第五十一話 挑まれた翌朝です──ある意味人気者?
「──で、彼女への返事はどうしたんだいローヴィス」
「そりゃもちろん、受けたに決まってるだろ」
いつもと同じく朝食の一席で、俺はアルフィとラトスに昨日の一件──ミュリエルから受けた『決闘』を申し込まれた話をし。やはり今日も付近にミュリエルの姿はない。
「……ウッドロウは、君との恋人関係を望んでいたんだよね。どうしてそれが『決闘』なんて話になるのかな。僕には理解し難いよ。それを受ける君もね」
「本音をいえば俺も十分に理解できてるとは言い難いんだよなぁ」
ミュリエルに決闘を申し込まれた直後は、しばらく言葉を失ってしまったほどだ。
「ただ、挑まれた以上は全力で応えるつもりではあるが」
幸いに、この学校には『夢幻の結界』がある。決闘の最中に負った怪我は例え致命傷であってもその結界さえ解除してしまえば元の無傷な状態に戻る。女性相手であっても本気を出しやすい環境といえる。
「てっきり、ローヴィスは女性は殴れないと言い出すかと思っていたけれど」
「無抵抗の女を殴るほど下種じゃないつもりだが、闘いの場であればむしろ手を抜くのは失礼だと考えてるんでね」
それに、大賢者の婆さんと組み手をしていると、闘っている相手の性別はどうでも良くなってくる。強さは性別で決まるのではなく、本人の資質や練度によるのだと身を以て味あわされる。男女の差というのは、強さの性質が変わるだけだ。
「……それでリース。勝算はあるのか?」
「勝算もなにも、ミュリエルがどんな魔法を使うのかほとんど知らないんだ。対策の立てようがない」
アルフィの問いかけに、俺は手をぶらぶらと振って返した。
現時点で分かっていることといえば、ミュリエルが二属性持ちであり、地属性と火属性を扱う魔法使いであること。具体的に彼女がどの程度まで魔法を習得しているのかは全くの不明だ。
「……逆を考えると、君に対して勝算があるからウッドロウは決闘を申し込んだんだろうね」
ラトスの見解に、アルフィは頷いてから口を開く。
「リースは一年生の間では決闘を行っている回数が多い。それも、最近は落ち着いてきてるけどな」
決闘が流行り始めた当初は、血気盛んな同学年から幾度となく決闘を申し込まれたが、最近ではアルフィの言葉通りに沈静化している。無鉄砲に挑めば安易に返り討ちに遭うこと。それと、一度敗北した者はしばらくの間決闘の申し込みができなくなる事が重なった結果だ。
大人数の前で闘えば、それだけ闘い方の多くを知られることもなる。回数を重ねれば、分析の検証を行う機会も増える。俺に関しての決闘の落ち着き具合は、その対策を練る期間でもあるのだろう。
もっとも、その辺りは考慮済みだ。前にも言ったとおり、対策を練られるということは、俺の弱点が露わになるのと同じ。中には俺の気づかないものも含まれているはずだ。それを潰していけば、俺はまた一つ強くなれる。
──弱点もまた、伸びしろと自覚せよ。
大賢者から賜った大事な教えの一つだ。
婆さんの言葉を頭の中で反芻していると、アルフィが思い出したように言った。
「ところで、ラトスはそろそろ決闘の申し込み禁止がなくなるんじゃなかったか。もう一度リースに挑むつもりか?」
「……少し考えたけど、辞めておくよ」
ラトスは肩を落としながら首を横に振った。
「ローヴィスに挑むのを諦めたわけじゃない。ただ、このままだと前回と全く同じ結果になりそうだから」
「そうかい。挑戦はいつでも受け付けるからな」
「くっ……その上から目線がそこはかとなく苛つく」
別に馬鹿にしているつもりはないんだけどな。
「かくいうライトハートはどうなんだよ」
「俺?」
質問していた側からされる側になるアルフィ。
「あら、それは私も少し気になるわね」
新たな声の方に三人して向くと、一年生三大おっぱいの一人、『巨大弩』のカディナがいた。
「今、なんか失礼なことを考えなかったかしら?」
「いや。逆に心の中で賞賛を贈ってたよ」
カディナがジロリと見てきたので素直に答えた。俺の返答が意外だったのか、カディナはぷいっとそっぽを向き改めてアルフィに問いかけた。
「アルフィ・ライトハートがリース・ローヴィスと同郷であり、長年のライバル関係であることは一年生の間に知れ渡っています。なのに、両者同士の『決闘』がまだ一度も行われていない。その事に疑問を感じている人間もいるわ。当の私もその一人ですけれど」
それは俺も少し考えていた。折角同じ学校に入ったというのに、アルフィから闘いを挑まれたことが一度もなかった。その可能性を大きく考えていただけに少し意外に思っていたのだ。 俺たちの視線を一点に浴びたアルフィは、深く息を吐いた。
「だいたいの理由はラトスと同じだ。俺もリースに勝つための具体的な勝算がまだ見えてこないんだよ」
「〝臆病風〟に吹かれたわけではなくて?」
カディナが挑発紛いの言葉を口にしたが、アルフィは鋭い視線で彼女を睨み付けた。
「──俺がどれだけこいつに負け越してるか知っててその台詞を吐いてるのか?」
「そ、それは……」
自らの失言を悟ったカディナは気圧されるようにたじろぐ。
「まだ一度も挑戦も敗北もしてない奴が、知ったような口をするなよ」
「──ッッ」
「それとも……お前こそ〝臆病風〟に吹かれたか?」
「言わせておけば──ッ」
歯を噛みしめる音が聞こえそうなほどに、カディナは悔しげに表情を歪めた。アルフィも険しい視線をカディナに向けたままだ。
朝っぱらから一触即発の空気になってきたな。話の中心は俺であるはずなのに、当人を忘れて二人で盛り上がってきている。
──結局、この場は朝の授業があった為に解散。カディナは去り際にアルフィを睨みつけた後に俺を一瞥し、一足先に教室へと向かった。
「俺ちゃん、モテモテだな」
「確実に違うから」
ラトスからのツッコミを受けてから、俺たちも各自教室へと向かったのだった。