第六十八話 お互いに全力で行きます──素晴らしいようです
「まさか魔力砲が元々は攻撃魔法では無く、魔力を補充するための魔法だったなんてね。考えもしなかったわ」
さすがはミュリエル。早くもこの『超化』の仕組みを理解していた。
俺の内包魔力は一般人並みに低い。魔法使いとして闘うには致命的な欠点だ。六角形式防壁を利用したところで多少はマシになった程度。反射を使用すれば即座に魔力切れを起こす。普段は瞬間回復で誤魔化しているが、いざというときの魔力切れは致命的となる。
そこで、一時的にでも良いから内包魔力の上限値を高める方法を模索したのが始まりだ。
「下手したら、魔力が解放される衝撃で、躰の内側から自滅してるわよ?」
「実際、思いついた時点で試したら、エラい目にあったからな」
最初は防壁を箱状に投影し、その中にありったけの外素魔力を詰め込んで体内に取り込んだのだが、急激に増加した内素に耐えきれず躯全体に激痛が生じて身動きが取れなくなった。
婆さんが席を外している間に、ふと思いついた事を好奇心任せに行ったのがマズかった。戻ってきた婆さんは床に倒れて痙攣している俺を発見して大慌て。過剰に取り込んだ魔力をどうにか排出し、痛みが引いた後には婆さんの大激怒である。
ともあれ、先走った行動であったが、肉体が至っていなかっただけで理論は間違っていないと大賢者のお墨付きがついた。
更に大賢者は集まった魔力が解放された拍子に生じる衝撃に目を付けた。結果、超化の派生で誕生したのが魔力砲と加速。超化を用いない通常時に使える魔法だ。
「あなたのその異様なタフネスぶりも理解できたわ。鍛えているのは表面的な部分だけじゃ無い。内臓器官もとことん鍛え抜いているのね」
「ご明察」
単純に筋力だけを鍛えても超化で取り込む魔力には耐えきれない。何せ体内に取り込むのだから、躯を内側から鍛えなければならなかった。
幸い、黄泉の森には凶悪でありつつも非常に滋養が高い魔獣がうようよいた。鍛錬と称して魔獣を狩り、それが良くその日の晩ご飯になったりしていた。
大賢者の課した特別鍛錬のおかげで、俺の躯は内外共に強靱となり、超化の反動に耐えきれる程までに至った。
そして、超化を至った俺を止められる者は、この場にはいない。
俺は右腕を──『剛腕手甲』を構えた。
超化を経て、俺の体内には潤沢な魔力が内包されている。アルフィには届かずとも、あと一歩で届くほどの超魔力だ。
それを惜しみなく注ぎ込み強固な防壁を多重に展開。通常時は腕を覆う打撃武器として。有事の際には分離し堅牢な防壁として機能する。
まさに攻防一体の魔法だ。
ミュリエルは咄嗟に爆炎魔法を投影しようとしたが、険しい表情を浮かべて取りやめる。
剛腕手甲の防御形態──『要塞防壁』は六角形防壁と違って六角形構造を用いない純粋な防壁で構成されている。
つまり、六角形防壁の弱点である〝局部への攻撃集中〟による一点突破はもう通用しない。
俺は獰猛な笑みを浮かべて吠える。
「さぁ、もういっちょいくぜ! 『飛天加速』!!」
背中の銀翼が砕けると、魔力が噴出し俺の躯が瞬時に加速する。
この翼の内部には加速に使用する量の魔力が常時圧縮されており、破壊されると圧縮魔力が解放され衝撃で俺の躯を弾き飛ばす。
使用する都度に反射の力場を展開する必要が無く、発動するまでの時間差が無い、まさに加速の上位互換とも言える魔法だ。
──もう一つ、この飛天加速には加速には無い利点がある。
「地震波!!」
ミュリエルは咄嗟に地属性魔法で己の躯を動かし、飛天加速の直線上から逃れる。俺の躯が彼女の側を通過を通過するとその背後を狙おうとするが──。
「飛天加速・第二撃!!」
俺は躯をミュリエルへ向けて反転させると、背中の銀翼──その二枚目を破壊。またも銀色を纏う魔力が背中から放出され、俺の躯がミュリエルへと疾駆する。
超化を使った俺は、魔力を圧縮した銀翼を常時三枚展開している。飛天加速はこれを破壊するだけで発動することが出来る。
つまり、新たに反射を投影すること無く、連続で飛天加速を使用することが出来るのだ。
「──ッ!? 大地──いえ、爆裂!!」
防御を選択しようとしたミュリエルは、あろう事か攻撃魔法を選択。強襲する俺の拳が到達する寸前に、自らの至近距離で爆炎魔法を投影した。
俺自身にダメージは無かったものの、爆裂の衝撃でミュリエルの躯が吹き飛ばされた。
結果、俺の拳は空を切る。
地面に着地し、新たな銀翼を背中に生やしながら、俺は地面に倒れたミュリエルを見る。彼女は己の爆炎魔法でダメージを受けながらも、どうにか立ち上がっていた。
一見すればただの自爆にも思える行為だろうが──。
「マジかよ! 咄嗟に思いつくか普通!?」
剛腕手甲の直撃を受ければ一撃で敗北すると判断したミュリエルは、ダメージを覚悟の上で己の躯を爆裂で吹き飛ばしたのだ。
「こ、これでも接近戦に弱い自覚はあるの。緊急時の対処法くらい考えているわよ」
確かに、戦闘不能は回避できたかも知れないが、かといってミュリエルも無事では済んでいない。現時点で息も絶え絶えだ。 だが、その目はギラギラと輝いている。
ミュリエルは痛みに顔を歪めながら、それでも愉悦に笑みを浮かべていた。
「この状況で笑うかよ」
状況の優位も覆され、爆裂で受けた激痛に苛まれ、それでも彼女は笑っている。俺は呆れると同時に尊敬の念すら抱いた。
闘いの初めから変わらないそれは、ミュリエルの根源。
──未知なる魔法への好奇心。
「素晴らしい……本当に素晴らしいわ!! 魔法使いの常識では役立たずとされていた無属性魔法を! 防御魔法を!! ここまで昇華させるなんて!! あなたに決闘を挑んだのは間違いでは無かった!」
興奮したミュリエルは、一気に魔法を投影した。
描かれた魔法陣からミュリエルの熱意が伝わってくるようだ。
「『大爆裂』!!」
「要塞防壁!!」
右腕の銀装甲を展開して防壁を構成し、投影された魔法を防ぐ。要塞防壁を破壊するには至らずとも、これまでで一番強烈な圧力を衝撃を受け止めた。
「もう細かい細工は通用しないでしょうね。だからここからは出し惜しみはしない。正真正銘の全力でいかせてもらうわ!」
「中々に嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか」
爆炎を操る魔法使いの言葉に、俺の心が更なる熱を帯びた。拳を固め、彼女に負けないくらいの熱意を叫んだ。
「いいぜ、ミュリエル。全身全霊で掛かってこい!!」