第37話 ふたりきりの部屋で これから私たちは……(1部最終話)
言葉を話す不思議なうさぎ、ティコティスからの通信の途絶えた部屋。
いまここには私。そして私ととなりあった この館の主である青年、ロエル。
ふたりしかいないことを、いやでも意識してしまう。
……おまけにもう真夜中。
館に宿る魔力のマリョマリョだって、とっくに寝てしまっている。
ティコティスとの会話は、彼との通信が切れたことで終わってしまった。
だけど……ティコティスは私とロエルに教えてくれた。
私の首から はずれなくなってしまった魔石のついたチョーカーが引き起こす副作用と、その対処方法は――。
『唯花があてはまってしまったタイプCの副作用は「ある行動」をしないと何日も眠れなくなっちゃう。その反動で今度は何日も眠りつづけちゃうんだっ! おまけに、起きているときは、とても熱っぽくて全身がフラフラ。体が熱くてたまらなくなる。
……それに対処するために必要な「ある行動」とは、「魔石の持ち主は、魔石が恋人と判断した者に100回キスされること」なんだーっ!』
『1日100回キスすることを、100日間続けるんだ』
『キスは、愛の言葉をささやきながらしないと、魔石はそのキスをキスとはカウントしてくれないからね』
ティコティスはロエルに、毎日100回私にキスするように頼んでしまったし――。ロエルはティコティスの言葉に「まかせてくれ」と答えてしまった。
魔石の副作用が出始めているみたいな私は、頭も体もフラフラして熱っぽい。
――だからといって、ロエルに100回も (しかも今日から100日間も) キスしてもらうなんて……。
これ以上、ロエルに私のことで負担をかけたくない。
体がフラフラしているといっても、これくらいの不調なら、横になっていれば、じきに回復するような気がする。
少なくとも 今の私には これからロエルと100回もキスする覚悟なんてない。
私はロエルに言った。
「今日は私、もう休むね」
チョーカーの副作用の問題を先のばしにしているのは、わかっている。
だけど、私はロエルから物理的な距離を置きたかった。
床に座りこんでいた私は、すくっと立ちあがる――そのつもりだった。
なのに、急にめまいが激しくなり、体がよろける。
また倒れたりしたら大変だと、なんとか自分の力で体を支えようとしたとき。
瞬時に立ちあがったロエルが、ふらつく私の全身をかかえた。
私と彼の体がふれあう。
自分の背後にロエルの筋肉質な体があることを意識せずにはいられなくなる。
シャツ1枚しか身につけていない深夜のロエル。私だって、お風呂あがりで寝間着1枚きり。
無防備な状態の私が床に転ばずにすんだのは、自分自身の力ではなく、サッと立ったロエルのおかげだった。
だけど――。
「ユイカ、おびえているのか」
ロエルの真摯な声がふたりだけの室内に響く。
……おびえ、なのかな。いまの私をつつむ感情は……。わからない、でも。
ロエルは、たくましい体つきの大人の男性なんだと、布ごしに感じる筋肉からつたわってきて、頭の中は彼のことでいっぱいだ。
しかも私は、ロエルがとてもキスが上手なことをもう知ってしまっている。
婚約者のフリをするためのお芝居と知っていながら、甘いくちづけに溺れそうになってしまったくらいだ。
怖いほどキスが うまいロエル。
でもロエルは悪い人じゃない、それどころか、とてもやさしい。
今日出会ったばかりだけど、何度彼のあたたかな心くばりに救われたことか わからない。
この気持ち、どう伝えたらいいんだろう。
「……ロエル、あのね……」
『あのね』のあとが続かない。
背中ごしにロエルがささやく。
「ユイカ、おびえなくていい。オレはきみを救いたい」
ロエルは――今日中庭でも そうしたように――自分の両手で私の上半身と脚をかかえて、私をお姫様抱っこした。
「……ロエル……っ!」
また、中庭でのキスのときみたいに――。お姫様抱っこされながら、ロエルにくちづけされてしまう……?
そんな予感が頭をかすめたものの。
私を抱っこしたロエルは、私の唇にはふれなかった。
彼は私をその腕にかかえ、すぐそばのベッドに私をゆっくりとおろした。
(……べ、ベッド――!? ここ、ベッドの上だよね。背中にシーツ? それともブランケット? が あたってるし……)
あおむけに私を寝かせると、ロエルは大きな体で私の全身を守るように おおいかぶさってきた。
私のすぐ目のまえに、長い金色のまつげに ふちどられたブルーの瞳があって、私はあせりまくる。
心拍数が一気にあがってしまう。
(……ロエル――!?)
ロエルは私の顔をみつめながら、私の頬を骨っぽい指で愛しそうに なぞりあげる。
「愛しそう」であって「愛しく思っている」とは違うことは、いまの私のフラフラの頭でも、理解してる。……なのに。
私とは違う、硬い指の感触に肌がピクリと反応してしまう。
(――んっ!)
ロエルは「ユイカにチョーカーの副作用がでないように、ユイカにキスしたりささやいたりしよう」と決めたのだろう。
他の世界からきたひとりの人間、つまり私、睦月 唯花を助けるために。
ロエルと視線がぶつかった。
彼は青い目に私だけをうつしている。
「……『ユイカ、初めて会ったときからオレは きみに惹かれていたんだ』」
せつなげなささやきに、彼の心からのささやきではないと知りつつも、胸がきゅんとせつなくなる。
「ロエ……」
『ロエル』と言い終えるよりもはやく、彼の唇が私の唇に落ちてくる。たがいの唇が かさなりあう。
そのあとも――。
「……『すきだ』」
「『オレの気持ちを受け入れてほしい』」
愛をささやかれ、その度に熱くキスされる。
どうしよう……。
私、くらくらしてきてる。
さっきまでは頭と体がフラフラだったけど、それとは違う。
まるで全身が とろけていく感じ。
これって、魔石がロエルを私の恋人だと認識してしまったせい?
今日をいれて、あと100日も、こんなこと続けるつもり……?
この状況は、魔石がロエルを私の恋人と思いこんじゃったことが原因で、ロエルは人助けとして おこなっている行為。
ちゃんと、わかってる。
わかってるけど……、わかってるのに。
なんでこんなにドキドキしちゃうんだろう。
「……『ユイカ、愛してる』」
私の異世界生活、これからどうなっちゃうの――?
(1部終)
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