第五十六話 珍獣の決闘直前──気合い入ってます
決闘直前のお話。
決闘場の選手入場口、その陰から俺は外の様子を伺った。
「毎度思うが、よくこれだけ盛り上がれるな。暇なのみんな」
「自分を応援に来ている奴らに対して酷い言い様だな」
俺の率直な意見にアルフィが呆れる。ただ、その言葉の後にはこちらを試すような笑みが浮かんだ。
「あれだけの観客数を前に緊張はしていないみたいだな」
「モチベーションは上がるけどな。俺の魔法を大人数に見せつけるチャンスなんだ。がちがちに固まってたらなにもできないだろ」
「それをできる奴は案外少ないぞ」
そりゃぁ、決闘を始めたばかりの頃は多少なりとも緊張はしていたが、規模は違えど既に何度も決闘場で他の生徒と観客に囲まれながら闘っているのだ。嫌でも慣れてくる。
「で、改めて聞くがミュリエルを相手に勝算は?」
「ミュリエルが二属性持ちって以外は不明だ。勝算もへったくれもねぇよ」
あれから何度か訓練場に足を運んだが、ミュリエルが魔法を使っている場面に──どころかミュリエルそのものに会うことは無かった。決闘の対戦相手に手札を晒さないように、俺を避けていたと考えれば当然か。
ただ、他に情報が無い──わけでもなかった。
──ミュリエルは訓練場で己が二属性持ちであることを自ら明かしたとき、その証明として火属性と地属性の魔法を〝同時〟に投影した。
何気なく行っていたように見えたが、実は異なる属性の魔法を同時に投影するのは、単純な同時投影よりも難易度が高い。俺自身は無属性であるし、当然二属性持ちでも無いので実感が無く、アルフィや婆さんから聞いた話だ。
似たような魔法であり難易度的には同等でも、属性が違えばその魔法陣の様相はガラリと変わる。言葉で言い表すのは非常に困難らしいのだが、同属性での同時投影とはかなり勝手が違うと言う。
そのわりに、アルフィはぽんぽんと異なる属性の同時投影を行っているのが意味不明だ。二属性の同時投影どころか、四属性の『四重投影』って実はちょっと人間辞めて無いかってぐらいだろ。頭の中身とかどうなってんだ?
「珍獣を見るような目で人を見るな。俺からしてみれば、お前も十分すぎる位に珍獣だからな」
「マジでか…………照れるじゃねぇかよ」
「あ、うん。その反応は予想できてた」
アルフィが珍獣か、俺が珍獣かは今度にしよう。今はミュリエルの珍獣具合が問題だ。
魔法の扱いが練達だからといって、魔法使いとしての闘いが得意とは限らない。それでも、警戒するには十分すぎる要素。
「気をつけろよ。彼女はこの短期間でお前の使う魔法をかなり深いレベルまで解明してるぞ。俺だって、お前が教えてくれるまで見当も付かなかったのに」
内包する魔力が多い奴らにとって、俺の魔力の扱い方は異質だろうからな。すぐに考えが及ばなくても無理はない。だとしても、この学校にいる奴らは優秀な奴が揃ってるっぽいからな。今回の決闘でミュリエルが俺の扱っている技法を解き明かしても、それは早いか遅いかの違い。彼女で無くとも別の誰かが遠くないうちに解明するだろう。
「下手したら足元を掬われるぞ」
アルフィは半ば危惧するような言葉を口にする。
全く、イケメンで天才である癖に、妙なところで心配性だな。俺の実力は、お前が一番よく知っているだろうに。
俺とアルフィは親友ではあるが、同時にライバルだ。これまで幾度となく魔法使いとしての闘いを繰り広げてきた。
ジーニアス魔法学校に来てから、改めてアルフィの規格外を思い知った。同世代の中では抜き出た能力を有している。この学校で闘ったどの生徒たちと比べても、四属性の魔法を自在に操る彼は遙かに優れた能力を有している。
そんなアルフィに俺は何度も敗れたことがある。
──けど、俺はその三倍以上、勝ちを得ている。
だから、俺はこう答えた。
「お前が一番よく知ってるはずだ。知ってることと対処できるって事は同じじゃないって事を」
「──ッ」
「ミュリエルが何かしらの策を弄してきたとしたら、俺はそれごと真正面から叩きつぶすだけさ」
──アルフィとの会話が長引いたようだ。決闘場の実況から開始が迫っている旨が伝わる。
「じゃ、行ってくるわ。応援よろしく」
俺はアルフィに背を向けて、決闘場へと足を踏み出した。
「リース!」
二歩目を踏み出す前に、背中に親友の声が投げかけられた。俺は顔だけ僅かに振り向くと、アルフィの真剣みを帯びた顔があった。
「……必ず勝てよ。お前を──リース・ローヴィスを倒すのは、この俺なんだからな」
素直では無くとも彼なりの激励を受け、俺は言葉では無く握り拳を振り上げることで答え、改めて決闘場へと足を踏み出した。
いよいよリースVSミュリエルのバトル回が勃発します。お楽しみに