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第26話 館に宿りし魔力とは……?

「――というわけで、僕はあなたをお客様として丁重におもてなしいたしますよ。覚悟してくださいね」


 そう言うと、ペピートは退室していった。

 この館の客間にいるのは私ひとりになる。


(うーん、物腰のやわらかそうなペピートに『覚悟してくださいね』とまで言われるとは思わなかった)


 それにしても、今日は本当にいろんなことがたてつづけにあった。

 私は、ラウレアーノ先生に「お風呂に入ってぐっすり眠る」ことをすすめられているんだった。

 いまからさっそくお風呂に入ろう! そして、入浴後は、もう寝ちゃおーっと。


(でも、そのまえに……)


 私はお風呂に入るまえに、もう一度この部屋をみまわしてみる。

 カーテンもテーブルもベッドも、やっぱり可愛い。

 聖兎愛好家集団の巫女と呼ばれる女性たちがこの部屋のお風呂を使うということは――。


 ひょっとして、巫女装束 (この国の正式な巫女装束とも違うらしいけど) とやらが飾ってあるのかも? と思ったけど、それらしきものはなかった。

 どんなデザインの巫女装束なのかは、謎のままだけれど、もうお風呂に入ろう。


(浴室はこの部屋のカーテンの先にあるってペピートが言っていたよね)


 部屋の扉からは遠い位置にカーテンはある。


(さっき初めてこの部屋のカーテンをみたときは、カーテンをあけると窓があるのかと思っていたけど、お風呂だったとは……)


 室内をお風呂めざして移動していると、なぜだか、ふと、ついさっきペピートから告げられた言葉を思いだした。


『ラウレアーノ先生もよろこばれていましたよ。先生はロエル様が子どものころからの主治医ですからね』


 今日私を診てくれたラウレアーノ先生は、ロエルの子どものころからの主治医の先生だった。

 ラウレアーノ先生とロエル――。


(子ども時代のロエルかぁ)


 きっと、それはそれは可愛いお子様だったんだろうな。

 童話にでてきそうな、ちいさな王子様っぽい雰囲気の顔だちやムードだったのかも。


(そういえば――)


 ロエルの子どものときの姿を、なんとなく想像していると、なぜだか『そういえば』という言葉が思いうかぶ。そして……。


 ツキーンと、私の頭に、痛みの感覚が走った。


(何だったの、いまの感じ……)


 奇妙に思ったけど、幸い頭痛はすぐに やんでくれた。


(なんだか不可解だけど、気にせず入浴することにしよう)


 カーテンの前まできた私は、のれんをくぐるようにして浴室に入っていく。



 カーテンを開けるとそこにはバスタブ。そして、脱衣所と洗面所と思わしきスペースもあった。


(ミルク色のバスタブ……可愛いなぁ)


 バスタブのとなりの脱衣所スペースには、ちゃんとタオルらしきものもかけてある。

 これは体を洗うためものというよりか、浴槽からでたら体をふくためのものっぽい。


 だってタテヨコの長さが、大きなバスタオルくらいある。

 これがバスタオルだとしたら、私がいた世界のバスタオルよりかなり薄いけど……。

 厚いタオルじゃないのは、きっとこの布も、魔力を秘めた布、魔布まふなんだ。

 吸水力、すごそう。


 さっそくお風呂に入ろうと服を脱ぎ、バスタブに近づく。

 館に宿った魔力が準備してくれたそうだけど、お風呂の温度の『熱い、ぬるい』は、だいぶ個人差がある。


 まして私は、この世界とは別の世界からやってきた人間。

 まずは湯加減をたしかめてみるため、バスタブに手を入れようとしたとき――。

 あたりにとびきり明るい声が響いた。


「オフロノ ジュンビ、デキテルヨ♪ サー、ハイッタ、ハイッタ!」


「……だ、誰っ!?」


 おもわず周囲をきょろきょろと見渡すも、誰もいない。

 いったい何事とあわてふためいていると、私の耳に、また謎の声が聞こえてくる。女の人の、陽気な声だ。


「ワタシ、コノヤカタノ マリョク。アダナハ『マリョマリョ』。アナタモ『マリョマリョ』ト ヨンデネ」


 えっと……。「ワタシ、この館の魔力。あだ名は『マリョマリョ』。アナタも『マリョマリョ』と呼んでね」って言ったんだよね。

 館の魔力がお風呂の準備をしてくれたことは、前もって聞いていたけど、話しかけられるとは思わなかった。


 だって私はすでに、魔力が宿ったチョーカーやら服やらをみたりさわったりしているけど、それらは一度もしゃべりかけたりなんてしなかったから。


「……よ、よろしくね、マリョマリョ。私の名前はユイカ」


 館に宿る魔力から直接話しかけられ、私はハキハキとは しゃべれなかった。

 不思議な生物と話すことには、しゃべるうさぎティコティスと知りあったことで、だいぶ耐性がついてきた――と思っていた私が甘かった。

 館に宿る魔力 (魔法の能力を秘めた霊的なエネルギー……みたいなもの?) マリョマリョは、なおも私に話しかける。


「コチラコソ、ヨロシク~ネ♪ ユカゲンナラ バッチリヨ、ユイカ!」


 カタコトで独特のイントネーションだけど、マリョマリョの話す言葉は、意味ならちゃんと理解できる。

 マリョマリョは、湯加減ならバッチリだと教えてくれたんだ。

 私をユイカと呼んでくれているし、こちらの言葉もマリョマリョにちゃんと伝わっているようで、ほっとするものの……。


(あれ――? チョーカーについた翻訳機は、さっきまでとてもなめらかな発音で、この国の言葉を訳してくれていたのに……)


 もともと、マリョマリョは人間の言葉と話すときは、カタコトなの?

 それとも翻訳機が、魔力の言葉を訳すのには慣れていない?

 なにはともあれ、私はマリョマリョが湯加減バッチリにしてくれたという、お風呂に入ることにした。


   * * *


「わぁ……っ! 気持ちいい……」


 バスタブにつかった私は、お湯に体をつつみこまれる快適さに、そうつぶやいていた。


「ユイカ、『ゴクラクキブン~♪』 ナノネ!」


 浴槽につかった私に、マリョマリョがうれしそうに話しかける。


「うん、いい湯だよ。ありがとう、マリョマリョ~」


 極上の湯加減に、私は体も声も、ふにゃ~っとしていた。


「エヘン、ワタシハ バスタブニ ハイルニンゲンガ カーテンヲ クグッタシュンカンニ ソノヒトガ イチバン クツロゲル オンドニ チョウセツ デキルカラネ♪」


「おお~! マリョマリョはバスタブに入る人間がカーテンをくぐった瞬間に、その人が一番くつろげる温度に調節できるの? すごい~!」


 ほわほわになった頭で、マリョマリョの言葉をくりかえす。

 マリョマリョは明るい声で告げた。


「ワタシモ ユイカモ オンナノコドウシ! オトモダチニ ナリマショ!」


「うん!」


 私の声は、はずんでいる。

 マリョマリョの声を初めて聞いたときから、女性の声だとは思っていたけど――。

 本人の言葉で、女の子だと確信できた。

 この世界にきて、初めて同性の友達ができたことになる。


「ソレジャ イマカラ ガールズトーク デモ シマショ~♪」


 ……えっ? いきなり!?

 たったいま、友達になったばかりなのに?


 うーん。魔力にとっての常識は、人の持つ常識とは、ちがうのかもしれない。

 マリョマリョの、人間からみたら距離感ゼロなところに、この世界にこようが現代日本にいようが、基本的に慎重で臆病なところがある私は、ちょっとたじろぐ。


 ……でも、マリョマリョは、とってもいい子みたい。

 むげに断わって、マリョマリョの天真爛漫な純粋さをくもらせたくない。

 それに、館の魔力が語るガールズトークに興味がないといったら嘘になる。


 いったい彼女はどんなトークをするつもりなんだろう。

 館の魔力の恋愛対象って、別のお屋敷やお城に宿る魔力だったりするんだろうか。


(内容は「あの館、外観はいいけど内装がダメなの。よくみると壁紙が変色しかけてるし、全体的にセンスがね……」とか? これじゃ、知りあいの家を陰でディスってるみたいで、私にとってはガールズトークじゃない)


 それとも、館に住む人や訪れる人が恋愛対象になったりするのかな。

 こんなふうに、マリョマリョは一体どんな話をふってくるのかと待っていると――。


「フワ~ッ……! ナンダカ ワタシ ネムクナッチャッタ」


 眠くなっちゃったの? さっきまであんなに生き生きと話していたのに?


「ユイカガ オフロヲ デタラ ワタシ ネムルネ……」


 ユイカがお風呂をでたら、ワタシ眠るね……って、マリョマリョは、というか魔力は、睡眠をとるの?

 ――まぁ、魔力が魔法の『力』なのならば、休息をとらないとエネルギー不足になっちゃうのかも。

 私も寝不足だと本来の力、発揮できなくなっちゃうし。


 魔法の力そのものであるというマリョマリョに、休む時間が必要なのは当然だ。

 私だってお医者さんであるラウレアーノ先生に、今日はお風呂に入ってから、ぐっすり休むように言われている。

 まして今日はもう遅い。


 この部屋をペピートに案内されるとき。渡り廊下を通った時点で、回廊からみえる空は闇夜だった。


「体はマリョマリョのおかげで、もう充分あたたまったよ。私、お風呂でるね」


 マリョマリョに遠慮しての言葉というよりも、私の体は本当に充分あたたまっていた。


「ガールズトークハ コノツギネ! オヤスミ~、ユイカ」

「うん、おやすみなさい。マリョマリョ」


 マリョマリョに、おそらく今日最後の挨拶をして、私はバスタブをでようとする。

 だいぶオネムな、マリョマリョの うつらうつらした声が浴室に響く。


「ヘヤノ アカリハ ワタシノ エネルギーガ チクセキサレテルカラ……ワタシガ ネムッテモ ツイテルヨ! クラクシタイトキハ 『クラクナッテ』ト ネンジテネ」


――部屋の明かりはワタシのエネルギーが蓄積されてるからワタシが眠ってもついてるよ! 暗くしたいときは『暗くなって』と念じてね――


 マリョマリョの心くばりにお礼を言う。


「ありがとうね! マリョマリョ」


「ムニャ~、イイッテコトヨ!」


 もう寝言っぽくなってる。マリョマリョは寝つきがいいなぁ……と思っていたら。

 マリョマリョは眠たそうな声で思いだしたように、


「ソウダッタ!」


 と言い、この浴室の脱衣スペースの棚に、寝間着ねまきが置いてあると (おそらく睡魔と戦いながら) 教えてくれた。


「ユイカ、コンドコソ……オヤスミナサイ……! ムニャムニャ、スヤーッ……」


「うん、おやすみなさい! 私はもう大丈夫だよ。ゆっくり眠ってね」


 本日2回目のマリョマリョへのおやすみの挨拶をした。


(それにしても、私の予想って本当によくはずれるなぁ。さっき、これで今日マリョマリョへの挨拶は最後だろうって思ってたのに、さっそく2度目のおやすみの挨拶をかわしているなんて……)

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