第六十一話 無尽蔵の真実です──適正のなさですね
ようやくリースの秘密が一つ明かされます。
少しだけ時間を遡る。
アルフィが口にした『リースが魔力切れを起こさない』という言葉を聞いて、ラトスは考え込んだ。
「……言われてみればそうだね。ローヴィスは常に全力で魔法を使っていたけれど、一向に魔力枯渇を起こさなかった」
自分とリースが闘ったとき、彼は己の放った魔法をことごとく防ぎ、そうでありながら終始魔力の投影に陰りを見せなかった。
魔力の極端な消費は心身に大きな負担を掛ける。特に投影の精度に与える影響は顕著だ。それを極力減らすのもまた魔法使いの腕の見せ所なのだが、それにしてもリースの動きのキレは最初から最初まで一定だった。もちろん、鋭いという意味でだ。
それに異を唱えたのはカディナだ。
「ですが、リース・ローヴィスは入学当初に授業の一環で行った魔力測定の際に、魔力測定の水晶は彼が高い内包魔力を宿していることを示しました」
アルフィには届かずとも、あの時に見せた水晶の輝き──内包魔力の量は、ノーブルクラスの中でもトップクラス。間違いなくカディナクラスの内包魔力に匹敵していた。
加えるなら、魔力に限らずリースの体力は一年生の中で間違いなく随一。純粋な体力勝負ともなれば、リースに勝てる者は学年内にはいなかった。
二人の言葉を受けて、アルフィは肩を竦めた。
「体力に関してはそうだが、内包魔力に限って言えばリースの保有する量は一般人のそれと同等か劣るほどしか無い」
「で、ですが現に魔力測定の時は……」
「言い方は非常に悪いが、アレは〝ペテン〟だ」
「……まやかしですって？」
眉をひそめるカディナだったが、アルフィは更に続ける。
「言い方が悪いといったろ。ズルをしたわけじゃ無い。ただ、アレが純粋にあいつの魔力では無かったってわけだ」
魔力測定に使用した水晶は最初、ほんの小さな輝きすら発していなかった。だがその直後には強烈な輝きを発しその魔力量に周囲が驚愕した。
「どちらも嘘じゃないのさ──っと、リースの奴滅茶苦茶だな」
そうこうと話している内に、決闘場で闘っているリースが加速を使用。妨害として投影されたミュリエルの炎壁を強引に突破し、彼女に肉薄する。
「またなんて無茶を！？」
「リースじゃなきゃ、今ので敗北してただろうな」
ラトスが悲鳴を上げ、アルフィが冷静にコメントを付ける。
手甲を投影し、加速で急接近してくるリースに対し、ミュリエルは地震波で素早く移動してそれを回避する。
「上手い！」
思わずミュリエルの技量を賞賛するカディナ。単純に地震波を投影すれば、ミュリエルはその場で足を取られて転倒していただろう。それを微細な魔力制御で規模を調整し、緊急回避の手段として昇華したのだ。
目標を失ったリースは加速の勢いのまま場外に飛び出そうになったが、あわやという所で地に足を擦りつけて急ブレーキ。
そこへ、ミュリエルが拡散岩砲で追撃する。
ラトスとカディナは、リースはこれを防壁で防ぐだろうと反射的に考えた。
だが、アルフィは舌打ち混じりに呟いた。
「確実にバレてるな」
厳しい視線を向けた先で、リースは防壁では無く元々腕に投影していた手甲を眼前にかざし、顔への直撃だけを防ぐ。体の至る所に岩の弾丸が直撃し、観客席からでも分かるほど、リースは激痛に表情を歪めた。
だが次にミュリエルが放った拡散岩砲に対しては防壁を展開し全てを防ぐ。
カディナが目を見開いた。
「リース・ローヴィスが……直撃をもらった？」
「なにが起きたんだ？ 今のはローヴィスなら防げないタイミングじゃ無かっただろ……」
戦慄する二人に対して、アルフィは端的に答えを述べた。
すなわち。
「魔力切れだ」
「「え？」」
アルフィの口にした言葉の意味を、直ぐには理解できなかった。
「で、でもローヴィスは次の拡散岩砲はちゃんと防壁で防いだ！ 魔力切れを起こしていたならアレすら防げなかったはずだ！」
いち早く思考の空白から立ち直ったラトスが捲し立てる。
「通常、魔力を枯渇するほど消費した場合、魔力を回復させるのには一晩掛かります。それを僅か一呼吸で回復するなんてあり得ない。考えにくいですが、単純にリース・ローヴィスの投影が間に合わなかったと考えた方がまだ納得できます」
「じゃあ聞くが、どうして魔力を回復するのに一晩もかかるんだ？」
カディナの魔法使いの常識を持ち出した論に対して、アルフィは逆に問いかけた。
「なにを馬鹿な。魔法使いは外気中の魔力──外素を取り込んで内包魔力を回復しますが、外素には様々な属性の魔力が溶け込んでいます。ですから、魔法使いは外素の中から己の適正に則した魔力を取り込まなければなりません」
魔法使いの魔力回復量は、空気中から外素を取り込む能力で左右されるが、ただ単純に取り込めばいいわけではない。カディナであれば風属性の魔力を。ラトスであれば水属性の魔力を外素から取り込まなければいけない。
カディナのあまりに初歩的な解説を聞いて、ラトスはハッとなった。
「…………ちょっと待って、じゃぁローヴィスはどの属性の魔力を体内に吸収してるんだ？」
「それは……？」
即座に答えを述べようとしたカディナだったが、言葉に詰まった。
代わりに答えたのは、全てを知るアルフィだ。
「無属性であるあいつにとって、適した属性は無い。だが逆を言えば、どの属性の魔力であっても等しく扱えるんだ」
リースは特定の属性魔力を取り込む必要は無い。
それが魔力であれば、どんな属性であっても体内に取り込み、内素として扱うことができる。
「『無属性』のリースはどれだけ魔力を消費しても、ほとんど一呼吸で内包魔力を最大まで回復できる。それが、あいつのイカれた『特性』だ」
アルフィが結論を口にしたちょうどその時、ミュリエルが狂笑の声を発した。
「「「……誰、あれ？」」」
三人は揃ってどん引きした。
──重大な事実が発覚したはずなのに、ミュリエルの変貌が全てを持っていった感のある一幕であった。
リースの魔力について、本文でよくわからなかった人のための補足説明。
・リースの内包魔力は魔法使いの水準からして最底辺。
・ただ、無属性であるため、特定の属性魔力を必要としない。
・どんな属性の外素魔力でも吸収し内素に変換できる。
と、現時点ではこのくらいを理解していただけたらいいと思います。
あと、何度も言うけどこの作品は書籍化します。
