第五十五話 また別の師弟のお話──決闘直前です
今回はミュルエル側のお話。
指定された決闘の当日。
すでに平常通りの授業は終了し、放課後に突入。リースとミュリエルの決闘が目前にまで迫っていた。
学年一位の決闘は今や一年生徒にとっては注目の的。他の学年からも興味を集め始めており、決闘場の観客席はすでに大半が埋まっていた。
これまでと同じく、彼の圧勝劇を見ようとしているのが半分。残りの半分は更にリースに挑戦する者に興味を持つ者、リースの戦術や魔法を考察しようとする者が半々といったところだ。
大衆にとっては挑戦者として映っているミュリエルは、出場者用の控え室にて待機していた。観客席からの喧騒が遠く響いてくるが、彼女は特に気にした様子もなく決闘前の最終調整を行っていた。
(……勝ち筋は見えている。予測を超えていた場合の許容範囲も設定してある。私が対応を誤らなければ負けないはず)
ここ数日間に頭の中で繰り返してきた段取りを何度も確認する。
蛮勇でも無謀でもなく、理論性然とした根拠を元に組み立てられた戦略ではあったが、かといって油断できる相手ではないのは、闘うミュリエルが一番よく理解していた。
そんな彼女の控え室に、来訪者が入ってきた。
「やぁミュリエル。調子はどうだい?」
「…………精神面が若干高揚している事以外は問題ない」
誰かが来るとは思っておらず、また訪れたのが予想外の人物だったため、ミュリエルも言葉を返すのが遅れた。
「さすがに君も、あれほどの人数を前にすると緊張するようだね」
「リース・ローヴィスが相手では僅かな油断も命取り。観客なんてただの背景」
「相変わらず、興味のないことに対しては本当にドライな性格をしているね」
来訪者はミュリエルの言動に苦笑した。彼女の人となりを深く知っているだけあり、ミュリエルの言葉は半ば予想通りではあった。
それだけに、今回の決闘は寝耳に水であった。
「君が彼に決闘を挑んだと聞いたときはさすがに驚かされたよ。私の知る限り、君は闘いというものに無縁な魔法使いだからね」
魔法使いは大きく分別すれば二種類の気質に別れている。
魔法を『武器』として扱う戦闘肌の者。
魔法を『研究対象』として捕らえる学者肌の者。
その分類でいけば、ミュリエルは根っからの後者であった。
「参考までに、彼と闘う上での重要要素はどこにあるかを聞いておきたいんだが、いいかな?」
「……貴方は貴方で己なりの推測があるはず」
「それはそうなんだけどね。『師』と『弟子』で情報を共有するのは不思議じゃないだろう」
「……分かった。こちらとしても、私が立てた仮説に不備がないか、確認しておきたい」
小さく思案したミュリエルは、己の師に自らが考えるリースの〝秘密〟とその攻略法を話した。
「──以上が、私の立てた仮説」
「うん。私の考えた理論とほぼ同じだね」
「これ以上は、本人と闘いながら立証していくしかない」
ミュリエルは己の説が大筋を外していない根拠を得られ満足していた。
ただ、それとは別に気になる点があった。
「普段は立証が終わってからこんな話をする。どうして今回に限って、仮説の段階で話させたの?」
「……実は、今回の決闘には、外部からとある人物を招待しているんだよ」
「誰?」
「リース君の師匠だよ」
「──ッ、大賢者!?」
表情の変化が乏しいミュリエルであっても、師の招いた人物の名には目を見開くほど驚かされた。
「僕の育てた弟子がどれほどの実力を有しているのか、かつての恩師に見せたいと思ってね」
「恩師と思っているのは、私の方だけかも知れないけど」と彼は付け足した。
いくつかの助言を授かりはしたが、大賢者の弟子は前にも後にもリースただ一人。ミュリエルの師匠は決して、『大賢者の弟子』ではなかったのだから。
「さて、そろそろ時間だろう。私はこの辺りで失礼する。健闘を祈っているよ」
「……今更ではあるかもしれないけど、貴方の立場からして生徒個人を贔屓するのはあまりよろしくないのでは?」
「もちろん、私はリース君もミュリエルも等しく応援している。──だが、私も感情ある人間だ。その天秤が若干だけ君に傾くのは仕方が無いことだよ」
そう言い残して、彼は控え室から去った。
「……最後の最後で大きな爆弾を投下しないで欲しい」
先ほどまでの適度な緊張感が更に跳ね上がってしまい、小さくだがミュリエルは恨みまがしい目を師に向けた。
師を名乗る者として、弟子に激励を送りたかった彼なりの激励のつもりだった。頑張るように促すよりも、何倍も効果があった。師の目論見は成功に違いなかった。
「…………どこの誰が見ていようが関係ない。私は私の勝利を目指せばいいだけの話」
ミュリエルは目を瞑ると、高ぶっていた心を落ち着かせる。観客が一人増えた程度で揺るぐような勝ち筋であれば、その程度の勝算だったということだ。
「でも、負けられない理由が一つだけ増えた」
感情論は本来好むところでは無い。だが、こんな偏屈な己を弟子として迎え入れてくれた師に対する敬愛の念は、ミュリエルも持ち合わせていた。
「大賢者の前で──何よりも、師匠の前で格好悪い姿なんて見せられない」
ミュリエルはらしくも無いと自覚しながら、闘うための気勢を静かに強めるのであった。
ミュルエルちゃんの師匠登場。
明確に名前は出てないけど、多分わかる人にはわかると思う。
 





