第三十一話 単純なものは頑丈です──つまりは慣れの問題
サブタイトルが真面目でちょっとモヤっとする
防御魔法は消費魔力の多さを除けば、扱い易さは随一である。
言い換えれば、防御魔法の真価は魔法使い自身の技量に大きく左右される。
防御魔法の基礎中の基礎である『防壁』ですら、その奥深さは並みではない。ただ魔力を固めて壁状にしてしまえば完成してしまうこの魔法だが、手を加えようとすればいくらでも改良の余地があるのだ。自由度の高い魔法であるが、自由度が高すぎて効果的な形を模索するのが大変だったりもする。
現在の主立った改良方法は『三層構造』と『ハニカム構造』。これを両立すると、単純に防壁を構築するよりも遙かに高い魔力効率と強度を得ることが出来る。
更に、拳に纏わせれば近接戦闘用の『手甲』。複数の防壁を己の周囲に張り巡らせる『広域結界』などなど、様々な魔法に派生する事も可能だ。
ただし、当然ながら通常の防壁よりも難易度が上がる。
「五本の指先に均一の大きさをした六角形を作る所から始めたな。こんな感じに」
俺は指を一本ずつ立てながら、それぞれに穴の空いた六角形の防壁を展開する。ついでに左手でも同じ事をしてみる。
「……なんかキモい」
「おいこら、おまえが見せてくれって言ったんだろ」
「僕は君の防壁について聞いただけであって、そんな曲芸を見せてほしかった訳じゃない」
「だから、これくらいの芸当が出来ないと『ハニカム防壁』は作れねぇんだよ」
放課後、俺とラトスは『訓練場』を訪れていた
学校内で魔法を全力で扱える数少ない場所の一つで、申請を教師に出せば利用が可能だ。
ただ、魔法の中には広い範囲に効果を及ぼす魔法もあるので安全の都合上、訓練を行う生徒同士が離れていなければならない。よって、一つの訓練場を一度に使用できる生徒の数には限りが出てきてしまう。
とは言うが、順番待ちを気にする必要はあまりない。
ジーニアス魔法学校の敷地はとにかくデカい。学生同士の戦い『決闘』の為に使用される決闘場の他にも、学生が魔法の練習のために使用が許可されている訓練場も更に複数ある。
定期的に行われる試験の期間中ならまだしも、平時ならどこかの訓練場になら必ず入れる。
定期試験が開始されるのは一ヶ月以上も先だ。俺たちが今いる訓練場も人気は少なく、俺たち以外の生徒がまばらにいる程度。
本当は俺一人で訓練場にくる予定だったのだが、偶然に教師に申請する場面でラトスが通りかかり、どうせならと一緒に魔法の訓練をすることになったのだ。
で、訓練場に来たら、早速ラトスが防御魔法について聞いてきたわけだ。
「ってか、これはぶっちゃけ初歩段階だからな」
「……え? これで初期段階?」
「今度は指先に作ったハニカムの周囲に六つのハニカム作って、全部の指先で同じ事をする」
言葉通りに実践すると、ラトスが眉間に手を当てて渋い顔になった。
「……ちょっと頭が痛くなってきたよ。よくそんなこと出来るね」
「おまえだって水連射を殆ど一瞬で投影できるだろ。それと同じで慣れだよ慣れ。で、こいつを意識せずに出来る段階になってくると──」
俺は両手を叩き合わせ、それから片手を正面に突き出す。
大量のハニカムが組み上がり、最後には薄い二枚の防壁を前後から重ね合わせれば、巨大な一枚の壁となる。本来は一瞬で完了する行程を、外から見て分かりやすいようにゆっくりと行った。
「ほい、ハニカム式防壁の完成。参考になったか?」
「……参考になったけど、すぐに同じ事は出来そうにないね」
「簡単に真似されたら俺が泣くっての」
今でこそ反射的に作れるこのハニカム防壁だが、ハニカム構造を防壁に組み込む際には相当な試行錯誤を繰り返した。
ハニカムの大きさを全て均一にしなければ、組み合わせたときに隙間が出来て強度が減るし安定性も失われる。均一化に成功しても今度はそれを短時間で投影するためには気の遠くなるような反復練習が必要だった。
何度も何度も練習していたらだんだんと頭の中が空っぽになっていき、空っぽの頭で何度も何度も行っていると、普段でも意識せずに出来るようになっていのだ。
結局は〝慣れ〟の問題である。
防壁を消してからラトスの方を見ると、ラトスは不思議そうな顔をしていた。
「まだ何か質問があるのか?」
「あ、いや……僕から聞いてあれだけど、随分とあっさり教えてくれたなって」
「今言ったとおり、教えてすぐに取得できるよな技術じゃないからな」
「確かに難しい。けど、時間をかければ僕でもある程度形には出来ると思う。けど、こう言った知識や技術って秘匿するのが普通じゃない?」
普遍的に広まっている魔法ならともかく、個人が独自に開発した魔法というのは魔法使いにとっての大きな武器だ。解き明かされるまでは他の魔法使いに対しての優位性を得られる。安易にそれを手放した俺に、ラトスは疑問を抱いたのだ。
それに、どれだけ複雑そうに見えても扱い易さでは類を見ない防御魔法だ。センスのある奴だったら模倣は可能だ。ラトスとの決闘で、ハニカム構造の概念は決闘を観戦していた全生徒に届いている。人伝でそれ以上に広がっていると思っていいだろう。
「別に真似するなら、それはそれで構わないさ。真似する奴がいるなら、それは防御魔法が認められたってのと同じ意味だからな」
「あ……確かに」
ラトスがはっとした顔になる。
意味のない魔法を真似する者はいない。逆を言えば意味のある魔法ならば真似しようとする者は必ず出てくる。それに容易く手が伸びるのならばなおさらだ。
防御魔法に関する偏見を無くしたい俺としては、願ってもない事だ。
「ハニカム防壁は制御こそ面倒臭いが、構造そのものは非常に単純だ。でもって、単純な仕組みってのは頑丈に出来てる。仕組みがバレてもあんまり問題はない」
少し挑発的な笑みを向けてやると、ラトスがむっとした表情になった。
ラトスがあれこれとハニカム防壁に質問したのは、興味があったのは間違いないだろうが、それ以上に俺の使う防壁の詳細を知るためだ。
ラトスは俺に決闘で負けた日の夕方に、わざわざリベンジを宣言しに来るような奴だからな。一緒に訓練をしようなどと言い出したのは、結局のところは俺の攻略法の足掛かりだ。
「……全部分かっていたのに、どうして誘いに乗ったのさ?」
「言っただろ。仕組みが分かったからと言ってそう簡単に攻略できるような柔っこい魔法じゃないってさ」
仮に、今の説明でラトスが俺の気づかないような弱点を見つけたとしても、それはそれで問題なかった。
「防御魔法の扱い易さは随一だからな。更に改良を重ねれば全く問題ない」
「前向きだね……」
俺の答えに、ラトスは感心とも呆れともとれる顔になった。
前向き──とは少し違うな。
俺にとって、防御魔法は最大の武器であると同時に、最高の玩具だ。こちらの意図次第でいくらでも姿を変えるこの魔法を弄くるのがただひたすらに楽しいのだ。
「好きこそものの上手なれ──ってね。……ん?」
何気なく訓練場を見渡すと、一つの目線とぶつかり合った。
少し離れた位置に、こちらを眺めている女子生徒を見つけたのである。
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