第四十四話 大きいものが二つあると収まります──ちょっと気になる
バルサが壇上に倒れる。
「そこまで! 勝者、リース・ローヴィス!!」
ウェリアスの宣言により俺の勝利が確定。少し遅れて観客席がワッと歓声が上がった。
決闘場の熱気に包まれながら、俺は倒れたバルサに目を向けた。『夢幻の結界』のおかげで、意識は戻らないが怪我は無いはずだ。
「……さすがに簡単にはいかなかったか」
選手の入場口に向かいながら、俺は呟く。
勿論、油断は挟まずに闘いに望んでいたので普通に勝てたが、油断していたらこちらが負けていた可能性のある一戦だっただろう。背筋がヒヤリとする場面も何度かあった。特に、最後の魔法。回転する大地戦槍には肝を冷やした。 元々、トドメには『魔力砲』を使う予定だったが、至近距離から放たれた魔法に意図せず防壁を使ってしまったのだけは少しだけまずかったかもしれない。
幾重にも積み重ねた鍛錬の成果で、俺はほぼ無意識下でも防壁を展開することができる。
だがこれは殆どの場合、緊急時に於いては非常に有用ではあるのが、極希に不具合が生じる。
先ほどの場面がまさにそうだった。
魔力砲は二枚以上の反射で圧縮した魔力を解放し、その衝撃で攻撃する魔法。純粋な衝撃力もさることながら、解放された魔力の奔流が相手の魔法を構成する魔力そのものに干渉する。準備時間や魔力の消費を考えれば防壁の方が遙かに効率が良いが、咄嗟の反撃としても使えないことも無い。
その気になれば、あの大地戦槍ごとバルサを吹き飛ばせた。ところが、判断を誤って防壁を使い、魔力不足で圧縮が中途半端になり大地戦槍を破壊するだけに止まってしまった。
「俺もまだまだ、だな」
極端なことを言ってしまえば、俺はバルサの魔法に萎縮したのだ。こんな有様では、大賢者の婆さんに笑われてしまう。
今日の闘いは気を引き締める意味でも良い経験になった。そういう意味ではバルサに感謝しなければならない。
──しかし、少しだけ気になる点がある。
バルサの闘いぶりを肌で感じた限り、俺と闘うのに何の準備もしていなかったわけでは無いだろう。決闘の申請を出してから決闘当日までの一週間、おそらくは色々と対策を練っていと考えて良い。
だが、いくら対策を講じたとしても、ああも見事に初見の魔法──加速にタイミングを合わせられるか? ジーニアスに入学してから、まだ一度も使っていない魔法。あの急加速は不意打ちとしては最高の一発だったはずだ。
考えられるのは二つ。
バルサが素晴らしい反応速度を有しており、俺が加速を使った瞬間に判断して防御したか。
あるいは、加速の魔法をあらかじめ予測していたのか。
「うーん、気になる」
俺はあれこれと考えながら、決闘場を後にしたのであった。
バルサの意識が戻ったのは、リースに敗北を喫してから数時間後。既に日が落ちていた頃合いだった。
「くそ、くそっ、くそっ! くそぉぉぉっっ! あの無属性がぁぁっ!!」
決闘場の医務室で目が覚めてからこの瞬間にまで、彼の胸には抑えきれない憤慨が渦巻いていた。平民の無属性に負けた己の弱さに怒りがわき上がり、人気の無い道で憤りをまき散らしていた。
バルサは無属性魔法使いを見下してはいたが、同時に己が貴族である事に誇りを持っていた。それは権力を笠に着て好き勝手な行いをする、という意味では無い。
己が貴族としていられるのは、先祖代々より魔法使いとして国に貢献してきたからだ。些か選民主義に傾倒していたが、バルサは権力には義務と責任が伴うのを理解しており、だからこそ義務や責任とは無縁の平民を嫌っていたのだ。
故に、バルサはリースを手紙で呼び出そうと画策した。。その時は、リースをバルサ一人の手で完全に叩きつぶし、その無様な姿をし、他の貴族たちの前に晒し者にしようとしていたのだ。袋だたきにするような卑怯な真似をしようとは思っていなかった。
「次こそ、次こそは必ず叩きつぶしてやる」
やり方は完全に間違っているしその結果の自業自得は全て彼に降り注いでいたが、バルサの性根は完全に腐ってはいなかった。八割くらいは腐乱しているかもしれないが、残りの二割は非常に真面目だった。
「随分とお怒りのご様子で」
「──っ、……貴様か」
背後から掛けられ声に僅かに驚くが、振り向いてそれが誰なのかを確認するとバルサは憮然とした風に言った。
留置所から釈放された日に、バルサに接触した人物だ。
「何の用だ」
「それを私に聞く前に、返す物があるんじゃ無いかな?」
「──ちっ」
バルサは明らさまに舌打ちをすると、懐から半透明の菱形をした結晶体を取り出し『彼女』に投げ渡した。
「おっとと。……かなり高価な魔法具なんだから、もう少し丁寧に扱ってくれないかしら」
口だけは咎めるような言葉を発すると、彼女は受け取った結晶体を豊満な胸の間にしまい込んだ。アルフィかラトスがこの場にいれば『何故そこに入れたっ!?』という荒ぶるツッコミがされていただろう。
「で、どうかしら。お役に立てたかしら?」
「……非常に腹立たしいが、その魔法具と貴様の『助言』は役に立った」
「そう言ってもらえると嬉しいわね」
笑みを浮かべる女性に対して、バルサは怪訝な目を向ける。
一週間前に女性から渡され、そしていま返却したのは『幻影石』と呼ばれる魔法具だ。
発動すると、発動者の視覚から得られた情報を蓄積する効果がある。そしてこれは以降に情報を消去するまで何度も再生可能だ。ここには居ないが、アルフィの言葉を借りるならばまさに『魔法の世界のビデオカメラ』である。ちなみに、制作にはもの凄く手間暇が掛かる上に希少な素材を用いるために、非常に高価である。
女性の手(胸)に戻った幻影石の中には、リースがこれまで幾度となく決闘を行ってきた時の映像が残されていた。一週間前に幻影石を渡される際にそれを見せられたバルサは、リースが無属性でありながら決して侮っていい相手ではないと嫌でも理解させられた。
そして、彼女からもたらされたのは幻影石だけでは無かった。
バルサはリースの『加速』を、女性からもたらされた助言によって知らされていたのだ。だからこそ、初見の魔法でありながらも反応できた。
しかし──。
「……どうしてあの魔法を知っていた。貴様に渡された幻影石の中には、それを使う場面は記録されていなかったぞ」
「魔力を圧縮して相手を吹き飛ばす魔法があるなら、使い手自身を吹き飛ばす使い方があっても不思議じゃ無いでしょう」
さも当然とばかりに彼女は答えた。
いわれてみればその通りなのだが、女性の言葉が無く映像だけでは、バルサは加速の存在に気づくことは無かっただろう。
そして、彼女の『助言』はもう一つ、存在していた。
「──ほぼ全てが貴様の予定通りというわけか」
「どういう意味かしら?」
「貴様は俺にあの平民を『倒して欲しい』といったな。だが、アレを額縁通りに受け取るほど俺も馬鹿ではない」
一つの間を置き、鋭く女性を睨む。
「貴様……俺を当て馬に使ったな?」
「……………………」
女性は笑みを浮かべたまま無言。否定も肯定も無かったが、バルサの中では確信があった。
結果的に、バルサは敗北した。だが、彼女にとってバルサの勝敗などはそれほど重要では無い。肝心なのは、決闘の最中に起こった現象そのもの。
彼女は、バルサを通じて己の組み立てた理論が正しいかを証明しようとしていたのだ。
──リースという魔法使いの全てを解き明かすかのように。
「だったらどうする?」
「……お膳立てをされながら、好機をモノにできなかったのは俺自身だ」
バルサが最後の最後に放った魔法──『大地戦槍・螺旋』。アレを指示したのは目の前の女性。それを使った結果、起こった〝現象〟の全てを彼女に伝えた。
「どうして素直に教えてくれたのかしら。怒り狂って襲ってくることも考えていたのに」
「恩を仇で返すなど貴族としては恥ずべき行為だ。情報に対する対価と思え」
──正直な心情を述べてしまえば、口に出した方は建前で本音は別にあった。
バルサは一度大きな問題を起こし、学校から厳重注意がされている。この短期間でさらに別の問題を起こせば弁解の余地なく速攻で退学される恐れがある。怒り任せに振る舞うわけにはいかなかった。
目下、退学の危険性が無ければ己を利用してくれた目の前の女に魔法を叩き込んでいただろう。
おそらくは、それすらも織り込んでこちらに接触してきたのだろう。何せ、彼女はバルサが町で問題を起こした経緯を知っているのだから。
 





