第八十三話 紹介して欲しいようですが──用事があるそうです
編入したばかりのテリアだったが、少なくとも編入初日に関してはしっかりと授業について行けるようだった。教師達は試すようにテリアを指名していたが、当の本人は出された問題に対して淀みなく答えていた。問題を出した側である教師達も彼の答えに満足がいったようである。
そこから、授業の合間合間にテリアの顔を拝もうとする他クラスの生徒が教室の前に集まったり、新たなるイケメンの登場に黄色い声を発する女子が増えたりと、騒がしい時間が続く。
「どこぞの田舎イケメンと違って、まさに貴族イケメンだな」
「だれが田舎イケメンだ、この田舎モブが」
「誰が田舎モブだごらぁ! この特徴的過ぎるナイスガイに対して失礼だろうが!!」
「…………言ってて辛くないか?」
「あ、うん。ちょっぴり」
アルフィに指摘されて若干情緒不安定気味になる俺である。
そんな小幕が過ぎて、時間は昼休みに突入した。
「学生にとって、お昼ご飯の時間こそが本番と言っても過言ではないと俺は思うわけよ」
「とても一年主席の言葉とは思えませんね。学生の本分は勉強だと思うのですが」
「そんな優等生の答えなんか欲しくない」
カディナの冷静なツッコミに答えながら、俺はいつもの面子で食堂に向かおうと教室を出た。
すると、扉を出たところで声を掛けられた。
「おいそこの田舎モブ」
「誰が田舎モブじゃぼけぇ!!」
反射的にプッツンしながら振り向くと、担任であるゼストが手招きをしている。側にはテリアが居た。
「……なんですかね。俺ぁ今から学生の本分を全うしにいくところなんですが」
「今明らかに、一般学生の学業とは違う意味だったよな」
俺の罵倒に近い叫びを咎めようともせず、ゼストはいつも通りの眠たげな眼のままに続けた。
「……まぁそれはともかく、食堂に行くなら道すがらテリアに学校の案内を頼む」
「他の奴らにでも頼めば良いでしょうよ」
反射的にそう答えると、ゼストは面倒くさい気持ちを前面に押し出したような顔になる。
「ノーブルクラスの主席ってのはいわばクラスの顔役だぞ。新顔の面倒を見るのは当たり前だろうが」
「……初めて聞いたんですけど」
噂に聞く『学級委員長』みたいな奴か。非常に御免被りたい役柄であるのだが。
「自覚が無いようだから言っておくが、こっから先は主席としてちょくちょく呼び出される事もあるだろうからな」
「なにそれ超面倒くさいんですけど……」
「どれだけ面倒くさくても出てもらうからな。それが嫌なら主席の座から降りるんだな」
「うぼわぁ」と妙な声が口から漏れるのをよそに、ゼストは「じゃ頼んだ」と軽いノリで俺たちに背を向けて去って行った。
項垂れていた俺に、ミュリエルが口を開く。
「……それで、結局どうする?」
「このまま放置ってわけにゃいかんだろ」
さすがにこの場所に編入生を置いたまま食堂に行けるほど、俺も薄情では無いつもりだ。
「世話をかけるよ」
「別に良いさ。案内するだけでそれ程手間が掛かるわけじゃないしな」
テリアが若干申し訳なさそうにするが、顔を上げた俺は気を取り直して答えた。面倒くさいのはクラスの顔役という役柄であって、彼の案内ではないしな。
食堂へ向かう間、途中にある教室や施設について簡単に説明していく。特に目立つような行為をしていはいないのだが、廊下ですれ違う生徒たちが何かと俺たちの方を振り返る。
四属性のアルフィは言うに及ばず、俺との脅威的な戦闘力を発揮したミュリエルに、入学以前から何かと話題になっていたカディナ。先日の入れ替え戦で記憶に新しいテリア。
そして、一年生の間で最も有名であろうリース・ローヴィスこと俺である。
ぶっちゃけ、一年で俺たちほど目立つ集団というのもいないだろう。
いやぁ、人気者は辛いなぁ。
「あの……どうして急にリース・ローヴィスはドヤ顔に?」
「馬鹿なこと考えてるだけだから気にするな」
「そうですね」
好き勝手に言う背後を振り返る、アルフィとカディナは澄ました顔をするだけだった。
ふとテリアが聞いてきた。
「ところでリース君。きみは『ラトス・ガノアルク』さんと知り合いなのかな?」
「知り合いというか……友達だけど」
「もしよければ、彼のことを紹介してくれないか」
唐突な申し出に俺は首を傾げた。
「実は俺が入れ替え戦を行った決闘場で、彼がリース君と一緒にいるのを見つけてね。親しいようだから、是非繋ぎを頼みたいと思ったんだ」
俺はラトスがあの時、『編入生に見られたような気がした』と言っていたが、どうやらアレは本当だったようだ。
「わざわざリース・ローヴィスに頼まなくとも良いのでは? ガノアルク家とウォルアクト家は多少なりとも繋がりがあると聞き及んでいますが」
カディナは顎に指を当ててテリアに問いかけると、彼は肩を竦めた。
「ガノアルク家の御当主とは面識があるけど、ガノアルク家の嫡男の顔は遠目からしか見たことがあるくらいで、直接言葉を交わしたことも無いんだ。だから、少し話しかけづらくて」
ラトスはウォルアクト家の次男とは顔を合わせたことが無いと言っていたな。テリアはラトスの顔を知っていたようだが、言葉を交わさなければ初対面と変わりないか。
「……朝にリースに声を掛けたのはもしかして?」
ポツリとミュリエルが呟くと、テリアは首肯した。
「朝に言った台詞に嘘は無い。ただ、その側面があったのもまた事実だ」
「紹介するのは構わねぇけど、ラトスに何の用だ? 伝手作りの手助けはしねぇぞ」
貴族にとってこの学校は、魔法使いとしての腕を研鑽する場でもあると同時に将来に向けて人脈を広げる社交界の入り口でもある。
さすがに伝手作りの手伝いなど、平民である俺にできるはずないのだが。
「なにもそこまで頼むつもりはない。ただ、ラトス・ガノアルクに少しだけ用事があって、なるべく早い段階で接触したかったんだ」
「用事?」
「ちょっとした頼まれごとさ」
そう言ったテリアは少しだけ含みのある笑顔を浮かべた。