第八十七話 上手いものです──一方的に聞かれました
感心しながら見学するだけでは俺がこの場にいる意味がない。
ウェリアスに命じられた臨時教師としての役割を果たすために、俺は手近な生徒に声を掛け始めた。
最初の生徒は魔力球の旋回はとりあえず形になっているが、球体の大きさが時折不安定になっていた。
「魔力球を動かすことにばっかり集中するから、魔力の維持にムラができるんだ」
「それは頭では分かってるんだけど……」
「頭だけで考えてるから駄目なんだよ。魔力球の『維持』か球体の『旋回』。このどちらかを躯に覚えさせなきゃ駄目だ」
二つの動作を一つの頭で行おうとするから失敗するのだ。
人間の手は二本あるが、その両方を常に意識して動かしているわけではない。動作を行うときには躯がなにをすべきか分かっているから、人間の手は自在に動くのだ。足だって、足を動かすことを意識せず『歩く』という動作を行おうとすれば躯が勝手に動いてくれる。
意識的な動作を無意識に。
無意識的な動作を意識的に。
魔法使いにとって魔力制御とはこれら『手足の動作』に近い。この扱いによって投影される魔法陣の精度が劇的に変わるのだ。
「まずは五個の魔力球を片手で旋回させてみな。その時の制御を躯に覚え込ませる。そっから徐々に数を増やしていけば良い」
「わ、分かった。やってみるよ」
頷いた彼は真剣な表情になり 言われたとおり片手で魔力球を旋回させはじめる。
他の生徒にも同様に、多少の際はあれど似たような指示を出していく。
「貴様に言われるまでも無いわ!」
ちなみに、今のはバルサの発言である。心底悔しげな目を向けられた。他にも数名ほどは反発的な目を向けられたが、バルサも含めて渋々とだがこちらのアドバイスに従ってくれた。
何だかんだでやはりノーブルクラスの生徒は真面目だな。気位が高い奴はいるが必要だと思った事は素直に受け入れてくれる。
成績が下がれば一般クラス落ちもあり得るし、その辺りに関しては非常に貪欲なのだろう。
「……にしても、いきなり十個は厳しいんじゃね?」
一通り見て回った感想としては──ウェリアスが出した課題の難易度がやはり高いと再認識したことだ。
ただ、ウェリアス当人の方を向くと、彼も生徒に助言しているがさほど難しい欲求はしていない。俺と同じに初歩的なところから始めている。
ノーブルクラスの生徒ならできるか否かのギリギリのラインを見極めての授業内容だな、これは。授業の最初に言ったとおり、魔力制御の〝奥深さ〟を意識して貰うのがこの授業の意図だろう。
ただ、おそらく一般クラスの生徒ではやはり魔力球の維持で手一杯になりそうだ。
一般クラス生徒の技量を詳しく知っているわけではないが、コレまで何度か行われている『決闘』から予想すると。
「ラトスなら無理なくいけるか?」
出会ったばかりの頃、ラトスと決闘を思い出す。 ラトスは決闘の最中、己が放った魔法の残滓をそのまま次の魔法に転用して使用していた。あれは『書き換え』ほどではないが結構難しい。それを難なくこなせていたラトスの技量が窺えた。
──そんなラトスだが、実はここしばらく顔を合わせていない。
正確に言うと、テリアが編入した初日から俺たちの前に姿を現さなくなっていた。ミュリエルの話では授業には毎日欠かさず出席していると言うのだが。
と、ラトスのことを思い出していた俺は何気なくテリアに目を向けるが、少し驚かされた。
彼の手元には、俺が最初に手本代わりに見せた魔力球の動作そのものが再現されていたのだ。
興味を惹かれた俺はテリアの元に近付いた。
「上手いもんだな」
「リースか。中々に難しいものだな、これは。この状態を維持するだけでも精一杯だ」
「だとしても、他の奴らに比べれば多分一番じゃねぇか?」
言葉を交わしていながらも魔力球の動作に乱れは無い。俺が別の生徒に言った『無意識での制御』ができている証拠だ。
「君には及ばないさ」
謙遜するテリアだったが、俺の言葉に嘘は無い。
少なくとも『安定した魔力の制御』に限ればあるいはアルフィ以上かもしれない。あいつは四属性を操る関係で、投影で細かな無駄が出ている。もっとも、あいつはその無駄を補って余りある才能があるから性質が悪い。
「実際にやってみるとウェリアス先生のすごさが分かるな。単純な魔力球でも維持するのが難しいのに、あの人はコレに属性を加えているのだから」
「俺は無属性だから察するしか無いが、確かに大変そうだ」
俺は適性が無いので属性を付与することはできない。せいぜい魔力球を防壁にする程度だ。ただ、そうであっても単純に魔力球をよりも難易度は上がる。ここに属性を付与するとなると更に難しくなるのは想像に難くない。
とは言っても、テリアの様子を見ると、この数でならウェリアスと同じように魔力球に属性を付与してもできそうな気がするが。
「ところでリース。授業内容とは離れるがちょっと聞いて良いか?」
「内容による」
「最近、ガノアルクさんと会ったりしたか?」
「──いんや」
つい先程まで考えていたことをずばり言い当てられたような気になり、俺は少しだけ言葉に詰まってしまった。テリアは俺の様子に気づくことなく先を続ける。
「編入初日に君たちに会わせて貰ってから、俺も顔を合わせて無くて。もしかしたらと思ったんだが」
「ご期待に添えなくて悪い」
「試しに聞いてみただけだ。気にしないでくれ」
ラトスが姿を現さなくなった原因は間違いなく、テリアが渡した『あの手紙』だ。それについて口に出して尋ねるのは簡単だが、聞いたところで答えてはくれないだろうな。
「もう一つ聞いても良いか?」
「今度は何さ」
「君はガノアルク家に関して、どれほどのことを知っている?」
質問の意図を読み取れず、俺は眉を吊り上げた。
「ラトスの実家で、水属性の名門ってことぐらいしか知らねぇよ」
「そうか……その程度か」
俺の問いにテリアは小さく頷くと、手元の魔力球を操る制御に集中し始めようとする。って、ちょっと待てよ。
「なぁ、今の質問ってなんの意味があったんだ」
「いや、こっちもなんとなく聞いてみただけだ。深く考えなくて良い」
「おいおい、思わせぶりなこと言っといてそりゃないだろ」
聞くだけ聞いてはい終わり、ではさすがに俺も少しムッとなってしまう。
俺は食い下がろうと口を開きかけたが──。
「リース君、ちょっと来てください」
タイミング悪く、ウェリアスからの呼び出しがかかった。
舌打ちを堪えながら教師の方を向き、横目でテリアを見れば「どうぞ」と言わんばかりに手で促していた。
俺はほんの小さくだがテリアを睨みつけて、ウェリアスの元へ向かった。
──その後、テリアを追求する間も無く放課後を迎えたのであった。