第五十八話 序盤から白熱してます──実は違いがあるんです
──少なくとも、これまでリースが行ってきた決闘には一種の様式美があった。
相手に先制攻撃をさせ、それを防壁で防ぐことによって己の魔法が堅牢であるかを知らしめるというもの。
もちろん、今回の決闘も開幕と同時にその一幕が繰り広げられると観客の大半は思っていた。
だが──。
「──反射、投影」
開始早々、一歩を踏み出したリースの背中に二枚の反射力場が投影された。観客の大半が予想外の光景に思考が追いつかない間にも、リースは更に一歩を踏み込む。
「『加速』!!」
反射が勢いよく閉じられ、その間に圧縮された魔力が急激に圧縮される。
ただそれは、気まぐれでの行動では無い。ミュリエルの〝底知れなさ〟を警戒したがゆえの先制攻撃だった。
「いく──」
「……『炎壁』」
「ぞぉぉぉ──ッ!?」
リースの躯が圧縮魔力が炸裂した衝撃で加速しきる直前に、彼の眼前に炎の壁が出現した。ミュリエルが投影した、地面から炎を壁面状に出現させ、相手の行動を妨害する火属性魔法だ。
「あちっ、あちちちちっ、熱っつあぁあぁぁぁ!?」
突如として発生した炎の壁に突っ込み、リースは悲鳴を上げた。熱さのあまりに体勢を崩し、加速のために投影していた反射力場も解除され炎の壁から転がりながら抜け出すこととなった。
加速で最高速に乗っていれば、熱さを感じる前に炎壁を突破し、そのままミュリエルへと肉薄していた。
『おぉぉおっと! 早くも決着がつくかと思われたリース選手の先制攻撃を、ミュリエル選手が見事に防いだぁぁぁ!』
『加速は、発動してから最高速に達するまで僅かに時間差があるからのぉ。あの女子、その辺りをきちんと理解しておる』
『何と、あの魔法にはそんな弱点が!』
『ただ、時間差と言うたがほんの僅かな間じゃよ。起こりを見切らんとまず狙えんな』
人嫌いの世捨て人のくせに、決闘が始まって早々に解説の仕事をきっちりこなす大賢者である。
出鼻を挫かれたリースは熱によるダメージを耐えどうにか立ち上がるが、ミュリエルは彼が完全に立て直す猶予を与えなかった。
「大地戦槍」
リースの足下から地属性の槍が出現。咄嗟に避けるものの、体勢を整える前だったために無理矢理な形での回避。そしてそこへ更なる大地戦槍が襲いかかる。
「跳躍!」
このままでは気勢を握られると判断したリースは反射力場を投影して蹴り飛ばした。増幅し反射した衝撃が彼の躯をその場から吹き飛ばす。
リースは更にもう一度、空中で跳躍を使い、体勢を立て直してから地面に着地。
「炎弾」
着地のタイミングを狙いミュリエルが魔法を展開するが、リースが即座に展開した防壁に衝突して霧散する。
己の攻撃が防がれたというのに、ミュリエルは特に表情を変えなかった。むしろ、防がれるのが当然とばかりに頷いた。
「初手の反撃から一気に流れをこちらに引き込もうとしたけど、そこまで甘くなかったみたい」
言葉はあくまで淡々と。それがむしろ、状況をどこまでも落ち着いて分析できる冷静さの持ち主であると証明しているかのようだ。
今の言葉をそのまま信じれば、リースの先制攻撃はミュリエルにとって想定内の行動だったことになる。
まだ決闘が始まり、僅かな攻防を終えたばかりであったが、リースは認識を改める。
(魔法だけじゃ無い。ミュリエル自身も相当に厄介だな)
炎壁も大地戦槍も、魔法使いが直接投影するのではなく、指定した離れた位置の地面に投影する魔法だ。投影の開始から発動まで、直接投影して発射するタイプの魔法よりも遅れが生じる。リースが加速を使ってから魔法を投影したからでは間に合わなかっただろう。
だが、発動のタイミングを見切ってしまえば話は別だ。
大賢者の説明したとおり、加速には幾つかの段階に分かれている。
反射の力場を二枚。
その後に魔力の圧縮。
そして魔力が解放さた衝撃での超加速。
つまり、最後の段階を経る前に妨害できれば、加速を潰すことができるのだ。
ミュリエルはこれを踏まえ、これまでの決闘でまだ一度も行ったことの無い先手を使うと読み切っていたのだ。
しかし、出鼻を挫かれたリースは意気消沈するどころか、逆に興奮気味に吠えた。
「いいねいいねぇ、そう来なくっちゃなぁ!」
リースは獰猛な笑みを浮かべると、加速はなく跳躍を投影。足下に展開した反射力場を踏み抜き、一足でミュリエルへと急接近した。
加速は超速を得られる代わりに僅かばかりだが時間を要する。けれど跳躍は加速ほど速度は得られない代わりに加速よりも初動が素早い。
更にもう一点、跳躍は加速に勝る長所があった。
「大地隆起」
己に急接近してくるリースに対し、ミュリエルは魔法を投影して迎え撃つ。
「もういっちょ跳躍!」
相対的に急接近する大地の壁に対して、リースは更に魔法を投影。ほぼ直角の角度で上空へと逃れた。
「更に跳躍!」
空中で三度目の投影。野鳥が地上の獲物を狙うよう、リースの躯が一直線にミュリエルへと急降下した。
加速は直線的な速度こそ驚異的だが、それだけ小回りが利きにくい。一方跳躍は、最高速こそ劣るがそれだけ小回りが利き、今のような急激な方向転換──自在な空中機動が可能なのだ。
「手甲!」
「大地戦槍」
リースの振るう防御力場の拳とミュリエルが生み出した大地の槍が激突し、破砕音が決闘場に響き渡る。
大地戦槍は砕けたものの、その衝撃で跳躍で得た勢いを失い、リースは自由落下する。
「炎槍」
そこへミュリエルが追撃を仕掛ける。リースはこれをそのまま手甲で防いだが、足場の無い空中では踏ん張りもきかず炎槍の勢いに押されて弾き飛ばされた。
「ちっ、そう簡単に接近はさせてくれないか」
「当たり前。貴方に近接戦闘を挑むほど私も愚かじゃ無い」
そりゃぁ、これまでの決闘でさんざん接近戦を見せつけてきたからな。警戒されて当然だ。
『……えっと。私の見間違いで無ければ、ミュリエル選手は開始当初から火属性魔法と地属性魔法を使っていませんか?』
『見間違えではありませんよ』
『学校長?』
『彼女は──ミュリエル・ウッドロウは、火属性と地属性の魔法に適性を持った二属性持ちです』
実況の疑問に対して答えた学校長の言葉に、観客席に動揺が広がった。
一年生には四属性持ちであるアルフィという超稀少な魔法使いが存在しているが、それほどでは無いにしろ稀少な二属性持ちの魔法使いが在籍していたのだ。動揺も一押しだった。
ただ、観客の様子など、当の本人たちには関係なかった。
「ただの魔法オタクと思いきや、やるじゃねぇかミュリエル」
「魔法オタクであるのは否定しない。その興味が魔法だけでは無く魔法を使う人間にまで広がっているだけ」
「だったら、もっと興味が湧くようにしてやるよ」
「ん、楽しみ」
申し合わせたように二人は頷き、再び魔力を練り始めた。
──決闘はまだ、始まったばかりだ。
ナカノムラでございます。
最近は更新が滞りがちで申し訳有りません。