第五十話 経過報告です──申し込まれました
不意に、ミュリエルが「あっ」となにかに気づいたような声を上げ、口に手を当てた。
「──本題をすっかり忘れていた」
おい。
「師匠と家族以外でこんなに長く話したのは久しぶりだったからついつい熱中していた」
思わずジト目になってしまった俺の視線を受け、さすがにミュリエルも恥ずかしかったのか口元に軽く握った手を当ててコホンと咳払いをした。
「それで、本題ってなんだよ」
また恋人になって欲しい、という話なら前向きに考えてもいい気がしてきた。
少しチョロいとは思うが、先ほどの笑顔を俺だけに向けてくれるのならば、ミュリエルと恋愛関係を結ぶのは魅力的だ。彼女の身の上も簡単にだが知ることができたし、最初の一歩としては悪くない始まり方だろう。これからもっとお互いについて深く知り合えば、本当に恋愛感情が芽生えるかもしれない。
ミュリエルは改めてこちらを見据えていった。
「リース・ローヴィス。あなたに決闘を申し込みます」
「…………は?」
──ミュリエルの口から出てきたのは俺の予想の斜め上を飛んでいた。
──経過報告──
状況を整理するために、一度ここに現状を記す。
対象──リース・ローヴィスの観察を開始してしばらく経過した。
対象と接触してきて分かったことがある。彼は表面上は不真面目な人間に見えたが、〝己の向上〟という点に絞れば恐るべき程にストイックであった。それは、魔力の消費効率の悪さから〝役立たず〟と称されていた防御魔法を戦闘用に改良し実戦に通用する形に仕上げている時点でも明らかであった。
彼の強さの秘密はおそらく『大賢者』という指導者の存在があってこそだと推測される。全てではないにしろ大きな部分を占めているのは間違いない。
大賢者は過去にいくつもの功績を残しながらも政治的な柵を嫌い、人知れず歴史の表舞台から姿を消している。果たしてリースが大賢者からどのような教育を受けたのか、非常に興味深い。様々な資料を読み、我が敬愛する『師』から話を聞いても、大賢者が『弟子』を取ったのはリースを除いて他にはいないとのこと。
弟子入りを申し出た者の中には三属性への適性を有し、実際に歴史に名を残すような偉業を成し遂げた者さえいる。だが、そんな逸材中の逸材中でさえ、大賢者は僅かな助言を加えるだけで弟子にすることはなかった。
詳細は不明だが、少なくとも過去の逸材たちとリースとでは決定的に異なる点があったのだろう。それに関しても調査を続けていく予定だ。
……いつの間にか大賢者への考察になっていたので、リース当人への考察に軌道修正をする。
一度、リース・ローヴィスの決闘を深く観察し多くのデータを取れた一方で、未だ仮説の域を出ない点も多く見受けられる。よって、今度は自らが彼と闘い目前で仮説を検証していかなければならない段階となった。
元々、対象にはいずれ自身が『決闘』という形でデータ検証を行う予定ではあったが、以前のデータが少ない状況ではデータを検証する間もなく一方的に敗北する恐れがあった。だが、それも先日の決闘を考察することによって解消される。
現在では、仮説の域を出ないとはいえ彼の魔法体系に関するほとんど全てを把握できているはず。ゆえに、対象との決闘を勝利することによって仮説を証明する。
リース・ローヴィスとの決闘において、留意すべき点は二つ。
一つは、彼の闘いにおいて最も基本的な魔法とされている六角形防壁の攻略。これを突破しなければ彼への勝利は不可能に近い。
当人の体術は一年生の間では随一。ジーニアス全体を通じてもおそらくトップクラスに位置しているはず。それに加えてあの防御力が加われば、まさに全身鎧の重装甲兵が縦横無尽に戦場を駆け回っているのにも等しい。
これに関しては攻略法に目処は立っている。リースと同じく無属性の六角形防壁は作れずとも、別の属性で似たような物は作り出せる。それによって検証は終了しており、先日の決闘を経て確信に至っている。後は私にそれを成す力があるかどうかだが、実践してみなければ分からないだろう。
二つ目は、彼の保有する魔力に関して。
いくら防壁の消費量を六角形構造を用いることで改善したとしても、彼が扱う魔力の量は異常なのである。
おそらく誰もが防壁の効率化に目を奪われているだろうが、一歩踏み込んで考えれば更に不可解な点がある。
最初の決闘で解説役のアルフィの口によって六角形防壁は通常の防壁に比べて魔力の消費量が四分の一になると発覚した。確かに驚くべき点だが、実際には〝|放たれる側の魔力と受け止める側の魔力〟が等しくなっただけ。多少は防御側の魔力消費が有利になっているが、劇的に防御側が有利になるほどではない。どれほど計算しても結果は一緒であった。
他の者はともかく、彼と決闘したラトスとバルサの保有する魔力は同世代の中では飛び抜けており、一年生の間では五指に入る。逆説的に、それと魔法を打ち合ったリースは彼らと同等の魔力を秘めているはずなのだ。
些か不平等な話だが、弟子としての立場を利用して師から多少の情報を聞き出した。その話では、リースの保有する魔力は魔法使いでもない常人にも劣るほど低いものであったらしい。六角形防壁ならともかく、反射であるなら二つ、多くて三つを投影した時点で魔力切れを起こすほどだという。
なのに彼は、決闘の最中に何度も防壁や反射を投影し、魔力切れを起こす気配が無い。師が私に虚偽を教えるはずは無かったが、これは明らかに矛盾している。
私は幻影石に記録した映像を見返した。
……そして、何度も見返している内に彼の戦闘にはある共通点があることに気がついた。漠然としたものであったが、『それ』を元に考察を重ねていくとある可能性が浮上した。
はっきり言って、己でも荒唐無稽としか言い様がない仮説。だが、私の仮説が正しければ彼の異常な魔力量に無理なく筋が通ってしまう。これは本人に確認してみるまで確証は得られないであろう。
もし本当にこの仮説が正しいのであれば、リースという魔法使いは他のどの魔法使いよりも異端な存在であることを意味する。
……よくよく考えてみれば、個人についてこれほど深く考察を重ねたことはかつてなかった。
魔法使いが扱う特徴的な魔法に興味は抱けても、魔法使いそのものに興味を抱くことはあまりなかった。
だが、このジーニアス魔法学校に入学し、生徒の──魔法使い同士の闘いを見てその認識は変わった。
それまでの私は、戦闘を〝仮説を証明する機会〟としか認識していなかった。そして、魔法使いの優劣は魔法を取得した数と魔力量。そして投影の速度で全てが決まると考えていた。
──たった二つの防御魔法を駆使した彼の闘う姿に、私のこれまでの概念が根っこから覆された。
一つの魔法でさえ、使い方を工夫すればあれほどまでに多くの運用法があるのだと。体術と魔法を組み合わせることで、あれほどに変幻自在な闘い方ができるのだと思い知らされた。
学校に入学するまで、幾度か魔法使い同士の闘いを見る機会はあった。だが、そのどれもが単なる魔法の打ち合いであり、彼ほどに多彩な闘いを見せた者はいなかった。
私はこの時初めて、ジーニアス学校へ私を入学させてくれたことを師に感謝した。この学校に入学しなければ私はそれまでの固定概念を抱いたままずっと師匠の研究室に引き籠もっていただろう。
それから彼が出てくる決闘にはかかさず観戦するようになった。彼の一挙動を見逃さないよう目を凝らした。
いつしか、学校の中で彼の姿を目で追うようになっていた。彼は気づいていないだろうが、実は彼と訓練場の帰り道に接触する以前から、私は彼を観察していた。
そして──理由は不明だが一年生次席やラトスが彼の側に居るときに不快感を覚えるようになっていた。
どうして彼との初接触時に『恋人関係』を持ち出したのか、実は私自身でもよく分かっていない。口が勝手に動いたとしか言い様がなかった。
ただ、その後に恋人関係を結んでしまった方がより深く彼のことを知ることができると判断し、そのように行動してきた。比較的良好な関係を結べたが未だに恋愛感情の芽は出てこなかったが、それなりに楽しい日々を送れたことは間違いない。
だが、その日々ももうすぐ終わる。此度の決闘を持って私は私の仮説を証明し、彼の考察を終了する。そしてまた、次の考察対象を探すだろう。この学校には他にもまだ多くの生徒が存在している。彼と同じように、私のこれまでの概念を覆すような生徒がいる可能性は大きい。
──しかし、彼との関わり合いを絶つと考えると、胸の奥に表現しがたいなにかが蠢いた。言葉では言い表せないものが頭の片隅に鎮座する。
まるで、リース・ローヴィスとの関係が終わってしまうを惜しんでいるかのようだ。
……私はなにを書いているのだろうか。考察のはずが、ついつい日記のような内容になり始めている。
決闘を前にして緊張しているのだろう。この続きはまた今度。リースとの決闘を終え仮説を証明した後になる。今日はこれで筆を置くとしよう。
──筆者 ミュリエル・ウッドロウ──
誰がメインな女の子かは決めていませんが、ナカノムラは美味しい物は最後に平らげる派です。
だからと言ってミュリエルを蔑ろにしているわけじゃなく、男装巨乳ボクっ娘がちょい役に降格されたわけでもありません。もちろん、残念系才女も忘れてないです。