第六十四話 理想的です──体型の話では無い
大賢者と学校長、そして観客の生徒たちが見守る中、壇上のリースはどうにか立ち上がる。爆風と地面に叩き付けられたダメージは低くないようで、その動きは鈍い。
「驚いたわ。中級魔法とは言え、徹甲弾の直撃を受けたのにまだ立ち上がれるのね。今の一撃で倒しきるつもりだったのに」
「や、柔な鍛え方は……してねぇからな」
本気で感心するミュリエルに、リースは絶え絶えに言った。意識は明瞭だったが、それだけに体中から発せられる痛みを感じられ、表情が歪んでいる。それでも二本の足でしっかりと立っていられるのは、普段から勤勉に己を鍛えてきた成果だった。
「こっちも驚いたぜ。爆炎魔法──複合属性を使えるのは予想外すぎた」
「そちらも知っていたの──って、当然よね。あなたの幼馴染みは四属性持ちだもの。複合属性を扱えても不思議では無いか。それに大賢者なら知ってて当然よね」
複合属性の存在こそリースは知っていたが、それは魔法使いとしての経験を長く積み重ね、練達した者のみがたどり着ける領域。まさか十代半ばのミュリエルが扱えるなど考えもしなかった。
「もしかしたらと思ってたが、まさか本当に防壁の弱点まで見破られていたとはな」
「あら、自覚はあったのね」
「優秀な師匠がいてくれたおかげでな」
己の防壁が、貫通力の強い魔法に弱いことをリースは既に知っていた。悔しいことに、現時点で具体的な改善案が見つからない目下の懸念でもあった。
「参考までに教えてくれや。どうして気が付いたんだ?」
「ありとあらゆる手段を試しただけよ。研究者にとって、地道な作業というのは慣れたもの」
切っ掛けがあったわけでも閃きがあったわけでもない。
六角形防壁を模した大地隆起を使い、それに最も効果的な魔法を模索し百にも及ぶ|試行錯誤(トライ&エラー)を重ねただけであった。
そして、気の遠くなるような実験回数の上でリースの防壁が貫通性のある攻撃に弱い可能性に辿り着き、次はその証明のために手を打った。
「あなたも不思議に思ったんじゃ無い? バルサ・アモスとの決闘で、彼が最後に『大地戦槍・螺旋』を使ったことを」
ミュリエルの言葉は正しかった。
大地戦槍・螺旋は威力と貫通力だけを重視した魔法であり、使い勝手は劣悪だ。それをあの局面で強引に使用したのは、本来なら悪手であった。
だが、あの瞬間にリースは紛れもなく冷や汗を掻いた。
──何故なら、大地戦槍・螺旋はリースが直前に投影した防壁を貫きかけていたのだ。
咄嗟に魔力砲で吹き飛ばしたものの、判断が遅れていれば防壁ごと大地戦槍・螺旋に貫かれていただろう。
「──っ、アレはおまえの仕込みだったのかよ!」
バルサが初見の加速に対応できたのも、ミュリエルが彼に入れ知恵をしたからだ。
ここに来て、リースは己が油断していたことを自覚した。
以前にミュリエルが、自身が二属性持ちである事を明かした。その時に、火属性と地属性の魔法を同時に投影して見せたのだが。
「……俺の前で二属性を見せたのは」
「ええ。あなたの前で自分から見せつけることで、私が二属性を同時に操れることを強く認識させた。三つ目の属性があることを悟らせないために」
あえて自らの手の内を明かすことによって相手の警戒心を意図する方向に誘導する。二つの属性を同時に操ることを強調し、三つ目の属性を持つ可能性をリースの頭から消していたのだ。
彼女の闘いは決闘を挑むもっと前からすでに始まっていたのだ。
──ミュリエル・ウッドロウは天才だった。
それは魔法に限った話では無い。
一つの事柄を追求するための根気。
相手を出し抜き策を弄する知謀。
そして、二属性の魔法を制御し複合属性まで操る能力を兼ね揃えた、まさに魔法使いとしての理想的な土台だ。
「さて、おしゃべりはこのくらいにしておこうかしら。長々と話してあなたのダメージが抜けるのを待っているのは得策ではないもの」
ミュリエルが、両方の手にそれぞれ火属性、地属性の魔法を投影した。
「そろそろ、決着を付けさせて貰うわ」
二属性の魔法が同時に展開され、リースに襲いかかる。跳躍で回避するが。
「爆裂!」
着地と同時に爆炎魔法が投影されリースに迫る。咄嗟に防壁を使おうとしたリースだったが、即座に跳躍に切り替えた。だが、一瞬の判断の遅れで効果範囲から逃げ切れず、爆発に煽られ肌が焼かれる。
「徹甲弾!!」
防壁を使わなかったのは、続けて投影されるだろう貫通力の優れた魔法が飛んでくると予想していたからだ。爆炎を秘めた礫が飛来するが、リースは身を翻して回避。礫は壇上の端まで飛ぶと壇上を覆う結界に衝突して爆炎を発した。
「そうよね。あなたに徹甲弾の貫通力を防ぐ手立ては無い。なら避けるしか無いわ。でもいつまで逃げられるかしら!」
このままではじり貧だ。六角形防壁では徹甲弾で貫通されるし、かといって手甲で防ごうにも効果範囲が広く、手甲では防ぎきれない。
幸いなのは、徹甲弾の特徴だ。貫通力に秀でた魔法なのだが、威力を発揮するのは着弾した瞬間であり爆発を秘めた礫さえ避けられればダメージは受けない。
しかし、徹甲弾を警戒していては満足に防壁を展開できず避けに徹しなければいけない。そして、跳躍だけでは爆裂の爆破範囲から逃げ切れずにダメージを負ってしまう。
(……こいつは無理だな)
リースはとうとう諦めた。
そして。
「反射・起動」
右手の内側に、魔法を投影した。
次の回でちょっと説明しますが、皆さんからの感想で多かったのでそのコメントに対するお話をここで。
『アルフィが四属性持ちだし複合属性使ってんじゃね?』というコメントがよせられております。
もちろん彼も使えますが、使用頻度はかなり低いです。
細かい理屈はここで説明すると長くなるので割愛します。
少なくとも〝現段階〟の彼では自由自在には操れません。
そして、扱い慣れていない複合属性を多用するくらいなら、他の通常四属性を使った方が早いです。