束の間の休息。その1
高速で移動を続けるリニアモーターカーの車窓には、ただただ暗いトンネルの殺風景な光景が飛ぶように過ぎてゆく。たまにトンネル内に設置されている照明灯や作業用通路の電灯がこれまた飛ぶように過ぎ去ってゆく。
俺は窓に映る俺自身の間の抜けた顔をボーッと藪にらみしながら、今後の事についてそこはかとなく考えていた。
人的資源の枯渇は、もはやどうしようもないところまで来ている。
ならば一般居住区もこれまで通りの方針とはいかないだろうな。
もっとも、強制的に軍もしくは軍属に徴用するというのはあり得ないにしても、志願制と言う事で広く募集することになりそうだ。
それと同時に艦隊運用のAI導入や無線誘導技術の導入も進めるべき案件であろうな。
戦争自体は、この俺が言うのもなんだが…やはり好きにはなれない。
自衛のための戦争は致し方無いようにも思えるが、軍部の発言力がこれ以上高まるのも好ましくない。
その上でアキヤマのような奴がトップに立ってしまうと目も当てられないことになりそうだ。
侵略なんてものに加担させられるのは、まっぴらごめんだからな。
――っと、こんな事ばかり考えるのも妙なものだな。
――戦争が嫌いだのなんだの言って、結局は戦争の事ばかり考えてしまう。
歴史を紐解くと侵略戦争にも理由が存在する。
それぞれの正義を掲げ、それを互いにぶつけ合うのが戦争ってものかもしれん。
俺がもしトップに立ったとして、自国民が飢えている中で侵略せねば彼らが死に絶えるような状況において、同じような理想を彼らに説くことが出来るだろうか?いや、それで支持を集める事が出来るであろうか?それが理想なのだろうか?
――美談とされる過去の歴史の中の様々な自己犠牲も、元をたどれば愛する家族や友人の安寧の為にのみに行われた事であろう。もっとも、大きく括って国家の為と言う事になってはいるが。
――結論から言うと、最も大事とされるのがこの船に乗り合わせた国民の生命や財産なのであろうな。その為には時に冷徹な判断を下せることこそが肝要なのかもしれない。
――それはそれとして…
やはり国民一人一人の集合体が国家であって、国家が国民を縛ることが悪であって…
国家が暴走しそうな時にそれにブレーキをだな…その…なんだ…
――って、なんだかよく分からんことになってしまったな。
俺は思わず苦笑いをしてしまった。
そうこうしているうちに車両はトンネルを抜け穀倉地帯のど真ん中を飛ぶように走っていた。
「考えても答えが出ないのなら、考えるのをよそう。」
両手をあげ大きく伸びをしながらつぶやいた。
☆☆ ☆☆ ☆☆
再び暗いトンネルに入り十数分ほどで車両は減速を始めた。
程なくして広い駅構内に入り車窓から眩しい光が飛び込んできた。どうやら神戸に戻ってきたようだ。
荷物をまとめ出入り口の扉の前に立つと、その窓の向こうに懐かしい顔が2つ見える。
扉が開くや否やコマチ姉さんとボタンが飛び込んできた。
「フユ、おかえり。」
「フユくん、無事でよかった。」
同時に言うもんだから良く分からなかったが…
「ただいま。」と言っておいた。
2人の顔を見て抱きしめると、途端に体中の力が抜けたようだ。
――ああ、帰ってきたんだな。
積もる話もあるだろうと、2人に引っ張られるように車に乗り込み、一路懐かしい我が家へと向かったのであった。
☆☆ ☆☆ ☆☆
自宅までの車内では、俺を含めた3人が少々ぎこちなくあったのだが、やはり家に入るといつも通りになるようで、それぞれ言葉が溢れてくるようであった。
それでも遠征についての話題には触れてこないのは、やはりコマチ姉さんもボタンも気を使ってくれているのだろう。
遠征後の特別休暇の数日間は、出来るだけ彼女らと過ごすことにした。
とはいえ、ボタンも新たに導入されるシステム等の責任者として夜は忙しそうに部屋に籠っているのだが。
休暇最後の日は日曜日と言う事で、久しぶりに「宇宙防衛軍」のメンバーで秘密基地に集まり談笑したりもした。
まあ、それでも敵の動きがあれからすっかりおさまっていたので、当分は会戦の予定は無さそうではあるが。
しかし、やることは山ほどあるのである。
新たな艦隊編成、新兵徴用、資源確保の為の計画案について等々…
多分連日の会議で休みも取れなくなるだろう。
その前にアキヤマに会っておかなければならない。
新たな戦法について何らかのヒントが得られるかもしれない。
そう言えば、宇宙軍エリア内に俺の居住区が割り当てられるという話も出ている。
それなりの広さの住居のようで、ゆくゆくはコマチ姉さんとボタンも呼び寄せよう。それまでは彼女らに宇宙軍エリアへのパスポートを発行して、自由に行き来できるように手続きもしておいた方がいいだろう。
ついついコマチ姉さんとボタンの楽しそうな語らいを見つめているうちに、色々なことを考えてしまった。
「な~に?いやらしい顔してニヤニヤしてるの?」
自分では気づかないうちにそのような顔になっていたらしい。
ジトッと見つめるボタンの一言で我に返った。
「いや、君の顎にクリームがついているな~って思ってね。」
「なっ!?」
ボタンは慌てて顎を拭い「早く言ってよ!」と顔を真っ赤にしていた。
俺はこの人達を…いやこの船全体のこういった何気ない幸福のために悪魔になるというのも悪くないかもと思い始めていた。