第2話 よく眠れたかと言われましても……
「オハヨー、ユイカ!」
客間の洗面スペースに移動した私に、この館に宿る魔力 (あだ名はマリョマリョ) が話しかけてきた。
「キノウハ ヨク ネムレタ?」
――昨日は よく眠れた?――
マリョマリョにそう質問されて、私は頬がカッと熱くなる。
真夜中。マリョマリョが眠りについたこの部屋で、私とロエルは何度も何度もキスしたことを思いだす。
私もロエルも、キスしたかったからしたわけではなくて……。そう、私たちには事情があった。
ロエルは私を助けるために、私とキスをしたんだけど――。
それでも、彼の唇の感触がフッと よみがえりそうになる。
いまはマリョマリョに話しかけられている最中なんだから 会話に集中集中!
「おはよう、マリョマリョ。……えっと、ちゃんと眠れたよ、私」
はきはきと話したかったのに、私の口調は、しどろもどろ。
だけど、私、マリョマリョに嘘はついてない。
私、睡眠なら とれたよ。
突然の異世界トリップによる環境の変化から一睡もできなくてもおかしくないのに、ベッドで眠りにつくことができた。
「ソッカ、ユイカ グッスリネムレタンダネ、ヨカッター!」
――そっか、ユイカ ぐっすり眠れたんだね、よかったー!――
マリョマリョの無邪気で明るい声が室内に響く。
うーん。
私、睡眠をとることはできたけど、ぐっすり眠れた……とまでは言えるかなぁ。
眠りは浅かったから、昔の私が あの男の子と会ったことを夢にみたんだと思う。
あの夢は、取り留めのない夢というより、過去の記憶をうつしだすような、はっきりとしたものだった。
「ユイカ、カオヲ アラッテ、ソレカラ キガエテ、キガエテ!」
――ユイカ、顔を 洗って、それから 着替えて、着替えて!――
マリョマリョの言葉から、昨日ロエルとペピートが私のために着替えの服を何着も用意してくれたことを思いだした瞬間……。
「エイッ!」
マリョマリョが元気のいい かけ声をだした。
すると。洗面スペースに置かれていた、白い洗面器がキラキラと光り始める。
まばゆい光は、やがて透明な水に変わった。
「すごい……! マリョマリョの力って、まるで魔法みたいだね」
「エヘヘ! マルデ ジャナクテ、ショウシンショウメイノ マホウダヨ。ナンタッテ、ワタシ、マリョマリョハ、コノヤカタニ ヤドル マリョク ダモノッ!」
――えへへ! まるでじゃなくて、正真正銘の魔法だよ。なんたって、ワタシ、マリョマリョは、この館に宿る魔力だものっ!――
マリョマリョのうれしそうな声が響く。
そうだった。
マリョマリョは、この館に宿る、意思を持つ魔力。
魔法が使えるというより、魔法そのものなんだ。
昨夜も、マリョマリョはちょうどいい湯加減でお風呂をセットしてくれた。
「ありがとう、マリョマリョ」
「イイッテコトヨ! コンナノ アサメシマエ。……アサメシトイエバ、ユイカハ アサゴハンヲ タベタ?」
――いいってことよ! こんなの朝めし前。……朝めしといえば、ユイカは 朝ごはんを 食べた?――
「朝ごはん? まだだよ。まだ顔も洗ってないもの」
「ソウダッタネ」
「うん」
「ソレナラ、コノヘヤニ ペピートガ モウジキアサゴハンヲ モッテキテ クレルヨ」
――それなら、この部屋にペピートがもうじき朝ごはんを持ってきてくれるよ――
え!
私まだ寝起きなのに。
もうすぐペピートが来ちゃう?
ペピートは、ロエルの説明によると、ロエルから館の管理をまかされている人。
有能そうな雰囲気をただよわせている青年だ。
この世界に私が とばされた際、私の肩にかけられていたせいでいっしょにトリップしたショルダーバッグも、ペピートがあずかってくれている。
私は急いで洗顔と着替えをすませて、この客間で待機することにした。