第四十二話 殴ります──少し種明かしです
まだまだ戦闘回です。
闘いは更に白熱していく。
「岩砲弾!」
バルサが岩石の砲弾を発射すると、リースは横方向では無く真上に跳躍して回避した。空中では身動きが取れず良い的になるところだが、リースには空中で更に行動を起こせる手札がある。
「反射ッ、からのぉ──おらぁっ!!」
空中で反射力場を展開し、それを蹴り抜いて勢いのベクトルを変換、上空から見て斜め下に立っているバルサへと突っ込む。
大地隆起は地面から発生する都合上、先ほどと同じように足止めは出来ない。リースの突入角度からして精々盾代わりに使うのが関の山だ。
地属性魔法使いと闘うときに最も効果的なのは、空中戦を仕掛けることだ。
大地隆起に限らず、地属性魔法というのは魔法使いが立っている地形を操るものが多い。魔法で擬似的に岩や土を生み出すことは可能だが、それよりも元々ある大地を利用した方が魔力の消費効率も投影速度も速い。 ただし、岩弾や岩砲弾のように大地から分離した物体が目標へ直接飛来する類いならともかく、大地と繋がったまま効果を発揮するような魔法は総じて空中の敵への対応が遅れやすいのだ。
「『拡散岩砲』!」
バルサが迎え撃つために魔法を投影する。地の弾丸を同時に複数発射する魔法だ。一発一発は岩弾と大差は無いが、弾が拡散して放たれるので、複数同時に当たった時の威力とその効果範囲は油断できない。空中の敵を迎え撃つなら間違った選択では無かった。
「手甲!」
リースは通常の防壁では無く、腕を覆うだけの手甲を投影。腕の甲をバルサに向ける形で構えた。バルサの放った岩の散弾が襲いかかるも、頭部や急所だけを防御し他は無視する。
「っ、正気か貴様!?」
「残念だが正気なんだなこれが!!」
急所を除いた躯の各所に岩の弾丸が命中するが、リースは構わずにバルサへ迫る。日々の鍛錬は彼の身体能力だけに止まらず、その耐久力も高めているのだ。初級魔法程度の威力なら、急所に直撃しない限り我慢できる。
──最も、我慢にも限界があるので多用はできないが。
と、そこでバルサの正面に大地の壁が出現した。バルサの姿が大地隆起の影に隠れる。盾代わりに使うつもりであろうが。
「そんなもんで俺の手甲が防げるか! おらぁぁっっ!」
リースは右腕を振り抜いた。魔法で生み出された大地の壁はまるで砂糖菓子のように容易く粉砕する。
大地隆起を隔てた向こう側にいるバルサに手甲を叩き込もうとするが、リースの手甲は空を切り、壇上の地面を粉砕するだけに止まった。けれども、バルサの姿は無かった。
(今の大地隆起は目眩ましか!)
あれは防ぐためでは無く、リースの視界からバルサの姿を一瞬でも覆い隠すためだった。
気がついたときには、バルサはリースから十分なほどに距離を取っていた。
「大地戦槍!!」
リースの足下から鋭い穂先を持った槍が突き出す。貫通力の優れた中級魔法で、その名の通り地面から大地の槍を創造する。「うぉおっとぉ!」
半ば不意を突いたような攻撃ではあったが、リースは素早い動きで大地戦槍を後方に飛び退いて回避。地が足につくと同時にバルサへと果敢に突撃する。
バルサは決闘の始まりに行ったように、リースの足を止めようと大地隆起を投影しようとするが。
「反射派生──」
ここでリースは、腕に纏っていた手甲を解除すると、今までの決闘では使ってこなかった新たな魔法を投影した。
彼の背後、ちょうど右の肩甲骨の辺りに、細長い二枚の反射力場が出現。横から見ると面と面を向き合わせたハサミのような形だ。
「『加速』ッッッ!!』
勢いよく、ハサミのように開かれた二枚の反射力場が閉じる。次の瞬間、閉じた反射の隙間から銀色の光が吹き出し──。
リースの躯が一気に加速した。
その急加速にバルサは目算を見誤り、大地隆起はリースの背後に出現してしまう。咄嗟に魔法を投影して迎え撃とうにも、もはや間に合わない。リースの間合いに入り込んでしまっている。
「うぉおらぁぁぁ!!」
「────ッッ!?」
ドゴンっと、人を殴りつけとは思えないような音が決闘場に響いた。
──リースが、驚きに目を見開く。
拳に返ってきたのは、人間を打ったにしてはあまりにも硬質な感触だ。
リースの拳は、バルサの腕によって阻まれていた。しかも腕には魔力を帯びた岩が纏わり付いていた。見た目はまさしく、リースが使う手甲。
「『大地籠手』だ」
「お前、まさかっ」
「俺は元々接近戦が本分だ! 格闘戦が貴様の専売特許だと思うなよ!」
バルサは両腕に大地籠手を投影すると、リースへと拳を振るった。
「はっ、おもしれぇ! やったろうじゃんか!」
リースは大きく息を吸い込むと、両腕に手甲を投影し、バルサに殴りかかった。
一連の流れを観客席で見ていたアルフィは、顎に手を当てながら感心していた。
「思っていた以上にやるな、バルサの奴」
若い魔法使いは、とにかく魔法と使うことにのみ集中しがちで、その他に関しては疎かになりがちだ。そんな中、自分やリースだけでは無く、接近戦ができる魔法使いが一年生にいるとは思っていなかった。
大地籠手は地属性版の手甲。近接戦闘を想定しなければまず習得しない魔法。それを腕に纏うバルサの動きは一朝一夕で身につくようなものでは無く、洗礼されたものであった。明らかに格闘術の経験があるだろう。
「ま、近接戦の心構えができてなきゃぁ、『加速』の急加速に初見で対応できるはずも無いか」
「加速?」
ラトスの興味は、リースが使用した魔法に注がれていた。己のときを含め、リースがこれまでの決闘で使ってこなかった魔法だ。気になるのは当然だろう。
もちろん、アルフィはこれまで何度もリースと闘ってきたので経験済み。どういった魔法なのかも説明できた。
「原理はあなたを倒したときの魔法と同じ」
答えたのはアルフィでは無くミュリエル。
「複数の反射で一定範囲内の魔力を圧縮、その後一気に解放。その時に発生する衝撃を利用している」
壇上で闘う二人から視線を片時も逸らさず、ミュリエルが原理を述べた。
「魔力って……魔法陣を使わずに直接魔力を使ってるって事!?」
「通常の魔法使いなら考えつかないほどに非効率すぎる魔力の使い方ですね。もっとも、属性魔法が使えない彼であれば仕方が無いのかもしれませんが」
驚くラトスの傍らで、カディナが納得したように頷いた。
魔力を固める防壁の工夫した魔法で直接殴りつけるような闘い方をするのだ。純粋な魔力を直接ぶつける程度の事はするだろう。
「よく気がついたな……」
アルフィはまじまじとミュリエルを見る。彼女の説明はまさに正鵠を射ていたからだ。
「何度も見ていれば、誰にでも予想がつく範囲」
自慢する風でも無く、ミュリエルが素っ気なく返す。
彼女の口ぶりに眉をひそめたアルフィだったが、そこにカディナが疑問を口にした。
「でも、その加速とやらの原理は説明できても、そこの青髪の人──」
「僕は青髪じゃなくて『ラトス』だ」
「──ラトスさんを倒した時、使われていた反射は片手だけでした。今の説明だと足りないのでは?」
加速の時に使用した反射の力場は二枚。確かに、一枚の反射では魔力の圧縮はできない。
「……いや、ローヴィスなら可能だ」
カディナの疑問に、今度はラトスが答えた。
「彼は五本の指先にそれぞれ小さな防壁を作り出せるほどの精密な魔力操作ができる」
同時に五つの防壁を投影できるなら、五つ全てとは行かずとも二つ以上は反射を投影することも可能なはずだ。
この圧縮した魔力を攻撃に転用したのが『魔力砲』であり、移動時に推進力として利用するのが『加速』。
その本質は全く同じ魔法なのである。
アルフィは改めてミュリエルの横顔を見た。相変わらずの無表情だが、横顔から覗く瞳は真剣そのもの。目に映る光景を僅かでも見逃さないように集中している。
(『何度も見た』──か。一応、地球にあったビデオカメラみたいに、こっちの世界にも映像を記録する魔法具はあるにはあるが)
金持ちが道楽で購入するような高価な嗜好品ではあったが、ジーニアスに通う生徒のほとんどは貴族だ。ミュリエルが個人的に『録画の魔法具』を所持していたとしても不思議では無い。
(どうやら、リースの魔法を研究してるってのは冗談ではなさそうだ)
ミュリエルの真意は謎だが、その熱意は窺えた。
(けど、今の説明じゃぁ少し足りないんだな、これが)
彼女の見解は、言葉にした範囲の中では全てが正解であった。だが、魔力砲と加速の全てを解き明かしたわけでは無い。
それに気がついているのか。あるいは気がついていながらもあえて説明していないのか。
「っと、余所見ばかりもしていられないか」
ミュリエルの真意も気にはなったが、それよりも今は決闘の行く末の方が大事だ。
アルフィは闘いの結末を見逃さないよう、壇上で闘う二人に視線を向けた。
『加速』ですが、イメージはあれです、スク◯イドです。ファーストなんちゃらやら、セカンドなんちゃらな感じに主人公の背中にある羽からバーニアが噴き出す感じなものを想像してもらえれば良いです。
なお、細かいところにもしかしたら小さな矛盾とかあるかもしん無いけど、そこは『ファンタジーやん』な精神で読んでもらえると助かります。考えるより感じてもらったほうが作者も読者もみんな楽しめるはずです。
あと、補足ですが、反射力場を蹴り抜いた反動で移動する方法と『加速』では用途が別です。
蹴った反動の移動は、どちらかというと空中での方向転換。『加速』は純粋な急加速がメインです。空中で『加速』を使っても方向転換のように使えますが、リースはあえて反射力場を蹴る移動法を使っています。これにもちゃんと理由があり、後に説明を本文で加える予定ですのでお待ち下さい。




