第六十二話 大きく息を吸ってぇぇぇ──どかんします
「よくよく考えれば当然よね。無属性──防御魔法は魔力を特定の属性に変異させる事も無く、そのままに扱っている。つまり、どの属性であっても等しく扱える。だったら、特定の魔力を取り込む必要は無い。外素を全て取り込めば良いんだもの。単純に考えて無属性魔法使いの魔力回復量は常人の四倍ってことになるわ」
「凄ぇな。独自でその答えに辿り着いたのは婆さんを除けばおまえが初めてだ、ミュリエル」
変貌した目の前の魔法使いが導き出した答えを、俺は素直に認めた。
無属性の魔法使いである俺は、それが外素であればどんな属性であっても体内に取り込み、内素魔力として自由に扱うことができる。
そして俺は、大賢者の教えの元に鍛錬を重ねたことによって、どれほどに魔力を消費したところで一呼吸さえあれば魔力を全快することができる。
「素直に認めるのね」
「バレるのが早いか遅いかの違いだと思ってたんでね。ただ、まさかこんなに早く看破されるとは思ってなかったが」
アルフィは仲良くなる切っ掛けの大喧嘩から、三年近くは全く気が付かなかったからな。子どもの頃の思考能力では仕方が無いのかも知れないが、入学してから半年も経たずに解明されるのは予想外だった。
「これが世間に知れ渡ってみなさい。無属性に対する見方が覆るわ。防御魔法に関する研究も盛んになってくるでしょうね」
どれほど燃費が悪かろうが、消費する側から速攻で回復していくのだ。無理も無いだろう。
「ただ、惜しむらくはあなたの内包魔力の低さ」
心底残念そうにミュリエルは首を振った。
「せめてあなたが平均的な魔法使いと同じ程度の内包魔力を持っていたら、と思うわ」
「……やっぱり、そこもバレてたか」
先ほどの拡散岩砲。一射目を防壁では無く手甲で防いだのは、あの瞬間では俺の魔力がほぼ底を付いていたからだ。
手甲を解除すれば、新たな防壁を投影する魔力がなく、一呼吸するまで完全に無防備のまま魔法を喰らっていた。だから手甲で最低限の防御を固めて後は我慢するしか無かった。
「私の見立てでは、あの反射を使った空中機動は連続で三回まで。あの超加速の魔法は一度使えば、後は防壁とそれを応用した魔法しか使えない」
ミュリエルはこの決闘が始まってからずっと、俺が跳躍を連続で使用するまでは牽制に徹し、三回使用に達した瞬間に本命の攻撃を仕掛けてきた。
最もそれに関しては、ミュリエルが俺の『特性』を本当に理解しているのかを探るために、あえて付き合っていた面もある。
加速は反射を二つ同時に使用している上に、圧縮するための魔力も必要なために、実質反射三回分を同時に使用する計算だ。
魔法使いは肌呼吸と肺呼吸で外素を取り込み魔力を回復するが、どちらが良いかと言えば断然に後者だ。俺の場合も同じなのだが、逆を言えば大きく呼吸をしなければ魔力の回復は微々たるもの。その間隙を狙われたのが先ほどの拡散岩砲だった。
「まぁ良いさ。バレたらバレたで構わねぇよ。だったら、跳躍も加速も使わずに突っ込めば良いだけの話だ」
俺は右腕に手甲を投影し、左手には常に防壁を展開できる様に構えた。機動力の減少は否めないが、ミュリエルが俺の魔力切れを狙うのならばなるべくその隙が起こる回数を減らすしか無い。
「さぁて、仕切り直しといくか!」
俺は足に力を込めて駆け出す。
ミュリエルは魔力の技量こそ学年ではトップクラスだが体力の面ではそれほどでは無い。地震波での回避も緊急用であろうし、常時使用は難しいだろう。純粋な体術で接近するのは難しくない。
「炎壁!」
ミュリエルが俺の進路を阻もうと炎の壁を展開するが、軽く横に飛んで回避。加速では速度があり過ぎて突っ込むこと形になったが、そう出なければ見てからでも避けられる。
続けて拡散岩砲、炎槍と連続で投影されたが、どちらも防壁で防いだり手甲で打ち払っていく。
彼我の距離は徐々に縮まっていく。
だというのに、ミュリエルの表情には焦りの気配が無い。ただただ笑みを浮かべながら、攻撃魔法を繰り返し投影してくるだけだ。
なにか策があるのか。
──だったら、それごと凌駕するまでだ!
残り数歩で拳が届く距離になり、ミュリエルは両手を眼前にかざし、手のひらをこちらに向けた。
この距離だったら、下手に避けるよりも強引に間合いを詰めた方が早い。素早く決断した俺は防壁を投影した。
だが、彼女の両手から投影された魔法陣を目にした瞬間、俺の驚く。
それは、火属性の魔法陣では無い。
それは、地属性の魔法陣でも無い。
彼女がこの決闘で初めて使用した、第三の属性。
「『爆裂』」
ドゴンッ!!
至近距離で発せられたのは〝爆炎〟。
予想を遙かに超えた衝撃が防壁に叩き付けられ、強引に踏み込もうとしていた足が止まり逆に押し返された。バランスを崩さなかったのは少ない僥倖だった。
彼女の攻撃はまだ終わらなかった。
どうにか転倒するのを踏みとどまった俺だが、そこへミュリエルが新たな魔法を投影する。
「『徹甲弾』!」
本能がミュリエルが投影した魔法に最大限の危険を感じる。だが衝撃から立ち直れない俺は回避できるはずもなく、防壁に全力で魔力を送り込むことしかできなかった。
ミュリエルの投影した魔法陣から放たれたのは、握り拳ほどの菱形をした礫。岩弾と比べれば見た目の限りでは幾分か劣る。
しかし、その菱形の礫が防壁に衝突した瞬間に、俺は自身の本能が感じた危険信号の意味を理解した。
菱形の礫が炸裂し、俺の防壁を貫いたからだ。
ガラスが割れるような音を響かせながら防壁が崩壊。至近距離で巻き起こった爆炎に身を焼かれながら、俺の躯が吹き飛び宙を舞った。
連続更新はここで一旦終わりです。
無属性であるためにリースの魔力回復量は早いのですが、そこへ更に大賢者の元で鍛錬したので一呼吸で全回復できるわけです。他の無属性魔法使いも鍛錬次第では同じようなことをできるようになるでしょ。
一呼吸での完全回復にたどり着くまでは、血反吐を履くことになるでしょうが(笑
『リースの魔力が低いから簡単に回復できるのでは?』との感想もちらほらとありますが、それもあります。ただし、自然の回復に任せていれば数時間では回復せず、最低でも半日近くは掛かるでしょう。