第四十七話 少しだけ黒歴史──二つあるのは胸だけとは限らない
魔法使いが生まれながらに持つ適正属性は、殆どの場合が遺伝によるもの。両親の持つ属性が同じであれば、その間から産まれてくる子供の属性も同じものになる。
父親と母親の持つ属性が違えば、子供の属性は父親か母親の持つ属性のどちらか。確率で言えば二分の一。ただし、魔法使いとしての才能は同じ属性の両親から産まれた者よりも劣る場合が多い。この辺りが、名門と呼ばれる魔法使いが代々同じ属性であることに起因している。
だが極稀に、別々の属性をもつ両親の属性を同時に身に宿して産まれる存在がいる。
それが『二属性持ち』だ。
純血の魔法使いを産み良質な才能を残そうとする性質上、貴族の家系に二属性持ちが産まれることは殆ど無い。何せ、狙って産めるような確率では無いのだから。
貴族よりも圧倒的に数が多く、それでいて互いの属性を全く気にせずに結婚する平民の夫婦であっても、二属性持ちは滅多に産まれないのだから無理もない。
それでも、年に数人は産まれているようなので四属性よりかはまだ稀少度は低い。一般人にしてみれば珍しいという点では同じだ。
そんな珍しい存在が、俺の目の間に立っているミュリエル。彼女は火属性と地属性を併せ持つ二属性持ちだったのだ。
「もしかして、お前もアルフィと同じスカウトされてジーニアスに入学した口か?」
「厳密には違うけど、その通り。私は平民出身」
立ち振る舞いが貴族に思えなかったが、どうやらミュリエルは平民の出身だったらしい。
滅多に存在しない二属性持ちは、その殆どが平民の夫婦から産まれる。同じ男女のカップルでも貴族よりも平民の方が多いからだ。出産の数が多ければそれだけ二属性持ちが産まれる確率も上がる。
「けど、ジーニアスの一年生で二属性持ちがいるなんて話、今まで聞かなかったけどな」
「あなたの親友と違って、喧伝しているわけでは無いから。魔法の授業も、火属性の魔法しか使ってないもの」
「また何でさ?」
「騒がれるの、好きじゃない」
普段のマイペースッぷりを見せられていると、ミュリエルの答えは素直に頷けた。図書室で一人静かに調べ物をしている姿が似合いそうだしな。
「それに、二属性持ちは確かに珍しいかも知れないけど、だからといって強い魔法使いとは限らない。でもそれをよく理解せずに囃し立てる人間もいる」
「下手すりゃ、どっちかつかずな魔法使いになるからな」
二属性の魔法を扱えるからといって、二属性の魔法で闘えるかは別問題。単純に考えれば、極めるべき魔法が通常の魔法使いの二倍になっているのだから。故に、最悪の場合はどちらの属性も練度が中途半端になり、並みよりも劣った魔法使いになることがある。
珍しい=強い、という図式は簡単には成り立たないのだ。
「その通り。だから普段は火属性の魔法しか使わない」
「でも、どうして俺には教えてくれたんだ?」
「さっきも言ったとおり、こちらばかりあなたのことを知っているのに、あなたがこちらのことを全く知らないというのは釣り合いが取れていないと思った」
「別に気にしないけどな、そんなこと」
「これは私の矜持の問題。あなたが気にする事では無い」
言動はちょっと不思議ちゃんだが、案外律儀な性格なのかも知れないな。
「代わりと言ってはあれだけど、一つ質問して良い?」
「内容によるけどな」
「あなたが先ほど言った『教育者』とは、ジーニアスの教師では無く以前に言っていた体術の指導者のこと?」
「そうだけど、妙なこと聞いてくるな」
予想外の問いかけに俺は顔を顰めながらも頷いた。
「……もしかして、それは『黄泉の森』に住まう『大賢者』の事を指しているの?」
この言葉にはさすがに俺も驚いた。まさか、大賢者の存在を知る生徒がいるとはついぞ思っていなかったからだ。
「その反応を見ると、どうやら本当らしい」
「なんでお前があの『ロリババ』の事をしってるんだ?」
「ろりばば?」
「……ああ、正確に大賢者を知ってるわけじゃ無いのか」
一度でもあの『のじゃロリ』の姿を見れば嫌でも目に焼き付くだろう。中身は完全にお婆ちゃんだが、見てくれは完全に美少女だからな。
「だが、どうして大賢者が黄泉の森に住んでるって知ってるんだよ。というか、俺がアレの関係者だって話、ジーニアスに来てからしたか?」
「……私をジーニアスに連れてきた人が、大賢者と古い知り合いらしい。その人に、大賢者とあなたの関係性を聞かされた。それに、少しでも歴史に造詣が深ければ、大賢者の存在は目にする」
『大賢者』は歴史書を読めば目にする機会もあるか。ただ、あの大賢者の古い知り合いとなると、間違いなくエルフのような長命種族だろう。大賢者の婆さんが黄泉の森に引っ込み、種族問わずに人との交流を百年近くは絶っていたと本人が言っていたからな。長命種で無い限り殆どが寿命で死んでいるはずだ。
「先に言っておくが、婆さんは人を選り好みするタイプだ。紹介してくれって言われても無理だからな」
婆さんが俺以外の人間と言葉を交わしている光景を見たことは無かったが、普段の言動から人の好き嫌いが激しいのが窺えた。
人見知りでは無く、ウマが合わない相手とはとことん相性が悪いのだ。奇しくも俺はウマがあったようで、愉快な付き合いをさせてもらっている。
「聞き及んでいる。なかなかに気難しい人物であると。そんな人とあなたがどのような切っ掛けで知り合ったのか、少しだけ興味がある」
「あー、魔法の実験で事故った結果……かな?」
ミュリエルの質問に俺は言葉を濁し、曖昧に答えた。
幼い頃に反射による空中機動──いわゆる『跳躍』と名付けた魔法の練習をしていた時の事だ。
空中をある程度自由に動き回る事ができるようになった俺は、今度は一度の跳躍でどれだけ遠くに飛べるかを挑戦したのだ。
十年近く前の話であり、なおかつ躯も今ほど鍛えておらずにまだまだ未熟。だというのに、俺は好奇心の赴くままに反射にありったけの魔力を注ぎ、考え無しにその反射力場を使って跳んだのだ。
──結果、力場に飛び乗った瞬間に躯がばらばらになるような衝撃と共に意識が半ば消失。凄まじい勢いで空中に投げ出された放物線を描いて吹き飛んだ俺は、地面に激突する寸前でどうにか防壁を展開。辛うじて墜落死は免れたがその時点で完全に意識が無くなったのだ。
何を隠そう墜落した地点というのが『黄泉の森』のど真ん中であり、それを発見したのが大賢者の婆さんだったのだ。
後で婆さんに聞いたが、防壁のおかげで墜落死こそ免れたが、それ以前に出力を上げすぎた跳躍の反動で俺の躯は相当にヤバいことになっていたらしい。婆さんが俺を発見し、治療してくれなければ、危険な魔獣の餌になる前に確実に命を落としていたという。
俺の黒歴史の一つなので勿論ミュリエルには教えない。誰しも人に言えない恥ずかしい過去はあるのだ。




