第四十六話 実はスパルタでした──トラウマです
授業が終わり放課後になると、俺は一人で訓練場へと向かう。今日はアルフィもラトスも用事があるようで別行動だ。別に四六時中一緒にいる必要性も無いのだが、最近は常に誰かしらと一緒に行動していたためか、新鮮な気分を味わえた。
他に訓練場を使っている生徒の邪魔にならないよう片隅に陣取り、数多の六角形の防壁を投影。それを結合して一枚の六角形防壁へと変じ、またそれを分解して再結合という工程を何度も繰り返す。
六角形構造を持った防壁は、魔力効率が同じ強度の防壁に比べて格段に良くなる一方で投影の難易度が高まる欠点がある。その為、こうして普段から防壁を投影し展開する訓練を行い、躯に動作を染みつかせているのだ。
体術と魔法を組み合わせる闘い方は、魔法を投影してから体術を使っていては遅い。体術を使う過程の中で魔法を投影しなければ間に合わない。ほぼ無意識のレベルで魔法を行使できなければ意味が無いし、無意識レベルの行使で魔法を失敗していては本末転倒。だから、こうして普段から繰り返し使うことで本番中に失敗する確率を極限まで減らさなければならない。
大賢者曰く──。
『最近の魔法使いは多くの魔法をいかに速く投影するかに意識が向きすぎとる。無論、速さは戦闘において重要ではあるが、それは魔法の正確性があって初めて意味をなすのじゃよ』
正確性の無い魔法はいくら投影が速くとも〝脆い〟らしい。どこかしらに必ず不備が生じ、十全の効果を発揮しないのだという。そして、緊張化になる戦闘中なら魔法の不備は寄り顕著に表れる。
要約すれば、投影速度を上げる前にまず完璧に魔法陣を投影できなければ戦闘ではまるで役に立たない、ということだ。
その為の訓練も大賢者の婆さんに嫌と言うほどさせられた。
「うへぇ……、思い出しただけで気持ち悪くなってきた」
トラウマに近い記憶が呼び覚まされ、ぶるりと背筋が震える。そんな中でも防壁の分解、再構築の動作は止まらないのは大賢者による英才教育の賜であろう。
「……何度見ても惚れ惚れするような魔力操作」
「おぉうっ!?」
思考をあらぬ方向へ向けていたためか、突然背後から掛けられた声に盛大に驚いてしまった。
「本気で驚きながらも防壁がまるで揺るがない。素晴らしい魔力操作の精度」
「その前に驚かせた事への謝罪は!?」
「失敬」
「短っ!」
背後を振り向くと、いつも通り我が道を行くを地で行くミュリエルが立っていた。
「我が道を行くなのはあなたも同じだと思う」
「……そんなに俺の考えって顔に出やすいのかね」
抑揚の無いミュリエルのツッコミを受けて己の顔をぺたぺた触ってみるが、勿論それで判断できるわけが無かった。
「どうしてあれだけ正確に魔力操作ができる?」
「教育者による地獄のような訓練の結果だ」
大賢者の基準で言うと、初級魔法なら完全徹夜の上に重度の二日酔いで、しかも風邪を引いて意識が酩酊している状態であっても完璧に投影できてようやく合格だ。
実際に、魔法で精神をそれに近い状況に無理矢理落とし込められた上で、六角形防壁を何度も投影させられた事があった。
俺はその辺りを大賢者のことだけをぼかしてミュリエルに教えた。
「……その状況だと、意識を保っているのさえ困難では?」
「意識を保つのさえ困難な状況でも初級魔法ぐらいなら使えて当然なんだとよ」
あのロリババ様は、普段はおちゃらけているものの、大賢者という称号に恥じない人物だ。一見無謀な課題に見えていても、そこには芯となるべき理が通っていた。
今思い出したような最悪の精神状況でも確実に魔法を投影できるのならば、極限状況に追い詰められた場合でも起死回生の一手を打てる可能性が増すのである。
「で、どうしたんだ今日は。朝から姿が見えなかったけど」
思い出すとまた気持ち悪くなってきそうだったので、俺は早々に話題を変えた。
「調べ物に熱中していて、昨日はちょっと寝るのが遅かった。今日起きたのが、お日様が一番高く昇ってた頃」
「完全に寝過ごしでサボりかよ」
よく見ると、ミュリエルの目元には隈が浮かんでいた。どうやら〝ちょっと〟どころの徹夜では無かったようだ。心なしか、いつもより肌や髪の毛にも潤いが欠けている気がする。
「調べ物はいいんだが、寝不足は美容の天敵だぞ」
「──? 何を言ってる?」
「いや、お前のことだよ」
会話が噛み合わず、右側に首を傾げるミュリエル。
「お前はもうちょっと自分の美少女レベルを自覚した方が良い」
「──?」
「だから、お前のことだよ」
コテンと、ミュリエルは反対側にもう一度首を傾げる。いかにミュリエルが残念美人であろうと、美人には変わりない。この様子だと、本当に自覚無いらしい。
──自覚が無いからこその残念美人なのか。
思わず納得した俺は、うむうむと頷いてからミュリエルに問いかけた。
「で、徹夜してまで何を調べてたんだ?」
「昨日の決闘を検証していた」
さも当然とばかりにミュリエルが答えた。彼女が今最も関心を持っているのは俺の使う魔法。少し考えれば、徹夜するほど熱中してしまう物が何か、問うまでもなかったか。
「あの一戦は、観戦していた私としても非常に有意義な情報が得られた。おかげで、ある程度の仮説を立てることができた」
百聞は一見にしかずとはこのこと、とミュリエルが最後に付け足した。
「……参考までに、その仮説とやらは聞かせてもらえるか?」
「それはできない。私の中では確信に近いものはあるけれど、実証がまだ終わっていない」
「そりゃ残念だ」
実際に、ミュリエルがどれだけ俺の魔法を解き明かしているかに興味はあったのだが、無理に聞き出すのも悪いだろう。
「でも、このままだと少し不公平に思えた」
何が? と聞く前にミュリエルは両手に魔法陣を投影し始めた。
「なので、ちょっとだけ私も手札を明かすことにした」
俺は目の前の光景に息を呑む。
ミュリエルの右手に投影されたのは、火属性の魔法陣。
ミュリエルの左手に投影されたのは、地属性の魔法陣。
そして次の瞬間。
「炎弾、岩弾。同時射出」
彼女の両手から、火属性の弾丸、地属性の弾丸が同時に発射され、少し離れた地点に着弾した。
俺は少しの間を置いてから、ようやく口を開いた。
「お前……『二属性持ち』だったのか」
「四属性持ちほど、珍しいモノじゃない」
特に誇る様子も無く、ミュリエルは淡々と言った。
四属性と比べれば確かに彼女の言い分は正しいが、比べる対象が間違っているだけで『二属性持ち』も十分すぎるほどに希有な存在だった。




