エピソード01 ~鏡の中の少年~
私がロエルとたくさんのキスを交わした夜。私は、自分が子どもだったのころの思い出を夢にみた。
小学校にあがる以前 ――いまからおよそ20年まえの――私が泣いている。
ひとりきりの子ども部屋で。
大すきなおばあちゃんが死んじゃったからだ。
もうおばあちゃんには会えない。
「唯花」って、やさしく私を呼ぶ声も、もう聞けない。
あったかい手も、もう にぎれなし、いっしょに おしゃべりできない。
おばあちゃんは楽しい話をたくさんしてくれた。
私の話にいつも耳をかたむけてくれた。
パパもママも仕事がとっても忙しいけど、おばあちゃんがいるから、さびしくなんてない。
パパとママも大すきだけど、私はさびしくないよ、平気だよって思ってた。
でも、おばあちゃんはもういない。
パパもママも私がおばあちゃんっ子なのを知っている。
私がいつまでも泣いてばかりだったら、すごく心配させちゃうはずだ。
だからひとりで声はたてずに、ぽろぽろ泣いてた。
子ども部屋には、私にゆずられた おばあちゃんの持っていた鏡があった。
なんでも生前おばあちゃんが
「わたしがこの世からいなくなったら、この鏡は唯花に渡してあげて」
と言っていたらしい。
この鏡の縁はヨーロッパ的なデザインで装飾されていて、なんて不思議な格好をした鏡なんだろうと子どもの私は思っていた。
月明かりが差し込む夜の子ども部屋。
窓のそばの子ども用のテーブルに、鏡は置かれている。
泣き疲れた幼い日の私は、ふと のどが乾いていることに気づく。
――お水、飲みたい。
キッチンに行けば、コップも水もある。
――だけど、部屋からでたら、パパかママに泣き顔をみられちゃうかも……。そうだ、テーブルの上にある、おばあちゃんの鏡で顔をみてみよう。
私は鏡をのぞきこむ。
月明かりだけじゃ、薄暗すぎて、顔は はっきりしない。
でもこの鏡の特徴である縁の飾りは、お月さまの光だけでも、なぜだか しっかりわかって……。
おばあちゃん、この鏡を大事にしてたなって、ことを思いだす。
――結局、私は涙がとまらなくなる。
今度は ちいさな声とはいえ、泣き声がもれてしまう。
(……会いたいよ、おばあちゃん……)
やまない涙と泣き声。
そのとき――。
聞きなれない声が部屋に響く。
私以外の子どもの声がした。
この家に、子どもは私ひとりのはず。
おどろきのあまり、涙がピタリと とまる。
さっきまで流していた涙のせいで視界は ぼやけているけど、目のまえの鏡から声が聞こえてきた気がした。
――だれっ……!?
私が鏡をのぞきこむと、鏡は月の光を全部すいこんでしまったんじゃないかってくらい――まばゆく輝きはじめた。
そして……。鏡の中にひとりの男の子の姿が うつっていた。
鏡のまえにいる私や子ども部屋は、うつっていない。
金色の髪と青い瞳をした とてもきれいな男の子。
私よりもすこしだけ年上にみえる。
彼のうしろには、私の部屋ではなくヨーロッパのお屋敷の室内のような映像がひろがっている。
まるで月の光の魔法みたい。
男の子が形のいい唇を動かして、私に話しかけてきた。
「……△□◎~●○」
私が、まったく知らない言語。日本語じゃない言葉。
なのに男の子が、さっきまで泣いていた私のことを心配して声をかけているんだって……。彼の私をみつめるまなざしや声の調子から――ちゃんとわかった。
私は鏡の中の少年に向かって質問する。
「あなたは、だれなの?」
それが、鏡ごしに会える少年に、私が初めてかけた言葉だった。
(ずいぶん昔の夢をみたなぁ)
目がさめた私は感慨深い気持ちにつつまれる。
……あ、私が今いる部屋 ――ロエルの館の客間―― に置かれた鏡を昨日初めてみたとき――。
この鏡の縁のデザインは、私のおばあちゃんの形見の鏡のデザインと似てるって思ったからだ。
それで、おばあちゃんと鏡と、そして鏡の中から私に話しかけてきた男の子の夢をみたんだ。
きっと、そうだ。
そうに違いないよね……?




