第六十五話 感心してます──心配はしてません
本日から三日連続更新。
今日はその第一弾です。
観客の熱狂は最高潮に達していた。
ミュリエルが投影する魔法を前にして、リースは逃げ惑うばかりで反撃に転ずることができない。迂闊にミュリエルの懐へ飛び込めば、先ほどの二の舞に陥るからだ。
(まさか複合属性をあそこまで自在に扱える奴がいるなんてな。俺だって複合属性の扱いには苦労してるってのに)
時折巻き起こる爆炎を目に、アルフィは本気で驚いていた。
地球からの転生者であるアルフィは、〝属性の合成〟という可能性には直ぐに辿り着いた。だが、考えついたからといって自在に操れるかどうかは別問題だ。
異なる属性の魔法を同時に投影した上で融合させるのは、四属性を同時に操れるアルフィであっても困難であった。少なくとも、現時点でのアルフィではミュリエルほど自在に操れる段階には到達していなかった。
とは言うが、ミュリエルは生まれ持った二属性に加えて複合属性と、合計三属性の魔法を操れるのに対して、アルフィは通常の四属性を同時に投影できる。どちらが優れているかはまた別問題だ。
だとしても、魔法を操る技量は、アルフィの目から見ても見事としか言い様がなかった。
地属性魔法で地形を操って揺さぶり。
火属性魔法でリースの動きを牽制。
ここぞというときには爆炎魔法でダメージを与える
目を引くのは魔法の熟練度だけでは無い。
記録の魔法具でリースのこれまでの闘いを反復し、分析してきたのだろう。作戦の立てようもある。だが、作戦が立てられたからといってそれを実行できるかはまた話が別だ。
リースが魔法を使うタイミング、動く方向、呼吸の合間。それらを読み切り、都度に最適な魔法を選択している観察力と判断力。そして、判断した行動を躊躇無く行える決断力。
実力は間違いなくノーブルクラス。それも最上位に匹敵するだろう。
だがそれでも──。
「ちょっとライトハート! どうして君はそんなに落ち着いていられるの! もしかしたらローヴィスが負けちゃうかも知れないんだよ!?」
冷静に闘いの動向を見守っているアルフィとは対照的に、ラトスは大いに慌てていた。
リースが爆炎に煽られるダメージを負う都度に「あぅ……」と悲鳴ともうめきとも付かない声を漏らしている。無意識の行為ではあったが、それだけにラトスの焦りが窺えた。
「……なんでお前がそんなに焦るんだ。リースを倒すのは自分だって意気込んでいたんじゃないのか?」
「そ、それはほら……じ、自分の手で倒さなきゃ意味が無いだろ! ミュリエルに負けたら、僕が倒す意義が薄れる!」
アルフィの冷静なツッコミに対して、ラトスは筋が通る言葉を返した。あまりの動揺具合にいまいち信憑性が感じられないのが悲しいところだが、アルフィは深くは触れなかった。
実のところ、ラトスも己がどうしてここまで動揺しているかを判断しかねていた。口にした内容も、間違ってはいない。本心の一部だ。
だが、それよりも強く思うのだ。
──リースは、誰にも負けて欲しくないと。
「……けれども、それはあなたも同じではないのですか」
あわあわしているラトスほどでは無いが、カディナの表情にも焦燥が浮かんでいた。彼女もラトスと同じく、リースの打倒を目指している。心情的には同じであろう。
彼女の場合、入学するまでは周囲に敵う相手がいなかった状況から一転し立て続けに己と同等かそれ以上の同世代が出現したのだ。複雑な心境を抱くのは当然。何より、ミュリエルの豹変もそうだが、普段の姿からは想像も出来ないほど巧みに魔法を操る姿に驚かないはずが無い。
そして、似たような心境をアルフィも似たような心境であると考えていた。
「あなたと彼は長年のライバルであるはずです。そんな彼が自分以外の誰かに負けることを許容できるのですか?」
カディナは、以前に朝食の席で見せたアルフィの威圧を思い出した。リースに負け越していることを誰よりも悔しく感じているのは、他ならぬ彼のはずだ。
二人の言葉を受け止めたアルフィは、肩を竦めた。
「アレはあの馬鹿の悪い癖が出てるだけだ」
「……そういえば、前にも同じ事を言っていたね」
ラトスが指しているのは、リースがバルサと決闘をしたときの事だ。開始する直前にアルフィが『変な癖が足を引っ張らなければな』と口にしていた。
「それが、バルサ・アモスとの決闘では無く、今回の場面に出てきてしまっていると?」
カディナの言葉に頷くアルフィ。
「だいたい、俺に勝ち越してる奴があの程度で負けるとか、おまえら本気で思ってんのか?」
壇上ではミュリエルの攻撃を回避し、一向に反撃に出られず逃げ惑うリース。だが、それを眺めるアルフィはやはり、焦りの表情が浮かんでこない。
この会場の中でほとんどの者がリースの敗北を確信していた。
その中で一人だけ、アルフィだけはリースの勝利を確信していた。
「……一つだけ忠告しておくぞ、ラトス」
「へ、僕?」
唐突に名指しされ、ラトスがたじろぐ。
「これから起こることは、お前にとっては非常に業腹ものだ。ある程度は覚悟しておけ」
要領を得ないラトスは首を傾げるが、アルフィは付け足す。
「もっとも、それはお前だけじゃ無く、これまであいつと闘ってきた生徒全員にも言えるけどな」
この距離からでも、アルフィの目にはしっかりと映っていた。
──リースの右手の中に集まる銀の光りを。