第七十一話 燃え上がります──場外のお話
大変長らくにお待たせいたしました。
久々の更新でございます。
いつの間にか、観客席からは割れんばかりの拍手や歓声が届いていた。俺に対する賞賛の他にも、ミュリエルの健闘を称える声もちらほらと聞こえてきた。
ミュリエルが担架で場外へと運び出されるのを眺めてから、俺は超化で取り込んだ魔力を排出。剛腕手甲と銀輝翼も解除され、銀色の粒子となりやがて空気中の外素と混ざり合って消滅する。
「ふぅぅ──」
俺は無意識に深く呼吸をしていた。
「……どうやら、超化って奴は無代償で使えるわけじゃぁなさそうだ」
「──ッ」
咄嗟に目を向けると、先ほど闘いの決着を告げたゼストがこちらに歩み寄ってくる。
顔は相変わらずやる気の欠片も無い笑みを浮かべていたが、その目は俺を見透かすような鋭さを秘めていた。
この先生も、ミュリエルと同じ魔法の研究家だったな。
「なかなかに興味深いもんを見させてもらった。こいつぁまた徹夜だな。全くなんてことしてくれたんだ。俺の睡眠時間がどんどん削れていくじゃねぇか」
「褒めてんのか文句言ってんのか、どっちかにして欲しいんですがね、先生」
これで結局徹夜して寝不足になっても、授業はちゃんと行ってくれるので生徒からしてみれば何ら文句は無いけど。
「にしても大したもんだな。まさかあの学校長のお弟子さんを相手に勝利してみせるとはな。」
ゼストは興味深そうに頷きながら顎に手を当てる──ってちょっと待て。
「……誰が誰のお弟子さん?」
「ああそうか。お前は知らなかったか」
──ゼストの口から聞かされ、俺はこの時初めてミュリエルが学校長の弟子である事実を知らされた。
「……マジかよ、全然聞いてぇねぞ、そんなの」
「まぁ、一部の教師を除けばほとんど知られてないからな。でなけりゃぁ、いくら優秀でもあれだけ授業をサボってりゃぁ生活指導室の常連になってる」
ミュリエルが前に『師匠はこの学校の教師』とは口にしていたが、その教師の頂点に位置する人物とはさすがに考えもしなかった。
「箝口令を敷いているわけじゃ無いがあまり他言はしてくれるなよ」
「分かってますよ。俺も似たようなもんですから」
俺も人のことは言えないが、あの歳であそこまで魔法使いとしての腕前を持っているとすれば、相当に優秀な師匠が付いていないありえない。教育機関の長なら驚きつつも納得もできた。 まさに最強の人伝手だな。
「……強かったね、どちらも」
「……ええ、予想を遙かに超えて」
拍手や大歓声が周囲で巻き起こっている中、ラトスとカディナは真剣な眼差しを壇上に立つリースと担架で運ばれているミュリエルに向けていた。
魔力の瞬間回復能力。
超化。
爆炎魔法。
リースのみならず、ミュリエルの実力は両者の予想を遙かに超えるものであった。
「でも、逆にやる気が出てきたよ」
「私もです。同い年のあの人たちに出来て、私たちに出来ないはずが無い」
ラトスとカディナの胸中には、驚きと共に熱が宿っていた。それはまさに、ミュリエルがリースと闘っているときに抱いた熱と同質のものであった。
そんな二人の傍で、アルフィは不敵な笑みを浮かべていた。
膝の上で組んだ両手には強い力がこもっている。
「そうだ、それでこそ越え甲斐がある」
これまで、超化に至ったリースにアルフィは負け越している。
より正しく言えば、超化を習得した後のリースに勝利したことは何度かある。
だが、その数少ない勝利は、超化の弱点を突いたものであり、いわば小細工の類い。そんなもの彼にとっては無価値だ。
アルフィが求めるのは正真正銘の勝利。正面からリースを越えなければ意味が無いのだ。
転生者としての知識と授かった破格の才能を以てして、なおもその先を行く無属性の幼馴染みに、アルフィは強い闘志を燃やすのであった。
一方、解説席では──
「ディアスよ。中々に面白いもの見せて貰った。礼を言う。そしてよくぞあれほどまで、己の弟子を育て上げたものだ」
「……大賢者に褒めて頂けたと聞けば、あの子も喜びましょう」
大賢者の褒め言葉に、学校長は意識を失い担架で場外へと運ばれていく教え子に誇らしげな笑みを向けた。敗北を喫したが、他ならぬ大賢者が認めたのだ。これが嬉しくないわけが無い。
「驚いたのは、あの歳にして徹底的に省かれた投影の無駄じゃ」
ミュリエルが此度の決闘で投影した魔法は、ミュリエルが本来内包している魔力では到底賄いきれるものでは無かった。ミュリエルの内包魔力は確かに優れているが、それでもまだ足りない。それこそ、アルフィ並みに莫大な量の魔力が必要なほどであった。
それを可能とするのが、ミュリエルの研究者としての面だ。
彼女は己が扱う魔法を徹底的に研究し解き明かし、その現象を『科学的』に理解しているのだ。
「ゆえに、魔法を投影する際に余計な部分が省かれ、より鮮麗された魔法陣が出来上がるというわけじゃ。ま、そうでなければ途中で『息切れ』しておるからな」
投影される魔法陣から無駄が省かれれば当然、それを形作っている魔力も減少する。行っていることは別であるが、結果だけを見ればリースの六角形防壁と同じく魔力の消費量が減少し、その分多くの魔法を投影することができるのだ。
「あの者は魔法を『神秘』としてではなく『現象』として捉えておるようじゃの。実にぬしの弟子らしい育ち方だ」
「元々、研究職の方向に強い適性がある子でしたからね」
学校長がミュリエルを弟子にした理由は、二属性持ちであるのと同時に、魔法への捉え方が己と非常に良く似ていたからだ。
「私も驚きましたよ。まさかリース君があれほどまでの実力を有していただなんて」
これまでの決闘の様子から、リースが今まで本気を出していないこと──何かしらの奥の手を持っているのは察していた。
だが、リースの『奥の手』は学校長の想像を遙かに超えるものであった。
『魔力を回復できる魔法』など、学校長どころか誰にも想像できるはずが無い。
「今確信しましたよ、老師の言葉に、嘘偽りが無かったと」
──リースはいずれ、儂に比肩しうる英傑に成長するだろう──。
大賢者がリースに持たせ、学校長の手に渡った一通の手紙。いかに尊敬する老師の言葉とはいえ、半信半疑であった。
だが、それは間違いであった。
「リース君は間違いなく、魔法の歴史に名を残す存在になる。それこそ、あなたと同じく」
「まだ儂には到底及ばぬ、未熟者ではあるが──」
弟子を褒められて満更ではないようで。
「他ならぬこの大賢者の弟子なのじゃ。最低でも大賢者を受け継ぐまでにはなって貰わんと困る」
はっはっは、と大賢者は楽しげに笑った。
前話(一ヶ月近く前ですが)の感想で
『ミュリエルの魔力多すぎじゃね? 普通あんだけぶっぱしたらガス欠起こすだろ』という感想がありました。
今回の話でそれに対する答えが出ています。
ミュリエル自身もかなりの魔力を有していますが、それに加えて『無駄を省いた効率の良い魔法の運用』を行なっているのであれだけの手数が出せたわけです。
ただ、大規模で高威力の魔法を際限なく使えるほどに万能な手法ではありませんのでそのあたりはご理解ください。
さて、ツイッターや活動報告を見てくれている方はすでにご存知かとは思いますが。
本作『アブソリュート・ストライク』は書籍化を予定しておりましたが、諸事情により残念ながら中止となってしまいました。
非常に残念な限りです。
ですが、『アブソリュート・ストライク』の連載は今後も続けていく予定です。
もしかしたら、本作を拾ってくれる出版社が新たに現れる可能性もあります。
ですので、これからも『アブソリュート・ストライク』をお楽しみいただければと思っております。
以上、ナカノムラでした。




