第五話 壁を突き破ります──試験の話ですよ?
主人公の手札はぼやかしつつ瞬ピチュン(造語)を書いたらこんな感じになりました。
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剛炎砲が防壁に防がれた光景を目にすると、気怠げだったゼストの口元が小さくつり上がった。実際には、炎槍を防いだ時点で彼のリースへの関心は強まっていたが、ここに来てさらなる驚きの光景だった。
「……中々に興味深いですね、あの坊主。前の二つは良いとして、後の二つを防壁で防ぐなんて話、俺ぁ聞いたこと無い」
「でしょうね。単純に必要な魔力の量が桁違いですからね。あまりにも非効率すぎます」
ゼストと共に事の推移を見守っていた学校長も、リースが平然と行って見せた妙技に少なからずの衝撃を受けていた。
(まさか……本当に防御魔法しか使えないのか?)
過去に(一方的にだが)師と仰いだ人物からの手紙を疑っていたわけではない。ただ、現実として目の当たりにすれば驚くしかなかった。
防御魔法は魔法使いの卵が魔力を操る第一歩としてたしなむ超初心者魔法。その理由は、他の様々な魔法に比べて魔法陣の投影が最も単純であるから。僅かな魔力制御さえ可能なら、五歳児にも可能なほどなのだ。
しかし……。
「防御魔法ってぇのは同じ難易度の魔法に比べて遙かに魔力の効率が悪い。ヒュリアの性根はヒネクレちゃいるが、火属性の使い手としちゃぁ破格だ。やつの本気を防壁で防ぐとしたらどれだけの魔力が必要になるんだか……」
ゼストの言葉通り、防御魔法は他の魔法に比べて圧倒的に燃費が悪いのだ。ヒュリアの例で言えば、炎弾の一発を防壁で防ぐのに、最低でも炎矢と同等の魔力が必要になってくる。これが剛炎砲を防ぐ防壁ともなると、仮に魔力を捻出できたとしてもヒュリアと同じかそれを越える疲労状態になっていなければおかしい。
なのに、リースはといえば些かも調子を崩した様子はない。
「単純に考えれば、あの小僧がヒュリアを遙かに越えた魔力を保有してるって事だが……」
顎に手を当てるゼストが、ちらりと学校長に視線を投げる。
「……私の目には、彼が並以上の魔力を内包している程度にしか見えません。とてもではないがヒュリア先生に届いているとは思えないよ」
正確な魔力量を量るには特殊な器具が必要になってくるが、学校長はその長年の経験と磨き上げてきた魔法のセンスによって、目にするだけでも保有する魔力の総量を把握できる。
学校長の見立てを疑えるわけもなく、ゼストは愉快そうに目を細めた。
「ってこたぁあの小僧は何かしらのイカサマを使ってるって事ですかねぇ」
「こらこらゼスト先生。そこは『工夫』と言うべきでしょう」
「防壁と見せかけてその中身が別物じゃぁ、十分にまやかしでしょうや」
ゼストの言葉を全面的に肯定するつもりはないが、学校長としてもあの防壁が初心者魔法の『防壁』で無いのは確信していた。
「俺としては剛炎砲を軽く防いだ時点で十分に合格点ですが、どうします?」
「……確かに合格と言っていいでしょうが、まだ彼は引き出しを多く持っているようです。教師として、魔導の探求者としてもう少し彼の手札をみておきたい」
「そいつぁ同感ですね」
だが、彼らはその言葉を僅かな後に撤回することになる。
剛炎砲を防がれたヒュリスは混乱から立ち直り冷静さを取り戻すと、彼女は両手を使い、炎矢を投影した。一瞬の混乱に陥りはしたがやはりジーニアスの教師。大火力で防がれるのならばと、一発に時間の掛かる剛炎砲ではなく、短時間で投影可能な炎矢を選択。さらにその簡易さを利用し一つではなく瞬く間に二十を越える量の魔法陣が空中に投影される。
「……む、どうやらかなり頭に来ているようですね、彼女」
「こいつぁさすがにやりすぎでしょうや」
空中に投影された二十を越える魔法陣がその構造を変化させた。生み出されたのは炎の矢ではなく『槍』。低難易度の魔法陣を一度投影し、発動する前に書き換えて別の魔法として発動させる高等技術だ。彼女は同時展開した炎矢の魔法陣全てを炎槍に書き換えたのだ。魔力の消費という点で見れば、炎槍をそのまま同時に投影するよりも消費は圧倒的に低くなるのだが、魔法陣の途中書き換えには繊細な魔力操作が必要となり、たった一つの魔法陣に施すだけでも多大な集中力を要する。
「剛炎砲を防壁で防がれたことでよっぽどプライドが傷つけられたか。いきなり切り札を切りやがったぞあの馬鹿」
まだジーニアスの生徒にすらなっていない若者に向けるには明らかに過剰威力。アレを正面から打倒できる存在など、ジーニアスに所属する教師の中でも数える程度しか存在しない。
「前言撤回だ学校長。アレはさすがにガキにゃ荷が重すぎる。ヒュリアの奴、思っていた以上に沸点が低かったらしい」
腕の一本や二本がちぎれ飛ぶ程度なら、学校長の手によって治療ができる。だが、原型も留めずに消し飛べば治療の施しようがない。
ゼストの緊張感を孕んだ声を聞きながらも、だが学校長の目はリースへと注がれていた。
リースはヒュリアが同時に投影した魔法陣の群を目の当たりにしながらも、冷静を保ったままーーどころか、笑みさえ浮かべていた。まるで、千載一遇の好機を目の当たりにしたかのようだ。
ーーズダンッッ!
次の瞬間ーー彼の姿が消えた。
少なくとも、ゼストとヒュリアはこのとき、間違いなくリースの姿を見失った。唯一、学校長だけがリースの軌跡を捉えることができていた。
故に。
「『大地隆起』ッッ!」
『当事者』を除いて状況を把握していた学校長は、咄嗟に『大地隆起』を発動した。土属性の初級魔法で攻撃よりも防御に重点を置いた魔法だ。通常は他属性の初級程度までしか耐えられない強度だがそこはやはり学校長。ヒュリアの背後に発生した大地の壁は炎槍をギリギリ防ぎきる強度を有していた。
その壁は、生じてから一秒もたたずに粉砕された。
「きゃぁッッッ!?」
粉砕された大地の壁が礫となり、ヒュリアに降り注ぐ、たまらず集中力を阻害されたのか、展開されていた炎槍の魔法陣が全て消滅してしまう。
ヒュリアは突然生じた大地隆起とそれが直後に粉砕されたという連続の出来事に状況が飲み込めない。しかし、粉砕された壁の先から現れた『人間』の姿を目にすると、更なる驚愕に包まれた。
「〜〜〜〜ッッッ、のごぁぁぁぁぁッッッ!? いっでぇぇぇぇッッッッッ??!!」
試験会場に響きわたる絶叫。
「ちょ、これ指折れてない? 折れてないッ?! どこの誰だ人様の目の前に壁なんか仕掛けてくれちゃった素敵すぎる奴はッ!! 怒らないから素直に名乗り出ろやごらぁッ! あ、ごめんやっぱり怒るから正直に出てこいやぁぁ!!」
そこらの不良も真っ青になる剣幕で怒りを発するのはリースだった。彼は右手の痛みを堪えるようにしてうずくまり、目尻には涙が浮かんでいた。
「え? ……え?」
ヒュリアはまたも混乱の極みに追いやられていた。
実技試験を開始した時点で、彼我の距離はおよそ二十メートル近く。そして互いに試験が開始されてからその場所から一歩も動いていなかったはずだ。
だが、今。互いの距離は残り一メートルもない。まさしく、手を伸ばせば届く範囲。視界から消えたと思えば一秒にも満たない間にこの至近距離に、リースは姿を現したのだ。
「ふぅ……何とか間に合いました」
良い仕事をしたとばかりに額の汗を拭うような仕草をする学校長。その顔には『一仕事終えた者』の爽やかな笑みが浮かんでいる。未だにリースが痛みに悶えている中、この学校長も中々に面の皮が厚い。
「……っとと、リース君の治療をしなければなりませんね。ヒュリア先生にも怪我の有無が気になりますし」
学校長はそう言って女教師と受験生の元へ早足で向かった。
後に残されたゼストは、目の前で繰り広げられた光景を冷静に分析していた。
「小僧の使ってた防壁も、一瞬で二十メートルの距離を零にした方法も気になるっちゃぁ気になるが……。学校長の大地隆起を砕くかい。間違いなく魔法陣を投影したんだろうが……」
ゼストの記憶の中に、近距離で大きな威力を発揮する魔法は間違いなく存在していた。だが、リースが大地隆起を粉砕した時の状況と記憶の中にあるそれらが、どれ一つとして噛み合わない。
しばしの考察の後、この場で答えがでることを諦めたゼストは頭を掻いてから呟いた。
「ま、なんにせよだ。学校長が割り込まなかったら、ヒュリアの奴は確実に戦闘不能に追いやられてたのは間違いないか」
炎槍すら防げる大地隆起を粉砕する一撃だ。もし仮に障害物が無ければ、ヒュリアはその威力を無防備な体に受けていたことになる。魔法使いとしては優秀だが、それと身体の強さは別問題だ。
「とりあえず。リース・ローヴィ。実技試験は『満点』だな」
実技試験の規定として、模擬戦の相手となる教師を打倒した受験生は無条件に満点となるのである。
そしてリースは、将来に国への貢献を期待される有望なる新入生の中にあって、実技試験で唯一の満点合格者となるのであった。
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気がついたら総合ポイント6,000ptを超えておりました。ありがとうございます。
そして『カンナ』の更新が滞ってごめんなさい。頑張って無い知恵絞りぬいてこの土日に頑張って更新します。
『カンナのカンナ 〜間違いで召喚された俺のシナリオブレイカーな英雄伝説〜』
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