第九十四話 狙い撃ちます──ペースは考えましょう
生徒が全員馬車から下車すると、教師の号令と共に整列する。 学校の敷地外であり都からも少し離れた草原。普段には無い開放感に生徒たちは列に並びながらも若干だが浮き足立っている。
教師から授業内容の説明がされる。
事前に知らされていたとおり、この授業は普段とは違った面子と顔を合わせて学ぶことによって新たな刺激を受けることが目的だ。
具体的には『魔法の精密性』の向上に努めるというもの。ごく最近にウェリアスの授業で魔力制御に関して訓練が行われたが、今回はその一歩先。実際に魔法の精密度を上げるというものだった。
だが、説明役であるゼストは、一通りを語り終えると最後にこう付け足した。
「ノーブルクラスは学年トップの成績保有者の集まりだ。その辺りのことを念頭に授業に臨んでくれ。んで、もう片方のクラスも一緒にいるのが学年トップ集団であることをよく考えて授業に参加するように。俺からは以上だ」
ゼストの言葉で、浮ついていたクラスの空気が引き締まる。
──今のは生徒たちに向けた『挑発』にも等しい台詞だった。 もしかすると、合同授業の本当の意図は〝コレ〟なのか。『新たな刺激』とは、つまり『対抗意識』や強い『上昇志向』を芽生えさせこと。
おそらく、今回一緒になったクラスは、学年の中でも特にそう言った傾向が強い者が多いクラスなのか。
その証拠に一般クラスから気迫のようなものが漂ってきている。そして、それに当てられたノーブルクラスもまた、負けじと気勢を上げている。
俺はそんな中でふとラトスの姿を探した。
程なくして、別の列の少しだけ前方に馴染みのある青髪の男子制服姿を発見した。あちらは俺に気が付いていないようだ。
俺はラトスから見て斜め後ろにいるのでラトスの顔はここからでは見えない。だが、後ろ姿からは周囲の『気勢』とは違った、どことなく張り詰めたような雰囲気が漂っている様に感じられた。
一抹の不安を抱きながら、合同授業が始まった。
ノーブルクラスと一般クラスを半々に混合したグループを幾つか作り、それを引率教師がそれぞれ担当する形になった。
グループ作りは自由と言うことなので、最初は俺とアルフィ、それとカディナ、ミュリエルで一緒になろうとしたが、ゼストが口を挟んできた。
「おめぇらが一カ所に固まるとそのグループだけが異様にレベルが高くなる。ばらけろ」
との事なので、全員が別のグループになった。
それで最終的にどうなったかというと。
「今日はよろしくな」
「……………………」
朗らかに笑うテリアと、ピリピリしたオーラを発している無言のラトス。その他ノーブルクラスから一人。一般クラスから二人の、俺を含めた総勢六人のグループになった。
よりにもよって何でラトスとテリアが一緒のグループになってんだよ。特にラトスの奴。明らかにテリアに強い敵意を向けている。そんなんだったら別のグループに入れば良いだろうに。
最初に声を掛けてきたのはテリアだ。既に幾つかのグループが出来はじめており、俺は深く考えずに了承した。だが、そこに割って入るように名乗りを上げたのがラトスだった。
授業が始まる前に抱いた不安がより一層強くなるのを俺は感じた。
最初に行われたのは『遠距離攻撃』の精度を計るというもの。具体的には教師が用意した的を如何に遠くから狙い撃てるか。的は引率教師の一人が地属性魔法で用意したものだ。
具体的に決まりがあるわけではないが、魔法使いの闘いにおいてはおよそ十メートル前後が一対一における戦闘距離。今回はその十メートルから始まり、二十五メートル、五十メートル地点に置いた的を狙い撃つ。
俺は基本的に手甲を使った殴り合いが主体であるが、遠距離攻撃もできないわけではない。
「超化、ちょい弱めで発動」
ミュリエルとの決闘で使ったのよりも圧縮率弱めの魔力を体内に取り込む。剛腕手甲を具現化するが、銀輝翼は一枚だけ精製する。
「重魔力砲・狙撃形態」
剛腕手甲が銀輝翼を取り込みながら変形する。通常の魔力弾頭を放つ形態では無く、それよりももっと砲塔が細長い形を作る。
興味深そうなテリアと口をあんぐりと開けているラトスを尻目に、俺は狙いを定めて魔力弾頭を発射した。
俺の放った魔力は一直線に的へと飛び、十メートル先にある中心地点を穿った。その後も二十五メートル、五十メートルの的も狙い撃ち、その全ての中心を抉った。
「見事なものだな」
「そりゃどうも」
俺たちのグループを監督することとなったゼストが感心したように言う。俺は適当に言葉を返したが、実のところこの魔法は超重魔力砲と同じくかなり使い所が限られているネタ枠だった。
射程と命中精度は確かに上がるが、通常の重魔力砲に比べて発射までに相当時間が掛かる。一対一の戦闘になったら使い物にならない。
その上、途中で弾頭が弾けないように維持するために魔力を割かれ、内包される圧縮魔力の量が少なくなってしまい威力は大分下がる。
用途としては、狩猟がもっぱらだな。警戒心の強い獲物を遠距離から仕留めるのに使っている。
俺が行ったのを皮切りに、他の面子も狙撃を開始する。
最初の二つ、十メートルと二十五メートルに関しては、全員がほぼ問題なく的の中心部を狙い撃つ。ジーニアスに通う生徒でこの距離から外す奴はほとんどいないだろう。できなかったらおそらく入学すらできていないはずだ。
問題なのは五十メートルだ。ここまで来ると難易度が跳ね上がる。
ノーブルクラスの一人は命中はしたが的の隅に辛うじて当たった程度だし、一般クラスの二人に至っては放った魔法が的まで届かなかった。
実は魔法による狙撃というのはただ単に狙い撃つ精度だけではなく、魔法を遠くまで持続させる能力も必要になってくる。
この辺りは風属性が一番得意だ。
その証拠に、別グループにいるカディナは大量の風弾を連射し、全てを五十メートル先の的中心部に命中させている。さすがだな。あの様子だと、百メートル先の的も狙い撃てそうだな。
俺は視線を戻し、同じグループの面子に目を向ける。
「水弾」
テリアが放った水の弾丸が、五十メートル先の的に命中。中心部よりも若干ずれてはいるが、それでも見事なものだ。
「くっ──」
一方ラトスは、五十メートル先の的に命中したものの、テリアに比べれば中心部よりも離れていた。
どちらも中心では無いものの遠距離攻撃の精度としては十分すぎるくらいだ。
満足げなテリアに比べてラトスは不満があるのか、何度も水弾を放つ。だがどれもが的の中心に命中することは無く、むしろ徐々に精度が悪化しているようだった。最後の一発は完全に狙いを外し的にかすりもしなかった。
歯噛みをしたラトスは更に魔法を放とうとするが、俺は肩を摑んでそれを止めた
「そのくらいにしとけって。無理するとすぐにへばっちまうぞ」
「──ッ。……分かったよ」
最初は鋭い目で抗議しそうになるも、ラトスはすぐに冷静さを取り戻すと、投影しかけていた魔法陣を解除した。
「ったく、熱心なのは良いけどペースってのを考えろよ」
「…………手」
「ん?」
「手、離して」
「おおっ。わ、悪りぃ」
咄嗟に摑んでしまった肩を慌てて離す。ただ、その直前に『やっぱり男に比べると華奢だよな』と思ってしまったのはここだけの話だ。
そんなちょっと失礼なことを考えている俺の側を、ラトスが横切る。それだけで張り詰めた空気がこちらに伝わってくるかのようだ。
ただ──どうしてか、すれ違い様に見えたラトスの頬が赤らんでいるようにも見えた。
 





