第七十八話 もやもやします──謎の感情です
あけおめっす
更新が遅れまくって申し訳ありません(汗
食堂で取り巻きが起こした諍い切っ掛けに、僕はローヴィスと初めて出会った。
入学式では新入生一同に壇上からの『宣言』を行っていたが、あの時は遠目でよく見えなかった。ただただ、ふざけた奴が馬鹿なことを言っている程度の認識だった。
そもそも、無属性である防御魔法しか使えない平民出身者が、ジーニアス魔法学校の入学試験を主席で通過するなんて単なる冗談にしか思えなかった。
だが、食堂での騒動から発展したローヴィスとの決闘で、僕は完膚なきまでの敗北を喫した。
アルファイア家ほどではないが、僕も名の知れたガノアルク家の人間。入学試験でミスさえ無ければノーブルクラス入りは間違いないはずだという自信があった。
彼の防御魔法によって、僕の自信は無残にも打ち砕かれた。
油断、慢心が無かったかと問われれば嘘だ。現に、入学してからは授業での課題をこなす程度で、日頃の魔法の鍛錬を怠っていた。全力を出し切れていたとは言い難い。
けれども、例え万全の状態であったとしても敗北までの時間が長引いた程度の差だろう。それ程までに、ローヴィスの防御魔法は僕にとって衝撃的だった。
『非効率の極み』と称されていた防御魔法であそこまで戦えるようになったのだ。
──僕にだって出来るはず。いや、やってみせる!
決闘が終わった晩、僕はローヴィスに宣言した。
『いずれはこの僕──ラトス・ガノアルクが君に勝利する!』
これは誓いであると同時に新たな目標でもあった。
そうと決まれば、たかが入学試験のミス程度をいつまでも引きずってはいられない。
不思議な事に、同世代の──しかもアルファイア家の娘では無く一平民に敗北したことで、僕はようやく入学試験での失敗に区切りを付けることが出来た。あの悔しさに比べれば、入学試験の失敗など些細な問題に思えるようになった。
それに、形はどうあれ魔法教育の名門であるジーニアス魔法学校に入学できたのだ。最高の環境に身を置いているのならば、それを生かさない手は無い。
最初に自分の周囲に居る取り巻きを遠ざけた。
僕が素っ気ない態度を取ると媚びへつらっていた者たちはすぐに離れた。所詮はガノアルク家の威光取り入ろうとしていた者たち。僕が望み薄だと分かれば他の家に狙いを定めるだけの話だ。そんな者たちを集って優越感に浸っていたのかと思うと、またも顔が赤面した。
鬱屈した日々が綺麗さっぱりなくなると、自然と日々の勉強にも身が入るようになった。気持ちの持ちようで、日々の生活にこれほどまで張り合いが出てくるとは思いもしなかった。魔法の自己鍛錬も再開し、今では以前よりもずっと熱が入るようになった。
また、先日の一件でローヴィスとの交流を持つようになり、放課後の自己鍛錬に付き合ったりもした。
少し悔しいが、彼は魔法だけでは無く魔力制御も優れており、その分野においては同級生に比べて多少の自負があったが彼に比べれば足下にも及ばなかった。僕の敗北も道理だった。
ローヴィスに限った話ではない。
彼の周囲には同級生の中で最も優秀な生徒達が集っていた。
奇跡の『四属性持ち』であるアルフィ・ライトハート。
アルファイア家のご令嬢であり学年次席であるカディナ・アルファイア。
そして、『複合属性』を操るミュリエル・ウッドロウ。
彼らと面識を持ちその実力を知るにつれて、如何に己が未熟であるかを思い知らされた。
ライトハートはローヴィスと同じく、これまで幾度となく決闘を行っているが全く苦戦を強いられずに常勝無敗。
アルファイアは入学式からこれまで一度も生徒同士の『決闘』を行っておらず、実際の実力は知らない。それでも、自己鍛錬で一緒になったときにアルファイア家の名声を思い知った。特に投影速度は目を見張るものがあり、一年生ではおそらく一位二位を争うほどだろう。
ウッドロウに関してはもはや語るまでも無い。ローヴィスとの決闘を行いその実力のほどを知らしめた。本人にその意図は無くとも、一時とは言えローヴィスを追い詰めた実績は確かなものだ。
三人とも、僕のずっと前を歩いている。そして他ならぬローヴィスの背中は未だに見えない。
入学当初の僕であれば腐った気持ちを抱いたまま彼らの背中を眺めているだけであっただろうが、今は違う。追いつき並び、そして追い越してやろうという強い気持ちがあった。
「そうさ──いつまでも立ち止まってなんかいられない」
ローヴィスには恥ずかしくて言うつもりは無いけれど、僕は彼に感謝していた。
彼に負けた事で僕はようやくこの学校に入学した本懐を再確認できたのだ。あの敗北が無ければ、僕はいつまで経っても学校の片隅で『小山の大将』を気取って燻っていただろうから。
「──リース・ローヴィス……か」
彼の名前を呟きながら、僕はベッドの上で寝返りを打った。
──最近、大きな悩みを抱えている。
僕が『男』として振る舞うようになってから十年近くが経過している。
幸いにも僕の顔は『中性的』と呼べるもので、無駄に育った胸さえ隠せれば『女顔の男子』に見えるはず。自ら明かさなければ女であることは決してバレないし、現に誰にも性別を見破られることは無かった。
己を男として偽ることにはもはや慣れてしまっていた。おそらくはこれからもずっと、僕は男として生きるのだろう。とうの昔に覚悟が出来ている。それこそ、男として振る舞うと決めたときからだ。
だというのに、最近になって。
ふとした瞬間に『覚悟』が揺らぎそうになるのだ。
先ほどだってそうだ。
ローヴィスがアルファイアとウッドロウと話している場面を見て、不意に己が『女』であることを暴露してしまいたくなったのだ。
全く以て意味不明で度しがたい。
何のために僕は男として振る舞っているのか。
頭では分かっているのだ。
だというのに、
アルファイアとウッドロウ。
彼女たちと楽しげに言葉を交わしているローヴィスを見ていると、謎の衝動に胸が掻き乱される。
僕が自ら己の性別を明かすことなんてありえない。
決めたはずだ。
──十年前に兄を失い、あの人の代わりになると決めたあの日から。
今年も頑張って更新していく所存です
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