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第22話 「オレといっしょに この館をでないか」

「オレといっしょに この館をでないか」


 ――え、この館をでる……?


 この館にどんな部屋が、いくつあるのかさえ知らない私が、いきなり外にでる?

 緊張で体がこわばる私に、ロエルは話を続けた。


「この館にいるだけでは、いろいろ不便がでてくるはずだ。町を案内できるのは、明後日以降になるだろうが……。そうだ、ペピート」


「はい、ロエル様。ただいまお持ちいたしますね」


 にこやかに返事をし、退室しようとするペピート。

 帰ってきたばかりだというのに、いまから何か持ってこなきゃいけないなんて忙しそうだ。何か持ってくるだけなら、私も手伝えるかも。


「……あのっ」


 私がペピートに向かって声をかけると、ペピートとロエル、ふたりがふりかえり、両名の視線が私をとらえる。

 ……私、注目されてる?


 注目されるようなことを言うわけじゃないのに、ふたりしてそんなに私をみつめてきてもあせる。

 はやく用件を言ってしまおう。


「何か運ぶものがあるなら、ひょっとして、私にも手伝えたりする?」


 私も手伝うと言って、私ではとても運べないものを運ぶ予定だったりすると、結局迷惑をかけてしまうことになる。

 ここは「手伝う」ではなく「手伝えるか」と、まずおうかがいをたててみよう。

 ペピートはさっき私をお客様と呼んだけど、私はお客さんとしてこの館に招かれたわけじゃない。


 ロエルの仕事の助手の件は明日、私の体にチョーカーの副作用がでなかったときにあらためて聞くってことになっている。

 でも、この館でできることが私にもあるなら、どんどん手伝っていきたい。

 ペピートは私をみつめ、笑顔で言った。


「お客様のお気持ちだけで充分ですよ。それにお客様ご自身でお運びなされては――ロエル様の楽しみをとってしまうことになりますから。どうか、この部屋でお待ちください」


 どういうこと?

 私がたぶん持てないであろう重い物を運ぶから、うろちょろしないで部屋でおとなしく待っていてくれたほうが仕事がはやくすむ――ってことをカドが立たないように、やわらかな口調で言った……という雰囲気では、なかった。

 私は首をかしげつつ、部屋で待つことにする。


 ここはお店ではないし、私はお客さんじゃないけど、よかれと思って客がお店を手伝うような行為をすると、かえって店員さんがなおす手間が増えて――という話を、昔ネットで読んだことがある。


 手伝いのつもりの行動が、この館でできることがないか探す私の心だけが軽くなる、自己満足でしかなかった……と、ならないように気をつけよう。

 そう自分に言い聞かせた、数分後――。


 ふたたび部屋に入ってきたペピートは、手に紙の箱を持っていた。

 箱はひとつじゃない。

 大きな箱がたくさんある。


 ペピートは複数の箱をテーブルにならべ、ふたたび退室した。

 ロエルと私しかいなくなった部屋で、彼は私に言った。


「ユイカはオレに借りをつくりたくないようだったが……館からでるときは、一時的にでもこの世界の服装になったほうがいいだろう。そう思って、ラウレアーノ先生をお送りするペピートにユイカの服を用意するように頼んでおいた」


「ロエル……。この箱の中身は、服なの?」


 おどろく私は、となりにいるロエルをみつめる。

 彼は静かにうなずいてから、コホンと一回セキ払いをし、私に告げた。


「贈り物を渡してきみの気を引きたいとか、そういう意味ではないと理解してくれるとうれしい。ユイカの服は、この世界の住人のものとは、かなりちがっているからね。外出するときは自然とこの国の一般的な服が必要になってくるだろう」


 黒ずくめの5人のうちのひとりが私の服を「珍妙」だと言っていたのを思いだす。

 ――だけど。

 私はこのシチュエーションに躊躇ちゅうちょしながら、ロエルに言う。


「ロエル……。あなたの言ってることは同意できるし、この世界にきたばかりの私にはとってもうれしい。――でも私まだ、あなたの仕事の助手になれるかどうかも、わかってないのに」


 まだ何の副作用もでていないうちから、ネガティブなことを考えたくない。

 ……とはいえ……。いまの私にできる仕事内容が、副作用がでてしまった私でもできるのかどうか、全然わからない。

 くちごもる私に、ロエルはたたみかけるように言った。


「とりあえず、箱の中をみてから、受けとるか、受けとらないか決めてくれるか」


 ロエルはテーブルの上に置かれた紙箱のひとつを私に手渡した。

 そう、箱はたくさんならんでいる。


 ロエルは私が外にでるには、この世界の服が必要だと思ってペピートに頼んでくれたんだ。

 しかも、この箱たちをみるかぎり、何着も。


 私のいまの姿は、

「カジュアルな服装OKの会社で働いている20代女性」

 の、典型のような格好。

 現代日本では実にありふれた姿だ。


 私はこの世界の同性のファッションをまだ目にしていないけれど、ロエルの服装は、18世紀くらいの近世ヨーロッパのもののように思える。

 だって彼の格好は、現代や近代の服にはみえないけれど、古代や中世の服にもみえない。


 だからやっぱり一番ちかいのは近世のヨーロッパの服装じゃないかなぁ。……と予想するものの。私は服装史にくわしいわけじゃない。


 しかも! この世界は過去の欧州ではなく、異世界。

 したがって、近世ヨーロッパの服に似ているようにみえる、別の世界の服……なのだと思う。

 それでも男性の服が昔のヨーロッパの服と似た雰囲気なら、女性の服も、昔のヨーロッパの服と似た雰囲気な可能性が高いような……。


(もしそうなら――。私が着ているのは洋服ではあるけれど、スカートのたけが短い等々、この世界の一般的な女性の服とは、かなりちがうはず)


 そんな私が、このままの格好で外にでたら――。たしかに悪めだちすること必至な気がする。

 この世界の服を用意しようとしてくれたロエルと、探してくれたペピートの心遣こころづかいに胸がジンと熱くなる。


「ありがとう、ロエル」


 彼から受けとった、服が入っているという箱を抱きしめて、私がお礼を言う。

 ロエルはクスッとわらった。


「どういたしまして。でもユイカは、まだ箱の中身をみていないだろう」


 彼はおもしろそうに、でも、うれしそうに、私をみつめてささやく。


「オレとしては、ユイカがいま着ている、きみの世界の服装もすきだが――。この世界の服のなかにも、きみが気にいるものがあれば、とてもうれしい」


「……ロエル……」


「本当はユイカといっしょにでかけて、きみがすきな服を選ぶようにしたほうがいいのだろうが……。とりあえず今日のところは……ペピートにきみの似合いそうなものを頼んでおいただけだ」


 ロエルは「だからオレもどんなデザインの服が入っているのかわからないが――ペピートならば、そう悪いものは選らばないだろう」と言いたしたあと、私に箱をあけるようにうながした。


(いったい、どんな服が入っているの……)


 私は胸をドキドキさせながら、紙製の箱をそーっとあける。

 鼓動がはやくなり、箱をあける手の指がふるえてしまった。

 ぱかっとあいた箱のなかに、ていねいに折りたたまれていたのは――。


「とっても、きれい……」


 ドレスとしては動きやすそうな、きれいで可愛らしいデザインの服だった。

 全体的にただようクラシカルな欧州風のファッション。


 可憐でふわっとしている印象だけど、けっしてゴテゴテはしていなくて品がある。

 私の口から、感嘆のため息まじりの、うれしそうな声がもれる。


「……ありがとう、ロエル。でも私、こんな素敵なドレス……いままで着たことないよ」


「そうなのか? きみがいま着ている服は、この国の服とは違っていても、すごく可愛いとオレは思うが――。可憐で、ユイカにとてもよく似合っている」


 ……ロエルは、ほめ上手だ。真顔で私の服をほめてきた。

 ドレスに感激している最中だったのに、ロエルってば、聞いてるこっちが盛大にテレまくっちゃうようなことをサラリと言いだしてくるとは――。


 彼の言葉に顔を熱くしつつ、私はふと、『ロエルは私がやってきた世界とおなじ世界からきた人を知っている』ということを思いだした。

 その人が女性で、もといた世界の服を着ている姿を、ロエルは過去にみているのだとしたら。


 いまの言葉は、私に対するお世辞ではなくて――。

(その人のことを思いだしているのかも……)

 と、想像をしてしまった。


 こんなに素敵なロエルの心を強くつかんでいる人なら、その人もきっとすごく魅力的な人だったんだろうな、とも。

 平凡な自分がちょっと、せつなくなる。

 私をみつめるロエルの青い瞳がふっと、くもった。


「……ユイカ?」


「な、なんでもないっ。この服があんまり素敵だから、みとれちゃった」


 言ってから、私は視線を目のまえのドレスにうつす。

 このドレスが素敵なのは真実だけど、私はロエルと目をあわせなくてもいい口実にしてしまう。

 彼から視線をそらし、この衣服の布を凝視する。――そして。


(んっ?)


 私は服の布地のはしに、ふと目をとめた。

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