第六十三話 解説します──合体します
今回は説明な回です
その光景に、誰もが言葉を失った。
爆炎の直撃を受けたリースの躯は文字通り吹き飛ばされ、少しの滞空を経てから地面に叩き付けられた。
そして──。
『な、ななななな何と! 何と何と何とぉぉぉぉぉぉ!? これまで上級魔法すら揺るぎなく防いできたリース選手の防壁が破られたぁぁぁぁぁ!!』
決闘場で起こった爆炎のように、観客席に火が付いたような喧騒が巻き起こった。
これまで数多の魔法を防いできた無敵鉄壁と思われていたリースの防壁が打ち破られたからだ。その反応も当然であろう。
「ほぅ……」
大賢者は吹き飛ばされた弟子の心配よりも、それを成し遂げたミュリエルを見据える。愉快な感情を隠さずにクツクツと笑った。
『で、ですが。ミュリエル選手が投影した魔術はいったい何だったのでしょうか。単なる火属性魔法とは些か毛並みが異なるように見えましたが……』
実況が困惑気味に言った。
それに答えたのは美少女ちゃん──大賢者であった。
『『爆炎』魔法じゃよ』
『ば、爆炎魔法? 火属性魔法では無く?』
『火属性魔法でもあるんじゃがな。まぁ、細かい説明は学校長殿がしてくれるじゃろうて』
「のぅ?」と話を振られた学校長は、小さな笑みを浮かべて続きを請け負った。
『この決闘が始まって直ぐに、私が『彼女が二属性持ちである』と話したのは覚えていますね?』
『そ、それはまぁ』
『基本的に、魔法使いが扱う属性は地風水火の四属性です。ですが、何事にも例外というのはつきもの。異なる属性を二つ持っているからこそ到達できる段階があるのです』
それがすなわち──複合属性。
本来なら困難とされている二属性の同時制御を昇華させることによって開花する、四属性の埒外。
『ミュリエルは火属性と地属性を、どちらに偏らせることも無く双方高めていった。そうして辿り着いたのが双方の属性を融合させた複合属性──爆炎属性の魔法なのです』
火属性は高い威力を持つ魔法が多いが、実体を持たない分守備に回ると強引に突破されやすい。炎壁をリースが加速で突破したのがその例だ。さすがにアレは強引すぎではあったが火属性の分かりやすい欠点を表していた。
そして地属性は実体を持っているだけに魔法そのものの強度は全属性で随一。その上効果範囲も広い。だが、大半の魔法が地面から発生する上に質量を持っていることから動作が遅く、素早い相手には対応されやすい欠点があった。
だが爆炎属性の魔法は、広い効果範囲に強い衝撃波を伴う高威力の撒き散らすのが特徴。火属性の高威力と地属性の圧力を併せ持った超攻撃的な属性だった。
『で、ではリース選手が防壁で強引に間合いを詰めようとしても』
『爆炎魔法の強い衝撃力の前では、さしもの彼でも足を止めざるを得なかったのでしょう』
語りを終えた学校長は、どこか誇らしげであった。
ただ、疑問はまだあった。
『た、確かに爆炎魔法は強力かも知れませんが、リース選手の防壁はミュリエル選手が最初に投影した魔法は見事に防いでいました。しかし……』
『二つ目の魔法がどうしてリース君の防壁を突破できたのか、ですか?』
それは、決闘を見ていた観客のほぼ全員に共通していた疑問だった。
二発目の魔法──徹甲弾は、爆裂に比べて弱めの爆発だった。それでも人を吹き飛ばす威力を秘めていたのだが、だったら一発目の時点で防壁を破壊できたのでは無いか。
『その答えは私よりも彼女にしてもらった方が良いでしょうね』
と、先ほどの意趣返しか、学校長が今度は大賢者に目を向けた。
『では、学校長の希望に添えるかの』
大賢者は少しだけ居住まいを正すと、静かに語り出した。
『ま、言うなればリースの使う六角形防壁の欠点じゃよ』
『あ、あの鉄壁と思われていたリース選手の防壁に欠点があったのですか!?』
そもそもハニカム構造とは、穴の空いた六角形の物体を隙間無く敷き詰めることによって材料を削減、軽量化を減らすことを目的としている、この世界には未だ存在していない地球の技術だ。
『リースは六角形構造という特殊な形状をした防壁を投影することによって、魔力消費の効率化と強度を両立しておる』
この世界には無い知識ではあったが、大賢者はリースのつたない説明を元に、その仕組みを完璧に理解していた。
『その本質は、六角形を敷き詰めることによって、外部から加えられた衝撃を六角の面それぞれに分散し、防壁全体に受け流しておるんじゃよ』
一見すれば頑強そのものの防壁であったが、実はただ防いでいるのでは無く、衝撃を全体に拡散させることによって一点の崩壊を防いでいたのだ。
『それが、リース選手の防壁の弱点とどう繋がりが?』
『説明は最後まで聞けぃ。まったく、若い者はせっかちでいかんのぅ』
『……いや、美少女ちゃんも十分に若い──』
実況のツッコミを華麗にスルーして、大賢者が続ける。
『結論を述べてしまえば、リースの防壁はその構造特性ゆえに、一点突破の貫通力に秀でた魔法には弱いんじゃ』
六角形防壁の強みは敷き詰めた六角形の防壁全てに衝撃を分散し、一点への負荷を減らすことにある。
『逆に、衝撃を拡散させずに極一点に威力を集中してしまえば、今のように突破できるんじゃよ』
これが、昨晩に大賢者が忠告したリースの防壁に存在していた弱点。
『あの……理屈はどうにか分かるのですが、リース選手は炎槍も防いでいました。あの魔法の貫通力はかなり優れているはずなのですが』
『炎槍程度の貫通力では足りんよ。あの収束率で突破するには、上級魔法並みに威力を上げんと無理じゃ。もっとも、上級魔法ともなれば収束して撃ち出すことそのものが非常に困難になるんじゃろうがな』
爆炎属性魔法『徹甲弾』は、見た目は地味ではあるし部類的にも中級。威力も同等だった。だが、その本質は〝着弾した一点に衝撃を集中する〟という点にあった。
『元々は少ない魔力消費で効率よく威力を出すことを目指して開発された魔法じゃ。通常の防壁であれば防げたんじゃろうが、リースを相手に限れば『対六角形防壁魔法』として機能したんじゃ』
区切りを付けた大賢者は長々とした説明に疲れて「ふぅっ」と息を吐きだす。それから学校長にだけ聞こえるよう小さく語りかけた。
「あの娘には、お主が策を授けたのか?」
「私が行ったのは〝答え合わせ〟だけ。ほぼ全て、彼女自身が導き辿り付いた結果ですよ」
「あの若さで独自に辿り着くか。いや、若さゆえに柔軟な発想を持つから辿り着けたのか。どちらにせよ、中々に優秀な娘じゃ」
そう答える学校長の表情は、誇らしげであった。
「随分と嬉しそうじゃなぁ、ディアス」
「これが嬉しくないわけが無い」
学校長は、まるで親に褒められた子どものような顔になる。
「なにせ、あの老師が私の愛弟子を賞賛してくれたのですから」
そう──ミュリエル・ウッドロウが師と仰ぐ人物はジーニアス魔法学校の長であるディアス。ミュリエルは、国内で三本指に入る大魔法使いの弟子であったのだ。
「さて、リース君はどう出ますか? 彼の切り札が『魔力の超回復』だけであるのならば手詰まりですが」
ほとんど無意識ではあろうが、学校長の言葉の中には優越感が混じっていた。師弟の関係では無かったが、尊敬する大賢者の弟子に己の弟子が優位に立っているのだ。無理もないだろう。
だが、大賢者は返答せずにじっと自らの弟子に視線を送る。そこに悪戯っ子のように愉快な色が混じっているのを、学校長はまだ気が付いていなかった。
端的に補足すると
・ミュリエルは爆炎属性を使える
・リースの六角形防壁は貫通力のある魔法に弱い。
今回判明したのはこの2点ですね。
ハニカム構造のお話を物凄くざっくり説明しましたが、「ハニカム構造って穴空いてるから漏れ出すんじゃね?」というツッコミが入りそうですが、実は薄い防壁で挟み込んでるので問題ありません。