第三十六話 戦場に赴きます──学生の放課後風景です
カディナ視点のお話です。
サブタイトルはあれですが、バトル描写はないです。
ジーニアス魔法学校に通う生徒たちは、いくら将来有望な魔法使いの卵であったとしてもまだまだ思春期真っ只中。若者らしいく思う存分に羽を伸ばしたくなることもある。
放課後に訓練場に赴き、魔法の訓練に明け暮れる生徒もいれば、街に繰り出して青春を謳歌する者も多くいる。
その日、カディナ・アルファイアも町を訪れた生徒の一人だ。だが、その様子はとても青春を謳歌しているようには見えなかった。
彼女は建物の物陰からこっそりと表通りを覗いていた。より正確に言い表すと、その道を歩いている一行を注視している。
リース・ローヴィスを筆頭に、その周囲にはアルフィ・ライトハート、ラトス・ガノアルク。そして、ここ最近ではその中に加わったミュリエル・ウッドロウという謎の女(ジーニアスの生徒)。
リースたちを建物の影から覗くカディナは、見ようによっては──どころか、どう見ても不審者一直線。下手しなくても通報されるレベルに怪しかった。
だが、彼女は己の周囲に存在している風を操作し、その存在感を極薄にしていた。実はもの凄く高度な技術なのだが、それをもの凄く無駄な行為に使用しているのに本人は気づいていない。
「何なんですかあのぽっと出の女は……っ」
建物の角に指を添えながら、カディナは苛立ちを小さくはき出す。
いつものように、風の魔法を使い、リースたちの音声を己の耳元にまで届かせる。
「俺は思うわけよ。男が甘いもの大好きでもいいじゃん。かっこ悪いとかダサいって下らない理由で甘いものが食えないのって、人生の大きな損失だと」
「少しは落ち着け」
「糖分はなぁ、遊びじゃねぇんだよ!!」
「おまえの甘味に対する情熱は分かったから、正気に戻ってくれ……」
興奮するリースに、アルフィが溜息する。
「でも、よく予約が取れたね。あの店は僕も少し気になってはいたけど、人気がありすぎて入店に制限が掛かっててあきらめてたんだ」
ラトスの言うとおり、彼らは町で最近話題のケーキ屋に行く予定らしい。リースの取った予約が他に三人まで入店ΟKという事で、どうせならという形でアルフィ達を誘ったのだ。
「俺としては、ミュリエルが甘味に興味を示したのが驚きだったな」
アルフィがてこてこと付いてくるミュリエルに目を向けた。彼女は拳をぐっと握りしめ、珍しく感情のこもった目で言った。
「甘味は正義」
「……俺はこの瞬間、今までで一番おまえとわかり合えた気がする」
「ん、私も」
がっしりと握手を交わすリースとミュリエル。恋愛感情はともかく、友情は芽生えたようだ。
その光景を見ていたカディナは──。
「何を楽しそうに握手を交わしているのですか、リース・ローヴィス……っ!!」
ビキリと、彼女が手を添えていた建物の壁に亀裂が生じ、建築材がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「私という『宿敵』がいながら、甘味に現を抜かし、あまつさえ女の子と手を繋ぐなど、恥を知りなさい……!」
勝手に宿敵認定されているリース。
カディナにとって、倒すべき相手が惰弱である事実が許せないのだ。
──本人にしてみればはた迷惑な話である。
もちろんそんな評価を知るよしも無く、リースたちはお目当ての店へと向かう。
「おっと、このままでは見失ってしまいます」
己が纏っていた風の魔法を解除すると、カディナは何気なく表通りに出て歩く。気配が元に戻り、周囲の者にとってはカディナが突然現れたかのように感じられた。
唐突に美少女が現れ注目を集めるも、カディナは気にするそぶりを見せない。幼い頃より目立つ容姿をしている彼女にとって、周りの注目を集めるのは日常的であった。
そしてある程度接近し、気づかれるか否かの微妙な距離に到達すると再度風の魔法で気配を消し、物陰に隠れる。この繰り返しだ。
……やっていることは完全にストーカー行為だが、やはり本人は全く気が付いていなかった。
カディナ当人にとっては、リースやアルフィの魔法に関する情報を集める大義名分(?)がある。朝は起きられなくて無理だが、彼が登校してから放課後のまでの行動を影から観察し、一つでも多くの情報を得ようとしていた。
当然、その(ストーカー的)観察の一環で、ミュリエルがリースに近づいた目的も知っている。由緒正しきアルファイア家の自分はこうして秘密裏に調査をしているのに、なんと不遜な行為であろうか。
負けてなるものか、とカディナはミュリエルが以降、より真剣にリースの観察行為を続けていた。
──真剣に空回っている感が否めないが、悲しいことにそれを指摘してくれる人物が彼女の側に居なかった。
カディナのボッチ疑惑が浮上している間に、リースたちは目的のケーキ屋に到着した。
ラトスの言っていたとおりに大層な人気を博しているようで、店の前には長蛇の列。ほぼ全てが女性であり。店のデザインも女性向けになっている。『男子禁制』のような空気が立ちこめていた。
「……な、なぁリース。本当にこの店に入るのか? 俺にはちょっと難易度が──」
──チリンチリン。
「こんちゃーっす。予約してたリースでーす」
女性率の高さに気後れしたアルフィだったが、、リースは躊躇無く『予約客専用』と描かれた戸口前に置かれたベルを鳴らした。
「一切の迷いが無かったねこの男」
「甘味の前に人類は皆平等だ」
「まさしく、甘味の前に性別の差など些細な問題」
「どれだけ甘味を崇め奉ってるの君たち……」
リースとミュリエルの熱い信仰に、ラトスは力なくツッコミを入れた。ラトスも学習しているのである。真剣に返していると疲れる一方だからだ。
呼び鈴を鳴らして少し待つと扉が開き、可愛らしいデザインの給仕服を纏った女性店員が出てきた。
「リース様ですね。お待ちしておりました。すぐにお席の方までご案内いたしますので店の中へどうぞ」
笑顔を浮かべる店員が、店の中へと誘う。
「ちょ、まっ、こ、心の準備が」
「さ、入る入る。女性下着の販売店に入るわけじゃ無いんだからビビってんじゃねぇよ」
「たとえが酷すぎるね」
「甘味の前に羞恥心を感じるなど、修行が足りない」
「どんな修行が必要なんだ!?」
尻込みするアルフィの背中をリースが押して強引に進める。その後ろにラトスとミュリエルが続き、わいわいと騒ぎながら店の中に入っていった。
さすがに建物の中に入られては風の魔法を使っても音を拾うことはできない。カディナは慌てて彼らの後を追うように店の中に入ろうとしたが。
「…………うっ」
店の扉に近づいた瞬間、カディナの背筋がゾクリと震えた。
恐る恐る横に視線を向けると、長蛇の列を作っている女性たちが『列抜かしてんじゃねぇぞ我ぇっ!!』と言わんばかりの凄まじい眼光をカディナへ放っていた。
──糖分はなぁ、遊びじゃねぇんだよ!!
カディナはリースの叫びを思い出した。
その言葉に間違いは無かった。
そこは紛れもなく戦場であった。まるで敵に囲まれ孤立無援の状況に陥ったかのような焦燥感や焦りが全身を支配する。いくら卓越した魔法を扱おうとも、甘味を前にした女性を相手にすれば敗北は必至。そう確信させられる濃厚な敗北の気配を感じ取っていた。
──結局、カディナは女性たちの『列抜かしてんじゃねぇぞ我ぇっ!!』な眼光に従い、長蛇の列の最後尾に並んだのであった。
どうしてこうなった感が否めない。カディナがどんどん妙な方向に進んでいる。
「いいぞ、もっとやれ」とナカノムラの中に存在している悪魔が囁いているのです。
天使? 彼女は「安心しろ、平常運転だ」とか言っちゃってます。