第23話 ドレスが贈り物なんてすごくテレるし、これは……
(んっ?)
私はロエルから贈られたドレスの布地のはしに、ふと目をとめた。
縫い目が、あまりにも均一だ。完全に等間隔にみえる。
以前、トリップまえの現代日本で、洋裁の得意な人が制作した、手縫いの服を間近でみたことがあるけど――。このドレスの縫い目は、とても手縫いにはみえない。
今日、この館の中庭で、言葉を話す不思議なうさぎ、ティコティスは『この世界では産業革命は起きていない』と言っていた。
……だとすると、ミシンはまだ一般化されてないはず。
ミシンの起源とされる編み機は、産業革命のずっとまえ、16世紀にすでにあった。そののち18世紀にミシンは発明されるけど、普及はせず。現代のようなミシンが発明&普及したのは、19世紀のこと。
そう『なるほど学習まんが・ミシンのれきし』に書いてあったのを子どものころ、読んだような……。
そもそも英語でミシンはSewingmachine。
ミシンはマシーンが日本語なまりしたっていわれてるぐらいなんだから、おもいっきり『機械』だよね。
――そういえば。
産業革命以前は、店に既製服をたくさんならべて売るタイプの、現代の洋服屋さんのような販売スタイルの店に服を買いに行くのではなくて……。
新しい服がほしい人は仕立屋さんに服を作ってもらう。だから、買いに行ったその場で自分のほしい服を選んで買うってスタイルではないって、聞いた気がする。
だけど――。この服は、ペピートが用意した、私に合いそうなものだという。
ペピートはこの服をどうやって手に入れたのだろう。
この世界の女性の誰かが、『急に服が必要になった者がいる』とペピートから聞いて、自分の着ない服をゆずってくれた。それを箱に入れた……とか?
じゃなかったら――。
この世界には、おしゃれな古着屋さんがある。
その古着屋さんの服のなかに、ミシンの縫い目にしかみえないほど均一に縫える、腕のいいお針子さんがつくった服があった……とか?
そんな予想をしてみるものの。
このドレスは、誰かのおさがりにはみえなかった。
私はまじまじとドレスをみつめなおす。
(……どうみても、新品にしかみえない……)
不思議がる私に、ロエルはにこやかに言った。
「どの服もサイズ調整は、布地に宿った魔力が自動的にしてくれるはずだ。気に入る服が他にもあるかもしれないから、べつの箱も開けてみるといい」
魔力! 魔力でサイズ調整。
ああ、そういえば!
この世界は魔力が発動する世界だったんだ。
それにこの世界は、建物や服のみためが昔のヨーロッパっぽいけれど、そっくりそのまま、地球の過去の歴史が再現されているわけではない、ということも、あらためて思いだす。
「……あ、あのねっ、ロエル……!」
「ん、どうかしたか」
他の箱をあけるよりさきに、ロエルに質問しておきたかった。
もしかしたらロエルから贈られたこのドレスから、この世界のことがいろいろわかるかもしれない。
「この世界の服――というか、この服は、どうやってつくられたのか、聞きたいんだけど、ロエルは知ってる? あ、あとペピートはどこでこの服を用意したの?」
ロエルにとって私の質問は意外だったのか、彼は目をぱちくりさせた。そして。
「オレは洋裁にくわしいわけではないが……」
そう前置きしてから、ロエルは言う。
「ペピートはおそらく町の洋装店に行ったのだろう。洋装店の服ならば、基本的に魔力の宿った布を使い、魔力の宿った針で、決められた型紙どおりにつくっているのだと思う」
ロエルは、私がなぜこんな質問をわざわざしたのか疑問に思っている感じだ。
私はといえば――ロエルの話した『魔力の宿った布を使い、魔力の宿った針で……』という部分に特に くいついてしまう。
魔力の宿った針……!
その針があれば、ミシンが存在しなくても衣服や布製品を大量生産できそう。
ためしに私は聞いてみる。
「人が魔力の宿っていないただの針で縫うのと、魔力の宿った針で縫うのとでは、どれくらいスピードがちがう?」
「正確には知らないが……。魔力の宿った針、すなわち魔針で縫えば、60秒でだいたい1,500針は縫えるはずだ」
おおっ……!! 1分間で1,500針も縫えちゃうなんて、現代の職業用の電子ミシンみたい!
魔針――偶然なのか、マシン……ミシンはマシーンがなまった言葉といわれているから名前まで似ている。
どうやらここは、人間が機械や電力を使って生活を便利にしていく、その前段階の世界――ではなくて。
人間は、魔力とよばれる魔法の力のようなエネルギーを使って、すでに生活を便利にしているっぽい。
だからティコティスは、この世界では産業革命は起きていないって話していたの?
私は納得しかけるものの、そういえばティコティスは、「この世界では『まだ』産業革命は起きていない」って言っていたような気がしてきた。
もし、さまざまな異世界に行ったティコティスが、いままでの経験から「まだ起きてないけれど、いずれ起こる」と予測したのだとすると――。
この世界での産業革命って、もしかしたら魔術と科学が融合した、ものすごいメカが発明されるとか、なのかなぁ。
地球だって、昔は魔術と科学がはっきりとわかれていなかった時代があるって聞いたことがある。
まあ、『魔術と科学が融合』と言われても、漠然とファンタジー&SFな雰囲気しか私の頭ではイメージできないけど。 (わからないことが多すぎて……)
とにかく、もしこの世界で産業革命が起きるとしても、私の世界でかつて起きた産業革命とは、まったくべつのものなのだろうな、とは感じた。
魔針で縫われたというドレスをみつめながら、もの思いにふける私にロエルが言う。
「ユイカがこの世界のものに興味を持ってくれているようで、なんだかオレ、うれしいよ。他に質問は? オレが知っていることなら、どんどん教えるよ」
お言葉に甘えて、私はさらに質問する。
「この世界の服は、基本的に全部、魔力の宿った布に魔力の宿った針で縫われているものなの?」
「全部――というわけではないな。手縫いには手縫いのよさがあるからな。あえて魔針はつかわず、手縫いで服をしあげる職人もいると聞く。けれど――」
「けれど?」
「魔針でつくろうが手縫いでつくろうが、人の衣服は大抵魔力の宿った布、魔布をもちいる」
「――それはなぜなの?」
私は魔力の宿った針で服をつくるという点にばかり着目していたけど、この世界的には、魔力の宿った布でつくることのほうが重要らしい。
なぜ、魔布をもちいるのか。
その答えが気になる私は、身をのりだしてロエルの返事をいまかいまかと待つ。
いまの私の目は「どうして、どうして、教えて、教えて!」って感情がダダもれになっちゃってる気がする。
ロエルはそんな私を暑苦しがることなく、説明してくれた。
「なぜって、それは――。魔布でつくっておけば、翼あるものに変身し、ふたたび人間にもどるとき、布地が人の体にあわせて伸縮自在に変化してくれて便利だからな」
……布地が人の体にあわせて変幻自在……。
ああ、それでペピートもラウレアーノ先生も、鳥から人間の姿にもどったとき、ちゃんと服を着ていたんだ。
私はロエルの答えに納得するものの――。
「そもそも、この世界の人はどうして、鳥に変身することができるの? ……私が他の世界からきた人間だって、ロエルはあてることができたけど――私の世界では、人間は鳥には変身できないよ。私も、鳥にはなれないの。それが私の世界での、普通の人間なの」
私は、正直に打ちあけた。
鳥になれることが「普通」の世界なら、地球ではごく普通の人間である私は、ここでは「普通」じゃない。
もしかしたら、隠しておいたほうがいい秘密なのかもしれないけれど……。
私のためにいろいろしてくれるロエルに、私自身のことであんまり秘密を持ちたくなかった。
ロエルは、私の告白をだまって聞いていた。そして一言。
「きみはオレを人間だと思っているだろう」
彼の言葉に私はうなずく。
ロエルは、信じられないほどの美形だとは思うけど、彼を人間だと思っている。
「オレもきみをもちろん人間だと思っている。空をとぶ必要がある事態がもしも起こったら、オレがきみといっしょにとべばいいだけだ」
「……ロエル……」
彼の名前をつぶやいたものの、なんて返していいかわからない。
ペピートと先生が、鳥になったときの姿はこの目でみたけれど、私はまだロエルが変身したところはみていない。
ペピートは九官鳥、先生はカラスに姿を変えた。
ロエルはいったいどんな鳥になるの?
……そうとう大きな鳥にならないと、人を背中にのせてとぶのはむずかしいのでは。
(うーん、せっかくのありがたいお申し出だけど……)
私の体重が負担になってロエルは空で墜落。背に乗っていた私もいっしょに墜落。……なんてことになったら、おわびどころのさわぎじゃない。
私がなぜ躊躇しているのか、その理由が彼にも なんとなく伝わったのだろうか。
ロエルはニッと、ほほえんだ。
「きみの体が見た目どおり軽いことは、すでに知っているからね。オレは自信を持って、いざというときは きみといっしょにとぶと約束できるよ」
本来なら異世界にきたばかりの私にとって、非常に力づよい言葉のはずなのに――。
……『きみの体が見た目どおり軽いことは、すでに知っている』って……。
中庭で私をお姫様だっこしたときのこと!?
わーっ! ほりかえさないでよ、その話はっ!!
恥ずかしい気持ちが、ぶりかえしてしまう。
中庭でロエルの婚約者のフリをしていたとき、彼のキスで私は――立ちつづけているのが困難なほど、フラフラになってしまった。
それに気づいたロエルが私の体を両腕で抱きかかえてくれた。
ロエルは、黒づくめの格好をした5人の男たちから、私を助けてくれようとしただけ。
(それはわかっているけど……)
思いかえすだけで頬がカァッと熱くなり、自分が赤面していることに自分でも気づいてしまう。
ふたりしかいない、いまの客間で、私ひとりがあせりまくる。
そんななか、ロエルはすずしい顔で話を続ける。
「ユイカは『なぜ、この世界の人間は翼あるものに変身できるのか』という質問もしていたね」
私はコクコクと首をタテにしてうなずく。
ロエルが、中庭でのキスや抱擁を思いださせる話題から、他の話題に変えてくれて、心底ほっとする。
※文中に登場する書籍タイトル『なるほど学習まんが・ミシンのれきし』は架空のものです。




