第三十四話 理性と本能のハザマ──朝練の一幕
今までで最も遊んだ回かもしれない。
魔法使いは一日にしてならず。
──なんて言葉があるかどうかは不明だが、日々の積み重ねが強さの秘訣なのは間違いない。
ゆえに、俺は学校の授業が始まる前に朝の鍛錬を毎日欠かさず行っている。一通りの鍛錬内容をこなすには日が昇る前に起床しなければならない。村にいたときよりも早い時間の起床だが、その分早めに寝ているので問題ない。
普段通りに身支度を整えてから、まずは学校の外周で走り込みだ。
──しばらくして走り込みを終えて、広場へ向かうとすでに先客が居た。
アルフィ……ではない。
毎朝の鍛錬に広場の中央部に、黒髪の女子生徒──ミュリエルが横たわっていた。
「──zzzz」
……気持ちよく寝ている。
気候的には暖かくなってきているが、まだ朝は少し寒い。掛け布団もなく広場の真ん中で寝たら風邪を引きそうだ。
どうしてこんな場所で寝ているのか、という疑問はさておこう。
俺は熟睡しているミュリエルの側にしゃがみ込み、肩を掴んで揺すってやる。
「おい、起きろ。こんなところで寝てると風邪引くぞ」
「──あと十二時間」
ベタな寝言が返ってきた。十二時間たったらもう寝る時間だぞ。
──ポヨンポヨン。
なかなかに目を覚まさないミュリエルを揺さぶっていると、弾むような音が聞こえてきた。
いや、実際に音が鼓膜を揺さぶったわけではない。脳裏に直接響きわたるような感覚だ。
「────ッッ!?」
重大な事実に気が付いた俺は、慄きながら再度ミュリエルの躯を揺すった。
すると。
──(ユサリ)ポヨン。
………………。
──(ユサリユサリ)ポヨンポヨン。
………………。
──(ユサユサユサリ)ポヨポヨポヨン。
………………。
「こ……これは……まさかっ!?」
なんということだろう。
俺がミュリエルの躯を揺さぶる度に、彼女の大鉄球オッパイが、大鉄球とは思えないような極上の柔らかさを発揮し、上下左右たわわに揺れている。
そう、揺れているのである!!(大事なことなので二回)
本来ならば音として聞き取れないはずの『乳揺れ』を、俺の中にあるオッパイセンサーが『乳揺れ音』として変換していたのだ。
俺は自らの躯に起こった神秘と、目の前にある女体の神秘に感謝した。
そしてハタと気が付く。
これだけ揺らしていても、ミュリエルが変わらず規則正しい寝息をたてている。
……これっておっぱい揉めるんじゃね?
「いやいや、それはさすがに不味いよ、うん」
オッパイ紳士はオッパイに対して紳士でなければならない。
ゆえに、極上のオッパイを持つ者に最大の経緯を払い、決してその意志をないがしろにしてはならない。たとえ深く寝入って無防備を晒している巨乳を目の前したとしても、理性を持って対応しなければならない。
だが──。
「くっ、右手が……俺の右手がっ!?」
俺の本能が、ミュリエルの胸を蹂躙しようと暴れ回る。
俺は理性で本能の手首を掴むとその寸前で暴走を阻止した。けれども、本能は理性を振り切らんと必死の抵抗を見せる。
──俺の脳内会話──
理性「やめろ本能! 無断乳揉みはオッパイ紳士にあるまじき愚行だぞ!」
本能「止めるな理性! そこに乳があるなら何の躊躇いがある!」
理性「馬鹿者! よく相手を見ろ! そいつは初対面の相手に既成事実を迫ろうとした曲者だぞ!」
本能「五月蠅い! 曲者だろうが直者だろうがおっぱいはおっぱいだ! 乳に貴賤も罪もない!」
理性「痴れ者が! 相手が例え曲者で無かったとしても、無抵抗の乳を揉むなど百の罪にも勝る蛮行! それを自覚できぬ者に乳を揉む資格無し!」
本能「ぬぉぉぉぉぉ!? おのれ理性ぇぇぇぇ!」
──理性が放った正論という名の槍が、本能に突き刺さる(注意 あくまでイメージです)。
理性「やったか!?」
本能「──いいだろう、今日のところは引いてやる。だが覚えておけ! 私は常に虎視眈々と乳を狙っているという事を! 私は常に理性と共にあるのだと! 我々は切っても切り離せぬ表裏一体の存在であると!」
理性「分かっているとも。我々は相容れぬ者同士であると同時に、同じくオッパイへの愛を捧げるもの。いつの日か、本能とも分かりあえる日が来ると信じているぞ」
──脳内会話終了──
「ふぅ、危なかったぜ」
どうやら、今回の戦いは理性が勝利したようだ。暴れ回っていた本能が落ち着きを取り戻すと、俺は額に滲んでいた汗を拭った。
改めて、俺はミュリエルの躯を揺さぶろうと手を伸ばすと、不意に彼女と目が合った。
…………ん?
いつの間にかミュリエルの目がぱっちりと開いており、こちらを見上げていた。
「……いつから起きてた?」
「今」
無駄を極限まで省いたような受け答えをして、ミュリエルは躯を起こした。それから己の胸を軽く触ると。
「揉まれた形跡が……ないだと──っ!?」
「なんでちょっと戦慄した風に言うわけ?」
「無防備な姿を晒せば、オッパイ好きのあなたなら飛びつくと思ってたのに。私としたことが計算を間違えた」
危ない。計算通りの行動をする一歩手前だったぞ。
「あわよくばこれをネタに脅して恋人関係を結ぶつもりだったのに──あ、これは言っちゃ駄目だった」
策士なのかアホの子なのか、いまいち迷うなこの巨乳。
「で、乳揉みトラップの為にここで待ち伏せてたのか?」
策にハマりそうだった事実はもちろん隠して、俺はミュリエルに問いかけた。
「毎朝あなたがここで鍛錬をしているのは知っていた。だからその様子を見せてもらおうとここで待ってたら──」
「待ってたら?」
「──眠気に耐えられなかった」
朝が早い職人等をのぞけばまだ誰もが寝静まっている時間だからな。俺は慣れているからいいが、他の人間にとって起きるには早すぎるか。
「でも、そこで私は閃いた。ここで無防備に寝姿を晒していれば、後からあなたは私の乳を揉みしだくのではないかと。なので、私は押し寄せる睡魔に身を任せていた」
「俺じゃなくて、他の野郎が通りかかってたらどうすんだよ。下手したらお持ち帰りされてるぞ」
自信ありげに策を語ったミュリエルに、俺は冷静に言った。
すると、彼女はピタリと動きを止め、口からぽつりと。
「……その発想はなかった」
やっぱり、ちょっとアホの子だわ。
「それで、結局はどうすんだ? 俺はこれから朝練を始めるけど」
「もちろん、見学させてもらう」
そのためにわざわざ日の出前の早朝に起きたんだろうしな。
……さっきまで夢の世界に居たようだけど。
危ないのでミュリエルには少し離れた位置に移動してもらう。
「さぁ、やりますか」
大きくはない、それでいて躯の『芯』から声を発するイメージ。弛緩していた意識を切り替え、集中力を高めていく。
最初は単純な筋力トレーニングだが、どこに一番負担が掛かっているのか具体的にどこを鍛えたいのかを明確に意識することで、質の良い効果が発揮される。
「すこし聞いていい?」
「なんだっ!」
拳を振るっていると、ミュリエルが傍らから声をかけてきた、俺は動きを止めずに言葉を返す。
「あなたの動きは非常に理に叶っている。素人が独学で鍛え上げたとは思えない練度」
「そりゃっ、教えてくれる人がっ、いたからな!」
大賢者の婆さんはあんなちみっこい姿をしていながら、格闘術の達人だ。小柄な体躯でリーチは無いが、それを補って余りある膂力と技量をかね揃えていた。
最近は良い勝負ができるようになってきたが、それでも純粋な格闘戦での勝率は良くて三割程度だ。
「その教えてくれた人も、魔法使い?」
「当然だろっ」
「普通、魔法使いはそこまで肉体に重きをおかない」
「むしろ、婆さん的にはっ、世間の魔法使いが肉体を蔑ろにしすぎだってよ!」
いかに優秀で強力な魔法を会得しようとも、それを扱う魔法使い自身が未熟では宝の持ち腐れ。そして、豊富な魔法も卓越した技量も、それを支える体力が無ければ意味がない。
魔法を操る技量と扱う心得、そしてそれらを支える躯。
心技体が揃ってこその魔法使い──婆さんが常に口にしていた真理だ。
──それから俺はミュリエルの質問に答えながら、朝練を続けたのである。
アブソリュートの年内更新は今日が最後です。
みなさん良いお年を。