第四十五話 とりあえず『三大』って言いたかっただけかもしれない──何がとは言いません
バルサとの決闘を終えた翌日。
普段通りに朝の鍛錬を終え、普段通りにアルフィと一緒に朝食を取り、普段通りに学校に登校した。
だが、今日はここ最近の普段通りとは少し違う一日の始まり方であった。
時間さえあれば顔を見せていたミュリエルが、今日はまだ姿を現していなかったのだ。
「風邪でも引いたのかね」
「ミュリエルもジーニアスの学生だ。お前にばかり構っていられるほど暇じゃ無いんだろうさ」
アルフィとそんな会話をしてから更に時間が経過し、昼食の時間になっても、ミュリエルは一度も俺の前に顔を出さなかった。
いつものようにラトスと合流して昼食の席に座る。ミュリエルの姿を探すラトスに、俺は今日になってまだミュリエルと顔を合わせていないことを伝えた。
どうしてか、ラトスは妙に嬉しそうな顔になった。
「君、振られたんじゃない?」
「何故そんなに嬉々としてんのよ、お前さん」
俺はラトスを軽く睨み付けながら昼食のパンを囓った。食材も料理人も良いものを使っているので、パン一つとっても非常に美味い。
「振られるもなにも、まだ付き合ってすらいないっての」
「でも、彼女から告白されてたじゃないか」
「あんなムードの欠片も無い告白だけでどう愛を育めと?」
そもそもミュリエルは俺の防御魔法を深く知るために俺に近づいてきたのだ。恋人云々という話はその為の手段であって目的では無い。それに、あの打算に塗れた告白は一度断っているし、その場面にラトスもいたはずだ。
「そのわりには、彼女の胸に鼻の下を伸ばしてたよね」
「当たり前だろ。あのおっぱいは人類の宝だ」
「……真顔で言う台詞じゃ無いよね」
「俺にとっては大事なことだ」
呆れた表情のラトスに、俺は何ら恥じること無く言い切った。
ラトスの(隠されている)破城槌おっぱい。カディナの巨大弩おっぱい。そしてミュリエルの大鉄球おっぱいはまさに『ジーニアス三大おっぱい』と称しても過言では無い。彼女たちのおっぱいに対して、俺は惜しみない賞賛を称えたい所存である。残念なのは、一名がおっぱいをひた隠しにしているのでこの呼び方を広められないことであろう。
「絶対に馬鹿なこと考えてるよね」
「ああ、間違いなく馬鹿なことを考えてるな」
ラトスとアルフィが口を揃えて酷いことを言うが、その程度で俺のおっぱい愛が揺らぐとでも思っているのか?
馬鹿め! と言ってやろう。
「凄く下らないことを考えてるね」
「ああ、確実に下らないことを考えている」
……そんなに、俺の思考って顔に出やすいか?
「改めて考えてみると、僕たちってウッドロウについて何も知らないよね」
「そうはいうが俺もお前については殆ど知らないけど?」
「あ、いや。それはそうなのかもしれないけど……」
ラトスの呟きに的確なツッコミを入れるアルフィ。授業や日常的な会話はよくするが、互いの身の上に関しては殆ど触れていない。ラトスについては俺は多少なりとも事情を知っているがそれにしたって学校長経由。本人の口から聞いたことは無い。女の身でありながら男子生徒として学校に通っているのだ。身の上を語ればそこからボロがでてしまう可能性あるだろう。
ボロッと飛び出てしまうのは、おっぱいだけで良いのだ(本末転倒)。
ミュリエルにいたってはそもそも口数が少ない上に、まともに会話が成立することが少ない。会話が成立してもボケとツッコミの嵐が吹き荒れるだけで終わり、コミュニケーションが図れているとは言いがたい。それはそれで楽しいのだが。
「……ん、そういえばミュリエルって属性は何なんだ?」
ジーニアスに通う以上、それなりに魔法は使えるはずなのだが、思い返すとミュリエルが魔法を使った場面を一度も見たことが無い。
「いくら魔法学校でも、魔法を自由に使える機会は限られている。許可された場所以外での魔法の使用は校則違反だ」
「……ねぇライトハート。そこでどうして僕を見るのかな?」
ラトスには前科があるからな。
ジーニアスの生徒が大手を振るって魔法を行使できる機会は大きく三つ。
授業の一環。訓練場。そして生徒同士の『決闘』だ。
これ以外で使用すると、罰としてラトスのように学校の周辺を掃除させられたり、酷くなるとバルサみたく町の留置所で一週間近く拘留させられ大量の反省文を書かされる。
「どう考えても一年生の中で問題児筆頭なのに、ローヴィスが罰則を一度も受けていないのかが僕は不思議で仕方が無いよ」
「馬鹿を言うな。俺はこの学校に入学してから一度たりとも己の行動や言動を恥じたことは無い。故に無実だ」
「余計に始末が悪いね!」
「話が致命的にずれてきてるぞお前ら」
ラトスが荒ぶるツッコミ役に進化しかけたところで、アルフィの冷静な声で話題が軌道修正される。
「確認しておくけど、お前がジーニアスに入学してから『加速』を使ったのは、昨日の決闘が初めてだよな」
「そうだけど……それが?」
アルフィは、俺が昨日の決闘で加速を使った時、観戦していたミュリエルがその性質を一目で看破していた事を教えてくれた。
「ミュリエルの奴、もしかしてめちゃくちゃ頭良いんじゃねぇのか?」
「思考の柔軟性は、そこらの学生よりも数段上だろうな」
「悪かったね。頭の固い魔法使いで」
言外に責められているように聞こえたのか、ラトスがぷいっとそっぽを向く。俺は苦笑した。
「拗ねるなよ。誰もお前が石頭だなんて言ってないから」
「今言ったじゃないか」
「子供か」
拗ねるラトスはともかく、ミュリエルが俺の魔法を調べようとしているのは本当だったようだ。アルフィの話を聞いた限りでは、視覚情報を記録し再生する魔法具すら使用している節がある。それだけ彼女の本気が読み取れた。
しかし、初見で加速が魔力砲と同質の魔法であると見抜くとは。ミュリエルの観察眼は侮れないな。
「──ん?」
つまり、ミュリエルは俺が加速の魔法を使う前──バルサとの決闘が始まるよりも前に加速の魔法を予期していたということになる。
妙な引っかかりを覚えながら、俺はそのひっかかりが何を意味するのかこの場で考えつかなかった。