第四十八話 ある分野の物語では良くある話──殴り合ったら友達です
実はアルフィトの出会いのお話
……アルフィトって誰やん。アルフィでした。
またもトラウマが呼び出されて気持ちが落ち込みそうになる。それを察したわけではないだろうがミュリエルは話題を変えた。
「あなたが普段使っている六角形防壁も、大賢者から教授されたもの?」
「元々のアイディアはアルフィがくれたんだ。言ってなかったっけか」
このアイディアを大賢者に話し、彼女の指導の下で洗練したのが今の防壁だ。
「建築関係の論文に似たような記述があったけれど、どうしてそれをアルフィ・ライトハートが知っていた?」
「さぁな。あいつの頭は──知識に関しちゃ幼馴染みの俺でも大きな謎だ。昔から無駄に頭は良かったけど、村の大人じゃ誰でも知らないような知識とかがたまに飛びだしてきたからな」
あいつの謎知識は魔法に関連する創意工夫だけに止まらず、一般生活にまで及び活躍していた。農業や畜産に道具作りにまでと、俺の村であいつの知識のおかげで大いに助かった部分は多い。作物の生産量が飛躍的に増したおかげで食料の貯蓄も可能になり、農作物が大きな不作を迎えた年でも奇跡的に餓死者が出ないほどだった。
もちろん、大不作だった年に、俺だって手をこまねいていたわけではない。こっそり村を抜け出し、黄泉の森で〝でかい・美味い・長持ち〟の三拍子揃った魔獣を仕留めて解体し、捌いた肉はさりげなく村の食料庫に納めていた。このことは食料庫を管理していたじいさんとの秘密だ。
「……大賢者との事も興味はあるけど、アルフィ・ライトハートと立派な交友関係を築いていることにも疑問を感じる」
「よく言われるな、それは」
──片や魔法使いとしての将来を有望視された『四属性』。
──片や魔法使いとしての将来を絶望視された『無属性』。
同じ村で近い日に産まれたというだけで、傍目から見れば俺とアルフィは対極に位置するような存在だろう。
「もちろん、最初から仲が良かったわけじゃない」
かなり素敵に最悪な出会い方だったと記憶している。
「ほら、俺ってばご存じの通りに無属性じゃねぇか。で、あいつは四属性持ち。幼馴染みではあったが、最初はまるで接点がなかったんだよな」
「ん、なんとなく想像はできる」
両親や俺の後から産まれてきた妹は、魔法使いとしては無能の烙印を押されていた俺であっても普通に愛情を注いでくれた。俺がグレなかったのは間違いなく家族のおかげだろう。俺も家族が大好きです。
周囲からはこっぴどく馬鹿にされていたが。
人間というのはできて当たり前という事ができない人間を嫌う傾向がある。物事を深く考えない子どもであればそれはより顕著になる。
子どもにとって覚えたての魔法はまさしくオモチャだ。魔法使いとして生計を立てるわけでもないが、とにかく覚えたばかりの魔法を使って色々と遊んでいた。ほとんどの子どもにとって魔法とは具体的な現象を引き起こすものであって、俺みたいに直接魔力を固めるようなものは『魔法』と呼べる代物ではなかった。
ゆえに、俺は忌避され虐められていた。
なので俺は、頑張って意思疎通に努めた。
肉体言語は、言語がまだ未熟な子どもに取って一番確実な意思伝達方法だ。おかげで多くの子どもと和解ができた。
ただ、単なる話し合いならまだいいが、中には魔法をぶっ放してくる阿呆も存在していた。
「まぁ、返り討ちにしたけど」
「まだその時点では六角形防壁は使えなかったのでは?」
「ガキの喧嘩なんぞにご立派な魔法が役に立つかよ。ああいうのはビビったもんが負けるんだよ。普通の一層防壁は使えたんだし、それで十分防げた」
大抵の奴は俺が無属性であることに油断し、後先考えずに魔法を一発撃って終わってしまう。そいつを防壁で防いで懐に飛び込んでしまえば後はこちらの独壇場だ。
「あとは鼻面に頭突きでも一発かましてやれば大抵は泣き叫んで退散する」
「……悪ガキ」
「否定はしない」
ただまぁ、そんなことを繰り返していれば徐々に相手もエスカレートしていくわけで。一時期はあの手この手でちょっかいを出してくる奴らとの全面対決が勃発していた。一対多とかだったので、こちらも遠慮なくやり返した。
「最終的にはアルフィが出てきたわけだ」
四属性というだけではなく、歳離れした聡明さであいつは同世代の子どもたちの中にあっては強烈な存在感を放っていた。当時からの無駄に整った顔たちも相まって、リーダー的な地位に立つのは当然の結果だった。
「子分の喧嘩に親分が出てきた感じ?」
「だいたいあってる」
先に手を出してきたのはあいつの子分だったのだが、話がどう届いたのかいつの間にか全ての元凶が俺にされていた。よくある話で今だからこそ笑って話せるが、当時の俺にとってははた迷惑に他ならなかった。
いつの間にか、村の子ども全員に取り囲まれて、アルフィと一対一で闘わされる状況にまで追い込まれたのだ。
魔法実験の事故で黄泉の森に墜落した時よりも後の話だ。
近い日に産まれ、なおかつ狭い村だけあって存在は知っており互いに顔を見たことはあったが、正面から対峙したのはあの時が初めてだった。
「まぁ、勝ったんだが」
「……あのアルフィ・ライトハートなら、当時からそれなりに魔法を使えたと思われるけど」
「初級魔法ではあったが、他の奴らとは比べものにならないくらいにバンバン使ってたな」
「ちなみに、その時は何歳だった?」
「俺もアルフィも、六歳か七歳くらいじゃなかったかな」
あの歳にして同時投影とか、非常識の塊のような奴だったな。それを伝えるとさすがにミュリエルも唖然とした。よく勝てたな、俺。
「さすがに、婆さんと出会う前にやり合ってたら負けてただろうけど」
「既に大賢者から指導を?」
「というよりかは、ちょっとした助言だな」
婆さんから本格的に指導を受け始めたのは、アルフィとの闘い──言うなれば人生初めての『決闘』を経てから。それまでは単なる茶飲み友達といった感覚だ。婆さんが『のじゃロリ』であるために、本当に同世代と一緒にいるような気持ちだった。というか、しばらく後になるまでロリババが本当に婆だと信じられなかった。当時の俺からしてみれば『ちょっと背伸びした少女』である。
だが、そんな彼女から授かった〝無属性ゆえの可能性〟を欠片とはいえ教わったからこそ、俺はアルフィとの『決闘』に勝利することができたのだ。
「『決闘』の後になんとか誤解を解くことができたら、アルフィの奴と妙に意気投合してな。で、あいつと友達になったらそれまで俺にちょっかい出してた奴も大人しくなって、それからは友達も増えた」
「雨降って地固まる」
「まさしくそれだな」
あれから結構な時間が経過していると考えると、ちょっと感慨深いな。




