第三十話 お勉強します──だって学生だもん
真面目に授業のお話。
ちょっと短めです。
魔法の授業は実技だけではなく、教室内の講義もある。実践に勝る経験はないが、経験を得る前の予備段階として知識は必要になる。生半可な知識で魔法を扱い、大惨事になる場合は少なくないからだ。
「昨今における魔法使い同士の戦い方では、威力よりも魔法の速度が重要視される傾向がある。壁役となる前衛がいてくれるならともかく、顔を付き合わせて長ったらしい投影をするなんて馬鹿らしいからな」
魔法関連の授業を担当するのはゼスト。彼の魔法に対する深い知識はここ一ヶ月近くの授業でクラス全員に知れ渡っていた。皆が真剣な様子で授業内容に耳を傾けていた
ゼストが黒板に要点を纏めながら説明文を記していく。
「相手が大群ならまだしも、人間一人を倒すのに高威力の魔法を使うなんざ馬鹿のすることだ。人間ってのは当たり所が悪けりゃ小石一つでも軽く死ぬ。でもって、魔法使いにとっちゃぁ小石投げるよりも初級魔法を投影する方が遙かに楽だ」
俺だったら小石を全力投球する方が簡単だが、肉体を鍛えていない通常の魔法使いなら初級魔法の方が手軽なのだろう。
「ただ、戦闘時における魔法使いの衣装は、基本的に魔法的な防護策が取り込まれてる。お前さんらが着ているジーニアスの制服にも簡単にだが魔法に対する耐性処理が施されてる」
初級魔法なら気休め程度に軽減されるらしい。それでも直撃を受ければ結構痛い。
「よって、初級魔法だけで敵の魔法使いを倒すのはかなり難しい。ま、痛いのには代わりがないから、相手の投影を妨害する手段としては効果的だ」
投影の難易度が上がれば時間と共に相応に繊細な制御が求めらる。痛みが生じれば制御に乱れて強制的に中断させられる。制御を誤り投影が中断をさせられると魔法が意図せぬ形で発動し、最悪は魔力が暴発する。当然、その暴発の至近距離にいる魔法使いも危機に晒される。
「そこで編み出されたのが『同時投影』だ」
簡単に内容を言い表せば、『異なる魔法を同時に投影する』技術を指す。
「よく使われる手段としては、初級魔法を発動しつつ、その傍らで中級魔法を投影する──ってな具合だな」
例を挙げるなら、俺が決闘していたラトスが使っていた魔法を思い出すと分かりやすい。ラトスは初手に水連射を発動し、それと同時に水榴弾を投影していた。これがまさに同時投影。
「初級魔法で敵を牽制、あるいは敵の初級魔法を相殺しつつ、チャンスがあれば傍らで投影していた中級以上の魔法を放つ。これが魔法使い同士の戦いにおける定石だ」
牽制に使う魔法が初級魔法である必要性はない。即座に発動できる魔法であれば中級魔法でもいい──まぁ、その場合は色々と制限があるが。
「同時投影は現代の魔法戦では必須技術といっても過言じゃぁ無い。一発の浪漫火力に全てを賭ける戦法は俺も嫌いじゃぁないが、そいつを極めるよりかは同時投影を実用段階まで取得した方が楽だ」
一発屋は一発外すと色々な意味で終わってしまう。それよりかは臨機応変に立ち回れる同時投影を素直に取得した方が実用的なのは間違いない。
「ただ、同時投影は片手間で取得できる技術じゃぁない。右手で『円』を書きながら、左手で『三角』を書くような同時処理が必要になるからな」
ゼストの説明は非常に分かりやすいが、難易度はもっと高い。
異なる作業を同時に行うのは口で説明するよりも困難だ。一瞬で発動できる初級魔法と同時に中級魔法──というのならともかく、中級魔法の傍らに別の魔法となると求められる脳の処理能力が飛躍的に増す。
「更に、同時投影で魔法を投影すると、単純に二つの魔法を発動するよりも魔力の消費量が割り増しになる。この割合は、単体で魔法を発動したときの魔力量が大きければ大きいほど飛躍的に増していく。でもって、人間が一度に扱える魔力は、内素魔力量に比例する」
中級魔法をちょうど二発、あるいは上級魔法を一発放てる魔法使いがいるとする。この魔法使いは中級魔法を一発ずつ、合計二発の発動できるが、同時投影で二つ同時に中級魔法を投影することは出来ない。これがもし計三発の中級魔法を放てる魔法使いなら、中級魔法二発の同時投影は可能である。
──一連の説明を板書したゼストが、白いチョークで己の書いた黒板の図をカツカツと叩く。
「この学校の生徒でこれほどにしょっぱい内素魔力しか持たない奴はいないだろう。けど、分かりやすく説明するとこんな感じだな」
──約一名、ここにいます。
俺の心の声はもちろん届くことなく、ゼストの話は続く。
「つまり、内素魔力の量で同時投影出来る魔法ってのは限られてくる。だからこそ、牽制代わりに使われるのが初級魔法事が多い。中級魔法ならともかく上級魔法を二発同時に発動ってのは、実用的ではない。下手したら投影の段階で消費魔力が激しくて意識が吹っ飛ぶ」
……〝それ〟を出来る人物を、俺は二人ほど知っていたりする。口にしただけでは誰も信じてくれそうにないので、黙っておく。
「まぁ、処理能力が跳ね上がる代わりに、投影に必要な魔力を格段に減らす方法があったりするが……」
と、ここで授業終了を告げる鐘の音が響きわたった。
「今日の授業はここまでだな。同時投影には応用性が高く非常に便利だが、制限もある。こいつはテストに出すので確実に覚えておけ。テストだけじゃなくて、魔法使いとして非常に重要だからな」
微妙に後を引くような幕引きで、今日の魔法学は終了したのであった。
消費がでかい魔法を同時に投影すると、消費魔力が割り増しになる、ということをわかっていただければ良いです。
今回のお話に関して、設定云々に対する疑問は受け付けませんので悪しからず。
でも、それ以外に関する感想文は大歓迎。レビューも頂けると嬉しいです。
一月九日時点──当話本文の終盤を書き換えました。