第七十七話 ブラックヒストリーだそうです──羞恥がヤバい
知ってるかい?
今回はラトスルートだぜ!
ラトスは部屋に戻ると即座に扉に鍵を掛ける。しっかりと施錠されているのを確認してから、ラトスは上着を脱ぎ捨て、シャツを着たまま胸元に巻かれている『サラシ』を下へとずらした。
──ボンッと。
音を立てそうな勢いでラトスの胸元が膨れあがった。
それまで抑え込まれていた『胸』が解放されたのだ。
胸部をずっと締め付けていた存在が無くなり、ラトスはようやく一息を付くことが出来た。
「ただでさえ今でも十分すぎるくらいにキツいのに……また大きくなってきた気がする」
ラトスはシャツのボタンを少しだけ外し、その隙間から豊かな双丘に視線を落として嘆息した。
──ラトス・ガノアルクが女性である事実を知るのは、ジーニアス魔法学校の中では学校長だけだ。
ゆえに普段は男子学生の制服を纏い、豊かすぎる胸元はサラシで締め付けて平坦になるように誤魔化している。だがそれとは裏腹に、日を追うごとに己の躯が女性的に成長していくことが彼女の目下の悩みだ。
おかげで男装するのも一苦労。現に、彼女は常にサラシで胸元を締め付けられる窮屈さに苛まれている。特別に体力があるわけでないのに呼吸が阻害されてはすぐに息も切れてしまう。しかも大きく息を吸い込むことも出来ないので呼吸を整える余裕すら無い。
この学校に体術系統の授業が無いのが救いだ。そうでなければ運動服に着替えることでさえ一苦労であるし、激しく動く最中にサラシがずれる恐れとハンデを背負った体力のままであれば授業に臨むことすら危ぶまれる。確実に成績を落としていただろう。
「でもま、自分で決めたことだし今更なんだけどね」
ラトスはズボンやワイシャツを着たままベッドに寝転がる。
ジーニアスに入学してから、自室にいるときだけが、ありのままの自分でいられる時間だった。
──ラトスの実家『ガノアルク』は水属性魔法使いの家系。文官としても武官としても優秀な人材を何人も輩出してきている。水属性の魔法使いとして、貴族の世界ではちょっと名の知れた血脈だ。
とはいえ、武官としては国内最高峰と称されるアルファイア家には劣ってしまう。
ラトスと同学年であり、ノーブルクラスに所属しているカディナ・アルファイア。彼女の父親は国軍の将として勇名を馳せていた過去を持ち、兄に至っては現役の魔法騎士団団長。家名が劣っていることは事実である、その事に悔しさを感じるのは当然のことと言えた。
それはともかくとして、だ。
「ようやく、ノーブルクラス入りが目に見えてきたよ」
全体から見れば、ジーニアス魔法学校での生活は序盤も良いところ。だが、ラトスにとってはこの二ヶ月ほどは人生で一番長い二ヶ月にも感じられた。
元々、ラトスはノーブルクラス入りを目指していた。実際の所、本来の実力を発揮できていれば間違いなくノーブルクラス在籍の座を勝ち取っていたに違いない。
入学試験を終えた少し後に返ってきた筆記試験の成績は、ノーブルクラス入りに十分すぎる結果を残していた。
だが──実技試験で致命的な失態を犯した。
試験の内容は魔法学校教師との模擬戦だ。望まれているのは勝利では無く、その時点でどれほど魔法使いとしての実力を有しているかの評価。
もちろん、ラトスも万全の態勢で挑んだ。健康管理も怠らず、魔法を扱う調子も悪くない。若干肩に力が入っていたのは否定できないが、それはある意味ほどよい緊張感を得ていたと言える。
実際の所、試験が開始された序盤は良かった。魔力制御に誤りは無く、存分に魔法を使うことが出来た。
ところが、試験の中盤になって、予想外の事態が発生した。
なんと、途中で胸に巻いていたサラシが千切れてしまったのだ。気合いを入れるために、いつも以上にサラシをキツく巻いていたのが原因だ。
下手に動き回ればサラシが緩んで胸の膨らみが服を押し上げてしまう。それだけは絶対に避けなければならなかった。
結局、サラシが千切れた事による動揺と身動きが取れない事によって教師が放った魔法が被弾して試験は終了。成績は散々な結果になってしまった。
もちろん、ノーブルクラス入りは逃した。幸いなのは、実技試験の失態を筆記試験がカバーし、魔法学校への合格は無事に果たした事だ。
そこから先は、今現在のラトスにとってはまさに消し去りたい『黒歴史』とも呼ぶべき荒んだ日常が始まった。
一般クラスに在籍することとなったラトスは、入学試験でのミスを引きずったまま鬱屈した日々を過ごす。そこに、ガノアルク家の『嫡男』であるラトスに取り入ろうとする生徒が集まりだした。
本来であるなら権力を笠に着て『手下』を引き連れるなどラトスからしてみれば考えられない。だが、苛立ちを抱えたラトスは、すり寄ってくる者達のおべっかが慰めにも感じられてしまった。
そして気が付けば、取り巻きを引き連れるようになっていた。
「うぅぅぅ……何であんなことしてたんだろう。ただの馬鹿息子じゃん、僕」
当時の様子を思い出したラトスは、恥ずかしさのあまりに顔を真っ赤にし、ベッドの上で頭を抱えて悶える。権力を笠に着て徒党を組むなど、『小物臭』が凄まじすぎて穴があったら入ってしまいたい心境だ。
そんな鬱屈した日々を過ごしていたのだから、当然勉学にも身が入らなかった。教師に文句を言われるほどではなかったが、決して良い生徒とも呼べなかった。
だが、そんなラトスを文字通りたたき直したのが、入学式での宣言で一年生の間で早々に有名になっていたリース・ローヴィスだった。
なろうラジオの出演は一月二十七日です!
これを機に少しでもナカノムラの作品を多くの人に知ってもらえたらと思っています。
みんな、見てね!!




