第四十一話 照れ屋さんらしい──相手に不足は無いようです
いよいよバトル回でございます。
序盤はリース視点。それ以降は第三者視点でお送りいたします。
決闘場の壇上に上がると、バルサは既に壇上の中央部に立っていた。観客席の熱気が更に高まり、開始の秒読み段階となっていた。
決闘の挑戦を受けて一週間、バルサとはまともに顔を合わせていなかった。同じクラスであるのにも関わらずだ。こちらから進んで会話をしようとしなかったのもあるが、バルサの方は俺を避けるように動いていたのかもしれない。
そして、決闘を教師に申請してから一週間ぶりに見たバルサの顔つきが少々気になった。
これから観衆の前で闘うのだから当然なのかもしれないが、それを加味してもどうにも違うように思えた。 バルサは妙に自信に満ちた顔つきをしているのだ
曲がりなりにも、相手は俺と同じノーブルクラスの生徒。油断をすれば簡単に足下を掬われる。もちろん、油断するつもりは毛頭無いが、何が起こっても対処できるように警戒しておいた方がいいだろう。
──何が来ても防ぐし、何があろうとも殴り飛ばす。
その心得を改めて胸に刻んだ。
「よく逃げずに来たな、無属性」
「やっぱり、名前を呼ぶのを恥ずかしがっちゃう照れ屋さんなのか?」
「ふざけていられるのも今のうちだ」
「いや、真面目に聞いてるんだけど」
あ、バルサの目元がヒクヒクした。何故怒るのかが不明だ。男性の胸倉にハァハァする性癖の持ち主だし、感性が普通の人間とは異なるのだろう。
バルサは怒鳴り声を上げる寸前まで言ったが、それをどうにか押し止めた。
「無属性しか使えない奴が、ジーニアスに存在して良い道理は無い」
「ちゃんと正規の手続きを踏んで入学したんだんだけど」
「……無属性の平民が、貴族の世界に足を踏み入れているのが問題なんだ」
「一応ジーニアスの中で身分差を振りかざすのは校則違反じゃ無かったか?」
「…………ちっ、相変わらず人の揚げ足を取るのだけは上手い奴だな」
バルサが舌打ちをした。いや、お前の台詞がツッコミどころ満載なだけだから。
「まぁいい。ここで貴様に勝利し、無属性魔法がいかに役立たずであるかを証明してやる」
「おいおい、始まる前から勝ったつもりでいるのかよ。ちょいと気が早すぎやしないか?」
「貴様こそ、無属性の分際で俺に勝てるとでも思っているのか?」
「負けるつもりでこの場にいるはずがないだろ」
決闘場の壇上に立つ以上、勝ちに行くのは当然だ。
「……この場にのこのこやって来た己を後で悔やむがいい」
非常にどうでもいいが、お前さんの台詞が悪役風味になっているのはいいのだろうか。物語で言えば完全に噛ませ役っぽくなってるぞ。
「双方、前口上はそろそろいいでしょうか?」
俺たちの間に口を挟んだのは、今回の決闘で立会人を行うウェリアス。落ち着いた物腰であり人当たりの良さから中々に人気のある教師だ。彼が手を高く振り上げると、決闘場の壇上が『夢幻の結界』に覆われる。これで互いにどれほどの傷を負っても結界が解除されれば無傷の状態に戻る。
舞台は整った。
「互いに思うところがある様子でしたが、それは決闘の中できっちりと片をつけてください。この闘いがあなたたちにとって有意義な結果を残すことを願っています」
ウェリアスが俺とバルサに目配せをし、最後の確認をすると。
「では……始めてください!」
開始の合図と共に、対決者二人は同時に魔法を展開した。
「岩弾!」
「防壁」
まるで示し合わせたかのように、リースの展開した防壁にバルサの魔法が命中し、砕け散った。
リースが決闘を行う場合、ほぼ決まって発生するのがリースの防壁と対戦相手が放った魔法のぶつかり合い。遠距離攻撃の手段に乏しいリースはどうしても相手に先手を譲る形になってしまう。
だが、それが不利になるとは限らない。何故なら、これまで行われてきた決闘で、リースの防壁が突破されたことは一度も無いからだ。
「ちっ、忌々しい! 『岩砲弾』!」
たやすく己の攻撃が防がれたことに苛立つも、その一方でこの展開は想定内。バルサは続けて魔法を投影する。
地属性魔法はまさしく大地を操る魔法。音を立てて壇上の床から素材が分離すると、岩弾よりも一回り大きい砲弾状に変化しリースへと襲いかかった。
リースは落ち着いた様子で再度防壁を展開。岩弾よりも一段階上の地属性魔法が魔力の盾に命中するも、先ほどより派手な音を立てて破砕するだけで終わった。
これもある意味、リースの決闘ではお決まりのパターンとなっていた。リースはとにかく闘い全般が近距離主体。対して、通常の魔法使いは中距離から遠距離にかけてが土俵となっている。つまり、リースに懐深くに入り込まれた時点で相手の負けがほぼ確定する。
故に、相手はとにかくリースとの距離を離し、とにかく接近を許さないように間合いの外に釘付けにしなければならない。
しかし結果として、未だ誰一人としてそれに成功した者はいなかった。
そして、数発の攻撃を防いだところで、リースが動き出す。
握り拳を固め、大きな踏み込みをするために膝を曲げてバネを作る。
「さ、今度はこっちから行くぞ」
「くっ──」
バルサはリースの接近を嫌い、彼から距離を取りながら迎え撃とうと魔法の投影を開始。力を溜め込んだ膝を使い、リースは大きく跳びだした。
最初の一戦で誰もがリースの姿を見失っていたのは、彼の速度を誰も予想していなかった上に、魔法使いが接近戦をするはずが無いという先入観があったからだ。現在ではリースの身体能力は知れ渡っており、遠目からでなら彼の姿を追うのは難しくない。だとしても彼の踏み込み速度は驚異的に他ならなかった。
あっという間にリースとバルサの間が縮まっていく。バルサもそれを黙ってみているつもりは無かった。
「舐めるな! 『大地隆起』!!」
大地を操り壁を作り出す地属性の初級魔法だ。攻撃能力こそ皆無だが即効性が高く、地属性魔法使いにとっては防御手段として好まれて使われていた。
ただバルサは、大地の壁を己の目の前では無くリースの目の前に出現させた。
「おぉおおっっ!?」
拳を振るう間もなく、リースは驚きながら減速をし、壁と激突する寸前で足を止めた。
以前に、リースはバルサと同じ地属性魔法の生徒と闘った事があった。その時の生徒はリースからの攻撃を防ごうと自身の付近に大地隆起を展開していた。
けれどもバルサは、リースの攻撃を防ぐことでは無く中断させることに大地隆起を使用したのだ。上手いのが、リースに拳を振るう間を与えず、確実に足止めする超至近距離の位置に魔法を発動したことだろう。仮にリースに拳を振るう『間』があったとすれば、大地隆起で作られた壁はリースに粉砕されていた。まさに絶妙なタイミングであった。
「大地隆起・派生!」
バルサはリースの動きを確認せずに、すぐさま次の魔法陣を投影した。投影された魔法陣は直前のものと同じであったが、壁が作り出された場所が問題であった。
ドゴンッ!
「うおわぁっ!?」
バルサは壇上の床からでは無く、己が大地隆起で作り出した壁の──しかもリースがいる方向の側面からもう一つの大地隆起を派生させたのだ。これにはリースも驚きの悲鳴を上げた。
自分に向けて出現した大地隆起に、リースは命中する直前で防壁を展開して防ぐ。だがその勢いを殺しきれず押し出される形で後退する。
「大地隆起!」
三度、バルサは同じ魔法を投影した。今度はリースの後方だ。
前方の大地隆起に押し出され、リースの背が新たに現れた大地隆起の壁に勢いよく近づいていく。
「やべっ──!?」
リースは腕の筋力を活用し、どうにか大地隆起から逃れて地面に転がった。次の瞬間、大地隆起同士の派手な激突音が響き渡った。あと少しでも判断が遅ければ、リースは二つの大地隆起に押し潰されていた。
「やはりこの程度は凌ぐか……」
半ば予想していたような口ぶりだったが、言葉の中には苦々しい感情も含まれていた。
合計三つの大地隆起を組み合わせた今の攻撃は、初見であればかなり有効な手立てであり、実際にリースは危うくその術中にはまるところであった。そうでありながらも上手く逃れたリースの対応力は認めざるを得ない。だとしても、平民が己の魔法を切り抜けた事に苛立った。
一方、リースは頬に流れた汗を手で拭っていた。
「今のはちょっと危なかった」
複数の大地隆起を組み合わせることで、本来なら攻撃力を持たない魔法を攻め手に変じたのだ。今の流れで、僅かではあったがリースの背筋がヒヤリとなった。
だがそれは、リースにとって不快な感覚では無かった。
「いいねいいね、盛り上がってきた」
楽な闘いでは意味が無いのだ。勝つか負けるかの瀬戸際を踏み越えてこそ、更なる高みへ上り詰めることが出来る。
──バルサ・アモス、相手にとって不足なし。
忌々しげに睨み付けてくるバルサとは対照的に、リースは心底嬉しそうに笑みを浮かべていた。
これ以前のお話で、バルサくんの家名が『モアス』になっていたのを『アモス』に修正しました。
なお、本文中には書かれていませんが、この決闘の最中にもちゃんと実況は流れています。よく『仕事しろ』と怒られている人ではなく別の人が担当なので端折りました。
PS:
先日に短編を投稿しました。
『聖剣ナマクラは最強の打撃武器でした』
http://ncode.syosetu.com/n3358dt/
PS.2:
ナカノムラのツイッターアドレス
https://twitter.com/kikoubiayasuke




