第六十九話 狙いは一つ──最初からかわりません
二夜連続投稿。本日が一本目。
今回は短い分、明日は少し長めになる予定です
それと、あとがきに注目。
ミュリエルは即座に理解した。
策を弄している時間は無い。仮に手段を練ったとしても、対処療法の域を越えないのは確実だった。
(だったら、もう細々とした策は練らない!)
無駄に思考を重ねるくらいなら、一つのことだけに集中する。
リースの超化を攻略する手段は、一つしか思いつかなかった。
ならば、それに辿り着くために全力を注ぐまでだ。
──頭の片隅に残った冷静な部分が、現状に疑問を抱いていた。
リースに決闘を挑んだのは、己の立てた理論を証明するため。そして後付けではあるが、この決闘を観戦している大賢者に、学校長の弟子として恥じぬ実力を見せるためだ。
現時点で、リースの魔力回復能力。六角形防壁の突破という二点は証明済みだ。大賢者に実力を示せたかどうかは不明だが、できる限りは表明して見せたに違いない。
つまり、彼女の当初の目的は、ほぼ達せられたと言っても良い。
研究者肌のミュリエルにとって、闘いとは理論を証明するための場に過ぎない。相手の魔法を解き明かしてその攻略法を実証したり、あるいは新たな魔法の威力や効果を実践する手段の一つであった。
闘いを研究の手段として見ているミュリエルを、学校長は咎めなかった。むしろ、昨今では魔法戦に対して力を注いでいる魔法使いの社会において、ミュリエルは純粋に魔法使いとしての素質を持っていると捉えていた。
ゆえに……リースが超化を使い、己の策を完全に上回った時点で敗北を認めてしまっても何ら問題は無かった。
唯一、大賢者の直弟子に勝利し、自身を育てた師の力を証明しようとしたが、それは難しいと言わざるを得ないくなったが、勝利に拘りを持つほどミュリエルは闘いに対して熱意を持ち合わせていなかった。
──本来であるのならば、だ。
不慣れな痛みに耐えながらも、ミュリエル自身も計りかねる衝動が躯を突き動かし、思考を加速させる。
両手をかざし、ミュリエルは素早く魔法を投影する。
「徹甲弾・連射!」
高速で魔法を連続投影。これまでで最も効果を発揮した魔法を、連続投影して発射する。連続での投影は単発で発射するよりも一発当たりの魔力消費が激しくなるが、魔力を出し惜しみをしている余裕は無い。
魔力がガリガリと削り取られていくように体内から消費されていく。急激な魔力の枯渇で目眩が押し寄せるが、歯を食いしばって耐える。
巻き起こった煙幕が晴れると、奥から要塞防壁を展開した無傷のリースが姿を現す。半ば予想していたことではあるが、徹甲弾はもはや有効打になり得ない。
要塞防壁を解除し、剛腕手甲の右腕を振りかぶったリースが、背中の翼を起爆しミュリエルに肉薄する。
「爆裂!!」
奥の手であった爆発による自爆紛いの移動法。緊急の回避手段であるはずだが、そんな甘いことを言っている余裕はない。なぜならリースの攻撃の一発一発が、ミュリエルにとって致命的。これを緊急と呼ばずして何と呼ぶ。
──どうして、ここまで必死になって闘っているのだろうか
新たに魔法を投影する己に、冷静な自分が疑問を抱く。
ふと、こちらを見据えるリースの顔に目が行く。
剛腕手甲を構える彼の表情は、新しい玩具を前にした子どものような笑顔であった。
彼の顔を見たミュリエルもまた、自然と笑みを浮かべていた。新しい魔法を前にしたときに浮かべるような笑顔だ。
そうか、と。魔法を解き放ちながらミュリエルは己の笑みに納得した。
リースは、この闘いを心底楽しんでいる。ミュリエルが次にどんな魔法を使ってくるのか、どんな手段を用いてくるかを心待ちにしている。そしてそれら乗り越えることに喜びを感じている。
ミュリエルもそうだ。リースが自分の予想を超える魔法を使うこと。そしてそれを読み切りながらも更にそれを上回る何かをするのを心待ちにしている。
何より、リースと闘うことが楽しくて仕方が無い。
リースの純粋な〝熱〟がミュリエルへと伝播し、彼女が今まで感じたことの無い気持ちも呼び覚ましていた。
そして、楽しいと感じるからこそミュリエルは強く思う。
これまで勝負事には全く興味は無かったミュリエルが、初めて抱いた願望。
──〝勝ちたい〟という気持ち。
それ故に、歯を食いしばっている。
それ故に、痛みに耐えている。
全ては、リースに勝利するためだ。
──何度目かの攻防で既にミュリエルの体力は限界に近く、魔力も底を付くのも時間の問題。長々と戦闘を引き延ばしていてもじり貧なのは誰の目にも明らかであった。
だが、ミュリエルは何も考えずに時間を稼いでいたわけでは無かった。リースの超化を目の当たりにし、その仕組みを理解した時点で策は始まっていた。
なにも複雑な段階を踏む必要は無い。むしろ、この決闘が始まった当初から狙い目変わらなかった。




