱狂的に支持していた5人の男の人たちは、ティコティスに並々ならぬ情熱を抱いているようだったけど――別にティコティスが思わせぶりな態度で彼らを翻弄したわけじゃない。
それでも、あの人たちは (こう言っては、なんだけど、かなり一方的に)ティコティスに夢中になっていたようだけど……。
ここまで考えて思いだす。
ティコティスは、この国では『聖兎』と呼ばれて、神聖視されている特別な存在であるということを。
今、この町の――私とロエルが立っている通りでは、蚤の市の真っ最中。
多くの人々で、にぎわっている。
そんな中に聖なるうさぎさんとして珍重されているティコティスがあらわれたら――大さわぎになってしまうだろう。
これがもし、地球のアイドル (人類)だったら、サングラスでもかけて町中を出歩いたりするのかもしれない。
だけど、宙をぷかぷかと浮かぶうさぎがサングラスかけたところで……人ごみにまぎれて自由に行動は無理……だよね。
余計めだって、アイドル的存在ゆえに握手などを求める人が続出。もみくしゃにされちゃいそうだもの。
まわりから人があつまりすぎて、押しあい圧しあい。将棋だおしになってケガ人だってでちゃうかも。
(――だから、そうならないために、ティコティスは木の陰に身をかくしている? ロエルはそれを私に伝えたかった、とか?)
それなら私も、そーっと近づくよ。
ティコティスと会っても再会のよろこびで大声で話して、まわりの人たちに気づかれたりしないように注意する。(『再会のよろこび』といっても、私たちは出会ったのも昨日、別れたのもまだ昨日のことなのだけれど……)
私は、ティコティスがいると思われる木のうしろに、そっと まわりこんだ。
そして私は――。