第五十七話 開始です!──すぺしゃるげすとの登場
会場は既に熱気に包まれていた。
緊張はしないが、観客の喧騒に当てられていやがうえにモチベーションが上がってくる。
『さぁさぁここで本日の主役! 本年度が開始されてから幾度となく勝負を挑まれ、これまで常勝無敗! 間違いなく一年生の最強格はこの方! リース・ローヴィスのご登場です!! 実況は、最早一年生の間ではお馴染みこのサラドナ・マクシがお送りいたしまぁす!!」
実況席の言葉に会場が更なる盛り上がりを見せる。サラドナ嬢の勢いある発言は慣れたものだが、相変わらず飛ばしてるなぁ。
『今回の決闘における解説は何と、我らが学校長、ディアス様に務めて頂けるとのことです!』
『皆さん、今日はよろしくお願いします』
解説席には見た目は若いイケメンの教師が座っていた。彼は俺の視線に気が付くと、朗らかに笑いながら手を振ってくる。どうやら学校長もそれなりに注目している様だな。
「ってちょっと待て。なんで『アンタ』がそこにいるんだよ」
解説席に視線を向けた俺は、そこに予想外すぎる人物の存在を発見して目を見開いた。
『なお、解説席には学校長の他にスペシャルゲストをお招きしているのですが……』
実況席のサラドナが、学校長の隣に座る『小柄な少女』の姿に視線を向けながら言葉を迷わせた。
『……えっと、学校長が直々に招待なさったというお話は聞いているのですが、果たしてどちら様なのでしょうか』
『ワシか? そうじゃな。とりあえず謎の美少女ということにしておけば問題ないぞ』
『いえ、美少女なのは誰の目から見ても一目瞭然なのですが……少々年が若すぎる様な気が』
だよなぁ。だって見た目幼女だもんな。
口調だけで分かる人には分かると思うが、解説席に座っているもう一人は、大賢者であったのだ。もっとも、彼女が大賢者であると知っているのは、この決闘場には片手指の者しかいないであろう。
『それを言えば、お主らの学校長も見た目は若造じゃろうて』
『いえいえ、学校長は長寿族ですから見た目が素晴らしいイケメンなのは理解できるのですが……もしかして貴方も?』
『いんや、ワシはエルフじゃないぞ』
『……学校長』
実況が縋るような目で〝すぺしゃるげすと〟を呼び寄せた張本人に助け船を求めた。
『安心してください。彼女は今回の決闘における解説としてはこれ以上に無いほどの適任です』
『あ、いえ。そういうことではなくてですね』
なおも問いかけようとする実況だったが、学校長は笑みを浮かべるだけでそれ以上は答えなかった。困り果てた実況だったが、そこへ婆さんが言葉を挟んだ。
『細かいことは気にせんほうが楽じゃぞ。それに、おぬしの仕事はワシに関する実況でなく決闘の実況じゃろう』
『……言われてみればそうですね!』
今ので納得するんだ!?
『では改めまして! 今回の解説には学校長とゲストとして謎の美少女ちゃんをお呼びしております! お二人とも、本日はよろしくお願いします!!』
『ほっほっほ。期待に添えるように頑張る所存じゃ』
まぁ、あの容姿で『大賢者』であると明かされても誰も信じないだろう。学校長の言うとおり、彼女ほど俺の解説に適した人物もいないしな。
『さてさて、ここでリース選手の反対側から此度の挑戦者であるミュリエル・ウッドロウの入場です!』
実況、解説席が盛り上がったところで、俺の闘う相手が現れた。
「………………」
決闘場の壇上に上がってくる姿からは、特に緊張した様子は見られない。
ミュリエルは俺の眼前で足を止めて、解説席を一瞥すると言葉を投げかけた。
「……ねぇ、一つ質問していい?」
「大方予想はついてるが、なんだ」
「……学校長の隣に座っている少女は……もしかして」
「ああ。あの年齢詐称の美少女ちゃんが、件の大賢者様だ」
「話には聞いていたけれど、本当にあの姿。どうやってあの外見を保っているのか、興味がある」
「あ、気にするところはそこなのね」
「でも、今日の本題は別」
ミュリエルは雑念を振り払うように目を閉じ、そして次に目を開いたミュリエルの表情には強い意志が感じられた。
「今更だけれど、私の挑戦を受け入れてくれてありがとう。そしてごめんなさい。今日で貴方の連勝記録は止まるわ」
「随分と自信があるみたいだな」
「無ければ、この場に立っていない」
淡々と、だが虚言では到底込められない力強い言葉だ。むしろ、そう出なければこちらとしても味家がなさ過ぎる。
「それと、決闘が始まる前に一つだけ言っておく」
「ん?」
「私は興奮すると〝人が変わる〟らしい。自覚は無いけど、師匠がそう言っていた。だから、あんまり驚かないで欲しい」
ミュリエルの言葉の内容を理解する前に、どうやら時間が来てしまったようだ。
『さぁ、両者揃ったところでそろそろ開始したいと思います。本日の審判は一年ノーブルクラスの担任教師であるゼスト先生です。──ではゼスト先生! 開始の合図をよろしくお願いします!!』
実況に促される形で、ゼストが壇上に上がり俺たちの間から一歩離れた位置に立った。
「ってなわけで、そろそろ始めるぞ。両者共に準備はいいか?」
「いつでもいいぞ」
「問題ない」
俺たちの言葉を受け取ったゼストは頷くと、手を振り上げた。
「んじゃぁ──開始!!」
──さぁ楽しい楽しい魔法の時間、始まりだ!!
次話更新は明日か明後日な!




