第九十一話 様子を聞かれました──友達ですよ
ラトスとまともに話せる状態にはしたものの、俺の口がそこで固まってしまった。
「隣、座って良いか?」
「勝手にすれば良いよ」
「んじゃ、勝手にしますよっと」
断りを入れてから、俺はラトスの隣に腰を下ろした。
…………………………。
…………………………。
(か、会話が全く続かねぇ……)
同じベンチに座りはしたが、そこから話が全くといって良いほど発展しない。
やはり何を聞いて良いのか分からない。聞きたいことはあるが、それを直接問い質すのはさすがに躊躇われる。
「あー、最近顔を合わせてなかったけど、どうしてたんだ?」
俺は当たり障りの無い言葉を頭の中で選択し、聞いた。曖昧な笑みを浮かべながら言った。
「…………別に、どうもしないよ」
返ってきたのは、突き放すような言葉だった。
どうしたものかと頭を掻いてしまう。
ワイワイガヤガヤとした空気を盛り上げるのは得意な一方、こういった重苦しい空気のフォローはどうにも苦手だ。アルフィなら気の利いた言葉の一つでも出せそうだが、俺の会話術は馬鹿騒ぎか魔法談義にしか対応していない。
それでもどうにか言葉を絞りだそうとしたところで、先に口を開いたのはラトスの方だった。
「ねぇ……ウォルアクトはどうしてるんだい?」
「テリアか? まぁ、それなりにクラス内には馴染んでるよ」
「そっか」
そこでまた会話が途切れてしまう。
やはり、ラトスが俺たちを避けていたのはテリアが原因か。あるいはテリアから渡された手紙か。
──俺は、少し踏み込んだ。
「なぁ、テリアから渡された手紙って、差出人は誰だったんだ?」
「──っ、…………はぁ」
俺の質問にラトスは肩を強ばらせるも、やがてゆっくり息を吐きながら力を抜いた。
「今更だけど、失敗したかなって思う。あんな去り方したら、気にならないはずが無いかよね」
ラトスは己の失敗を苦笑と共に吐き出した。
「実家からの手紙だよ。差出人は……父さんだ」
ラトスの父親──つまり、ガノアルク家の御当主様か。
それがここしばらくの切っ掛けだとすると。
「……もしかして、親父さんと上手くいってない?」
「そうだね。一般の家庭と比べると、そうかもしれない」
そもそもラトスの現状がからして一般して普通じゃ無いしな。
ラトスを『男』としてジーニアスに通わせているのはその御当主の指示だろうか。事情があるにしても、無関係はあり得ないか。
ラトスは諦めたように肩を竦めながら言った。
「今回に限った話じゃ無いよ。普段からなにかと父さんとはソリが合わなくてね。実家にいれば言い争いなんてしょっちゅうさ。君の家はどうなんだい?」
「仲は良い方だと思う。他の家庭は知らんがね」
年がら年中、母さんといちゃこらしている点にイラッとはしているが、それを除けば概ね関係は良好だ。俺がいきなり都の学校に通うと言いだしたときも、快く送り出してくれた。俺が大賢者の弟子であるとは知らなくとも、俺の気持ちの強さを真摯に受け取ってくれた結果だ。
お礼では無いけれども、一度実家に帰ったときには都の珍しい銘柄の酒を土産にした。酒職人である親父は大いに喜んでくれて俺としても満足だった。
「羨ましいよ。父さんは、当主としても魔法使いとしても凄く尊敬してる。ただ、プライベートな事になるとどうもね」
「貴族の御当主となると色々と厳しそうだな」
「昔ながらの貴族って感じかな。どうにも頭が固くて困っちゃうよ」
呆れるように肩を竦めるラトス。
「手紙の内容は……さすがに教えちゃくれないか」
「悪いね。ウォルアクトなら、もしかしたら知っているかもしれないけど」
「空振りだったよ」
「だろうね」
また言葉が途切れてしまったが、今度はさほど長くは無かった。
「君から見て、ウォルアクトってどんな風に見える?」
「そうさな。さっきも言ったとおりクラスにもすぐに溶け込んだし、社交性はある方だと思う」
俺はテリアが編入してきてから今日に至るまでの様子を端的に伝えた。
「ミュリエルとは違った意味で何を考えてるのかちょっと分からないけど。悪い奴じゃぁなさそうだ」
「ふーん」
なんだかラトスさんの機嫌が悪くなってらっしゃる。
「随分とウォルアクトの肩を持つんだね」
「ちょっと待て。俺はありのままを伝えたわけで『テリア君最高だぜ!』なんて一言も口にしてねぇぞ」
「でも、否定的な意見も一言も出てきてないよ」
「そりゃお前、まだ編入してから期間も短いし、見えてくるとしたらこれからだっての」
「それは……そうかも知れないけど」
俺の言葉に同意しつつも、ラトスは納得がいかないように眉間に皺を寄せている。俺の目には、ラトスがテリアを毛嫌いしているように見えた。
唐突に頭の中で閃いた。
「もしかして……手紙にテリアのこととか書いてあったのか?」
「──っ!?」
俺は特に深く考えも無くそれを口にしていた。
口にしてから『しまった』と後悔した。
「君には関係ないだろ!!」
予想通りというべきか。ラトスは明らかに怒りの感情を宿した目で叫んだ。激しい拒絶感が言葉の中にありありと含まれている。
ラトスがここ数日間、俺たちに顔を見せなかった理由が分かった。父親からの手紙にテリアに関わる何かしらが書かれていたのだろう。憔悴してしまうほどに衝撃的な何かが。
それが分かったところで、達成感は皆無だ。
「悪い。手紙のことはもう聞かねぇよ」
「あっ……」
自分が叫んでいたことに今気が付いたのか、ラトスは気まずそうな顔をして俯いた。反射的に叫んでいたとなると、本当に触れて欲しくなったのか。そこにずかずかと踏み込んでしまった己の無神経さに自己嫌悪に陥りそうだ。
「帰るわ。当初の目的は達成できたしな」
俺はおもむろに立ち上がると、ラトスに言った。
「その……ごめん」
俺と同じで自己嫌悪を感じているのか。ラトスが絞り出すように言葉を発する。
「俺が悪かったんだ、気にするな。それよりも、帰ったらちゃんと飯食って寝ろよ。さっきの丸薬はそう何度も使えねぇからな」
「もしかして……貴重なものだったのか?」
「そこそこに貴重だが、それ以上に連続で呑んだら副作用がでかい」
あの丸薬は効果は覿面だが万能ではない。味に限らず躯への負担が何気に大きい。
一つだけなら全く問題ないが、二つ以上を短期間に摂取すると躯の調子が逆に崩れてしまう。消化器官を含む内臓系を鍛えている俺であっても、一つ呑めば丸一日は空白期間が必要になってくる。
分類としては栄養剤よりも強化薬に近いかもしれない。何せよ、自然な栄養摂取と睡眠に勝る休息は無いの。あの薬はあくまでも緊急用だ。
「もし見てねぇところで倒れられたりしたら、それを知ったアルフィ達が心配する」
「……君も心配してくれるのかい?」
まるで縋るような問いかけだった。
「友達を心配するのは当然だろうが」
「そっか……友達……だもんね」
俺の答えを聞いたラトスが、力の無い笑みを浮かべた。
「じゃ、行くわ」
俺はラトスに背を向けて歩き出した。
「ローヴィスッ」
と、背中に俺を呼び止める声がぶつけられ、足を止めて振り返る。
「お礼を……まだ言ってなかった」
「薬の礼は聞いたぞ」
「そっちじゃなくて。その……心配してくれて……あ、ありがとう」
「ははっ……どういたしまして」
俺はひょいと片手を上げると、ラトスもゆっくりとだが手を上げた。
最後に笑みを浮かべてから、俺は今度こそラトスに背を向けて帰路に着いた。