第八十話 受け流すようですが──特殊な使い方のようです
──最初に結論だけを述べれば、圧倒的だった。
現時点で最下位であるとはいえ、トムはノーブルクラスの在籍者。魔法使いとしての実力は一年生の中で上から数えた方が早い。実際、『決闘』の最中には風属性の使い手としてかなりの腕前を振るっていた。
──だが、挑戦者である青年はそんなトムをあらゆる面で凌駕していた。
先手を打ったのはトム。風属性の適性を持つ彼は『決闘』の開始直後に投影を開始し、素早く風弾を放った。風属性の中では基礎中の基礎とも言える魔法だが、だからこそ使い手の腕が如実に表れる。カディナには及ばずながら投影速度、威力共になかなかだ。
しかし、それらは挑戦者に届くことは無かった。
挑戦者の扱う属性は水。そして使った魔法は『水流牢』。
本来は水で作り出した牢で相手を閉じ込める窒息に追いやる魔法。挑戦者は己の周囲に呼吸をするための空間を作り、水牢の中に自らが入り込んでいた。
水流牢は簡単な魔法では無く、それを風弾と同じ速度で投影するのは難しい。さすがと思う一方で最初は何のつもりかと疑問を抱くが、トムの魔法が水流牢に触れてからその答えがはっきりとした。
トムの放った風弾が水流牢に触れると、あらぬ方向へと飛んでいった。そしてそのまま決闘場を覆う結界に衝突し霧散した。
もちろん、挑戦者にダメージはない。
トムが驚愕を露わにするのに対して、挑戦者は涼しげな顔。
『舐められている』と感じたのか、トムは歯噛みをすると更に多くの風魔法を投影する。
トムは一撃の威力よりも手数で攻めていくタイプの魔法使いなのだろう。風弾を連射し、時折に風砲弾を混ぜて投影し、次々と魔法を放っていく。一般クラスの生徒ならこれだけの数を浴びれば迎撃も追いつかずにやられてしまうだろう。
だが、その全てが水流牢に〝いなされ〟て挑戦者の側を通り過ぎていく。
ただ単純に水流牢を己の周囲に張り巡らせているわけではない。表面の水流を操り、相手の攻撃の勢いを極力殺さないように全てを外側へと弾いている。相当高いレベルの魔力制御が求められてくる芸当だ。
「なんであんな曲芸ができる奴がノーブルクラスにいなかったんだ?」
「曲芸って……お前も人のこと言えるような魔法使いじゃ無いだろおい」
「これでも褒め言葉だよ」
おそらく、魔力制御だけ見てもノーブルクラスの上位陣とタメを張れるくらいのレベルだ。それだけ制御ができていれば、他の魔法に関しても推して計れる。もしかしたら、ラトスと同じく入学試験で大ぽかをやらかしたのか。
アルフィと言葉を交わしていると、ミュリエルが呟く。
「……可能性は二つ。実はあの魔法以外は全然使えない、一芸特化型の魔法使いだった」
「……ここに、一芸特化でノーブルクラス主席をとりやがった常識破りがいますけど?」
「\\\\──(てれ)」
カディナに褒められてちょっと照れる俺。
「やめろカディナ。馬鹿を喜ばせるだけだぞ」
「……その馬鹿にテストの点数で負けてるのはどこのどいつ──」
ドゴスッ!
アルフィの拳が俺の頬に突き刺さった。
「──ぐほぁっ!? だから無言で殴るなつってんだろアルフィ!」
「うるせぇ! なんだったら今ここでどちらが上かはっきりしてやろうか、あぁんっ!?」
「上等だぁぁぁ! 今すぐそのイケメンをべっこべこにしてやんよぉ!!」
俺は拳に手甲を、アルフィは周囲に四属性の魔法を投影し始める。周囲の観客が悲鳴を上げ、巻き込まれるのは御免だと離れていく。
「はいはいそれまでね」
──ザブンッ!
「「ぶほぁっ!?」」
ラトスが呆れ混じりに放った水弾(威力弱)を顔に浴びせられ、俺たちは揃って水浸しになる。
「まだ『決闘』の最中だから後にしてね君たち」
俺とアルフィはずぶ濡れになりながら互いを睨み、鼻を鳴らしてから席に座り直した。
「……だんだん手慣れてきてますね、ガノアルクさん」
カディナが若干戦慄していた。
「まぁ、いつものことですけど。ところでウッドロウさん。先ほどのお話にあった『二つ目の理由』とは何ですか?」
「それは──」
カディナの問いかけにミュリエルが応える前に、戦いが大きく動く。
絶え間なく魔法を投影し続けてきたトムだったが、ここでその手が止まった。肩を揺らしながら息を荒げている。魔力を短時間で大量に消費したためだ。
そして、トムの攻撃を全て受け流した無傷の挑戦者は、『決闘』が始まってから変わらず涼しい顔をしている。水流牢を維持し続けており、こちらも絶えず魔力を消費していたはずだが──。
と、ここでその水流牢に変化があった。円形だった表面が小さく蠢くと、細長い紐状の水流が生えた。
「あれは『水鞭』!」
ラトスが驚きに目を見開いた。
文字通り、水流を鞭のように操り相手を打ち据える攻撃魔法だが、まさか水流牢から生やすように投影するとは思いもしなかったのだ。
細長い水流──水の鞭は宙を蠢くと、トムに狙いを定めて振るわれた。
迫り来る鞭を慌てて風弾で弾き飛ばしたトムだったが、ホッと胸を撫で下ろすのも束の間だった。
何故なら、次に挑戦者に目を向けると、幾本もの水鞭が水流牢の表面から出現していたのだ。
挑戦者は水流牢から生やした水鞭でひたすら攻撃し、トムはそれを魔法の連射で迎え撃つ。最初とは真逆の展開だ。
違うのは、攻撃する側が落ち着いた様子なのに対して迎え撃つ側が必死の形相だったことだろう。
そして──遂に水鞭の一つが風の魔法をくぐり抜け、トムの躯を捉えた。
あとは一方的な展開。
躯に与えられた衝撃で魔法の投影が途切れ、そこへ畳みかけるように水の鞭が殺到し容赦なくトムを打ちすえる。
──やがて水鞭の連打が途切れると、トムは力なく決闘場の床に倒れた。
意識の有無など問うまでも無かった。
『水流牢』は、イナズマイレブンの『イジゲン・ザ・ハンド』をイメージしてください。あんな感じに受け流してます。ただ『水流牢』本来の役割は話の中にあったように敵を水の中に閉じ込める魔法です。
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