第四十九話 ミュリエルのお話──1ポイン、もらいました
タイトルの『ポイン』は脱字ではありません。
思い出を懐かしんでいると、ミュリエルの目が爛々と輝いているのに気がついた。
「やはり、あなたは非常に興味深い」
真正面からそんな輝いた目を向けられると、いささか照れてしまう。相手が美人だから尚更。例えそれが研究対象に向けるようなものであってもだ。
「お、俺のことを話したんだ。ミュリエルのことも少しは教えてくれよ。お前の言い分だと、これで五分五分だろう」
「ん、確かにそう」
ミュリエルは特に嫌がる素振りも見せずに頷いた。半ば咄嗟の言葉であり、改めて考えるとなにを聞けばいいのだろうか迷う。
無難なところであれば──。
「ミュリエルは平民の出身なんだよな。どういった経緯でスカウトされたんだ?」
話のとっかかりとしてはこんなものだろう。
「本当はあまり興味はなかった」
……おや? いきなり話に暗雲が。
「できることなら、ずっと一人で魔法の研究をしていたかった」
「引きこもり宣言!?」
「お師匠様が無理矢理この学校に入学させた。当初は非常に不本意だった」
「……それは、入学したくて仕方がない方々には決して聞かせられない発言だな」
ジーニアス魔法学校は文武共に厳しい試験を突破してようやく入学できる。毎年、入学枠のおよそ十倍近くの申し込みが殺到しているらしい。名のある貴族の子息であっても無条件に入学できるほど生やさしい場所ではない。
入学試験を受けるには受験料を支払わなくてはならないので、学校側として入学倍率が高いのは財政的に潤うので嬉しい話であろう。
「って、師匠? お前をこの学校に連れてきたのは先生じゃないのか?」
「一応、この学校の教師」
ある意味、最強の伝手であろう。
「その師匠ってのはどういった経緯で知り合ったんだ? 両親も結構な魔法使いだったりしたとか」
ミュリエルは首を横に振った。
「両親は商人で、魔法の才能は一般人より少し優れている程度のレベルだった。私が二属性持ちであることが発覚したら、もの凄く驚いていた」
本人の希望もあり、彼女には魔法使いとしての教育が成されることになった。平民だからであろうか、両親は娘の将来に対しては放任的であり、無理に己たちの商売を継がせようとは思っていなかった。むしろ、己から意欲的に学ぼうとする意思があるなら背中を後押ししようとしてくれた。
「いい親御さんだな」
「ん」
誇らしげにミュリエルが胸を張った(ぽいん)。
平民でも通えるような魔法学校に入学するには、当時のミュリエルはまだ規定の年齢に達していなかった。そこで両親は年齢が十分に達するまでの〝繋ぎ〟として個人で魔法を指導できるもの──つまりは『家庭教師』を探し始めた。
魔法の教育を出来るフリーの魔法使いを雇うのに相応の額が必要になるが、幸いにもミュリエルの家は無理なく払える程度には裕福だった。
「そしたら師匠が家に尋ねてきた」
魔法の指導者としては最上のものだろうが、相手は現役の──しかもかの名高きジーニアス魔法学校の教師。まさかの相手が接触してきて両親は揃って仰天したという。
「親は学校の運営に出資者として名簿の片隅に名を連ねていた。出資額はともかく、家格は平民以外の何者以外でもなかったから、選択肢からは外してたみたい」
だが、ジーニアスの教師は無理だとしても魔法使いとしての繋がりを利用して家庭教師を任せるに適した魔法使いがいるかも知れない。そう考えたミュリエルの両親はジーニアスに所属する教師の一人に相談を持ちかけたのだ。
結果として、ジーニアスの現役教師がミュリエルの教師──師になったのであった。
「さすがに師匠も学校教師が本業だからいつもというわけではなかったけど、定期的に家に来てくれて私に魔法の指導をしてくれた。私がある程度の年齢になってからは、師匠の家に泊まり込んで魔法を学ぶようになった」
その師は魔法を習得して使うよりも魔法を研究考察していく事のほうに重点をおいていたが、奇しくもミュリエルもそちらの方が性に合っていた。研究成果を試すために魔法を使うことはあっても、対人戦で魔法使用はほとんどなかったという。
「そして、師匠に無理矢理この学校に入学させられた現在に至る」
「って、〝無理矢理〟はおかしいだろ。家庭教師ってのは、お前が平民でも通える魔法学校に入学するまでの代替じゃなかったのか?」
「師匠以上に指導者として優れている人は存在しない。だから学校で他の教師に教わる必要性は全くない」
これまでの内容で一番力強く断言するミュリエル。師として本気で尊敬している証拠だな。
「師匠の家の研究設備も書庫の蔵書も充実してた。たぶん、学校のそれらと引けを取らない。むしろ、余計なことに気を捕らわれずに魔法の研究ができる環境が整っていた」
一口に『師匠』と言っているが、ミュリエルのお師匠様って実はジーニアスの中でもかなり優秀な教師ではなかろうか。
「それに、私はあまり人に話を合わせるのが苦手」
「マイペースだもんな、おまえさん」
商人である両親に連れられ、仕事で各地を転々としたことから同世代の誰かと深く付き合う機会が少なかった。加えて、ミュリエル自身も元来の調べ物好きがあり、一人でいる事を苦に思わなかったという。
だからこそ、好きなだけ魔法の研究に熱中できる師匠の家が居心地良かったのだ。
ただ、俺の個人的な意見を言わせて貰うと。
「今後の人生で、コミュニケーション力が壊滅的なことになりそうだな、そんな生活」
「師匠もそう言っていた」
だから無理矢理ミュリエルをジーニアス魔法学校に入学させたのだろう。学校に通えば、強制的に不特定多数の同世代と接触することになり、人付き合いというものを学ぶ機会も増える。そういった意図があるのなら、ミュリエルには悪いが俺もミュリエルと同意見だった。
「さっきも言ったとおり、入学当初は不満しかなかったけど今は前ほどこの状況を嫌とは思っていない」
お、随分と前向きな発言だ。
「だって、凄く興味深い研究対象が目の前にいる」
……褒め言葉と素直に受け止めるには難しいな、これ。
「防御魔法のあんな運用法、これまで読んだ魔法関連の書物には書かれていなかった」
「そもそも、防御魔法しか使わない奴ってのも滅多にいないだろうさ」
「あのまま師匠の家に引き籠もっていたら知る由もなかった。だから、今では師匠に感謝している」
そういったミュリエルは、微笑んだ。普段からもう少し笑っていればさぞや男子にもてただろうな、と思える綺麗な笑顔だった。
部屋を掃除したんですが、床が見えるってちょっと感慨深い。
や、本が散乱しすぎてちょっと埋もれてただけです。
それはともかく、ナカノムラはキャラの過去話を長々と語るのはあまり好きでは無いんです。なので、最初は上辺をさらっと書いて、後々にちょっとずつ掘り下げていく手法を取っています。
というのも、最初にコテコテに設定を作り上げてしまうと、どうしても後々に『こっちの方が面白くね?』と思いついても方向転換が非常に難しいからです。そんなわけで、今回はミュリエルの身の上話でしたが、割と流している部分は多いです。
そういえば最近は感想の返信をしていないのですが、感想そのものはちゃんと楽しみに読ませていただいております。毎度執筆の活力になりますので、書いてくださっている方、本当にありがとうございます。
以上、ナカノムラでした。