第二十九話 一年生の間で話題です──おや、誰か忘れてません?
作者も予想外の、本日の更新。
今日はちょっとだけ影の薄かった彼女が主役。
学校生活が始まって一ヶ月近く。
一年生の間ではとある三名の話題で持ちきりだった。
──一人は、リース・ローヴィス。
平民の出であり、落ちこぼれの代名詞とも言える『防御魔法』の適正を持ちながら、ジーニアス魔法学校への首席合格を成し遂げた異端児。
魔法使いとしては異端な戦い方ではあるが、その実力を今年度最初に行われた決闘で多くの観客──生徒たちに知らしめた。
防壁に用いられたハニカム構造。それを大いに活用した広域結界。さらには反射を利用した三次元的な戦闘機動。どれもがこれまでにない防御魔法の運用法だ。
入学式での不遜な宣言は決して虚勢では無かったのだと見せつけるような全く圧倒的な戦闘能力を発揮したのだった。
また、そのふざげた言動や態度に反して、学業面でも非常に優秀な成績を残している。平民出身であるために、貴族の教養面に関する授業では後れをとっているが、その他の科目では主席合格者に恥じぬ結果を出している。特に歴史の授業では時折教師顔負けの知識を披露することもあった。
──二人目はアルフィ・ライトハート。
こちらもリースと同じく平民の出身でありながら『四属性持ち』という世界的に見ても希有な存在であり、魔法使いとしての能力は一年生の中でもトップレベル。
『決闘』も何度か挑まれるもその全てにおいて圧倒的な実力者で勝ちを得ている。実際に四属性を同時に操った光景は、『未来の英雄』の姿を彷彿とさせるほどであった。
加えてルックスもそこらの貴族も裸足で逃げるほど整っており、その上で好青年。学業面に関しても優秀と、非の付け所を見つける方が難しい。現時点で女子生徒からの高い人気を誇っている。男子生徒も一部は嫉妬の目を向けるが、その大半は彼の人当たりの良さに好感を抱いていた。
──三人目はラトス・ガノアルク。
彼はリースに決闘を挑んだ事で有名になっていた。ただ、それは決して侮りを込めて事ではなく、むしろ、あれほど異端な戦いをしたリースを前にして果敢に挑む姿が多くの賞賛を浴びていた。
魔法の残滓(水溜まり等)を利用し、上級の魔法を素早く発動させる巧みな腕前が高い評価を得ている。実力で言えば(リースやアルフィを除いて)ノーブルクラスの生徒に比肩するほどのものであるとされていた。今後の成績の行方次第ではノーブルクラス入りも決して夢ではないと噂されている。
そして、時には女とさえ見間違えてしまうような容姿も話題を呼んでいた。アルフィとはまた違った方向性で女子から高い人気を誇っており、アルフィと揃っているとその場に女子達の群ができあがるほどだ。
──なお、リースに対する女子の黄色い悲鳴はまだ無い。
この三人の話題ではあったが、一年生の全員が快く受け止めているわけではなかった。逆に、大きな不満を抱えている生徒も存在していた。
「非常に不愉快で仕方がないわ」
──カディナ・アルファイアもその一人であった。
彼女は自室の席に座り紅茶を飲んでいたが、その顔には素人目にも明らかな苛立ちが浮かび上がっていた。
ジーニアス魔法学校に通う生徒の大半は、魔法使いとして優れた血筋を有する名門貴族の出身。
その中でも、カディナの実家であるアルファイア家は優秀な風属性魔法使いを多く排出してきた名門中の名門。
名門・オブ・ザ・名門だ。
父親は既に現役を引退し家督を嫡男である息子に譲っているが、過去には他国との戦時において勇名を馳せた猛者。第一線からは退きながらも、未だに国内での大きな発言力を持っている。
現当主である嫡男──カディナの兄は、国軍の要戦力である『魔法騎士団』の一つを率いている。それだけではなく彼も過去にジーニアス魔法学校に通っており、首席で卒業している。
彼女の下にも幼い弟がおり、既に優秀な才能の片鱗を見せている。
『エリート家系』という称号がこれほど似合う家庭もそうはないだろう。
アルファイア家の血と、その血を引く自身に対して、カディナは誇りを持っていた。いずれは兄と同じく首席でジーニアス魔法学校を卒業し、騎士団へと入団して兄の補佐をするのが彼女の夢であった。
──その第一歩として目指したのが、魔法学校への入学試験。その首席合格だ。
彼女は名門であるが故の勝ち気な気質は持っていたが、才能に胡座を掻くような愚者ではなかった。ジーニアスに入学する前に通う中等学校では常にトップの座を維持し、そのための努力を怠らなかった。
けれども、将来への踏み台となるべき最初の一歩は、初っ端から暗礁に乗り上げていた。他ならぬリースという平民の存在によってだ。
入学試験では首席合格を逃し。
魔力測定では己に匹敵する魔力量。
威力測定では得体の知れない魔法の発動。
先日の『決闘』では、魔法使いの定石からかけ離れた戦闘法を見せつけられた。リースの魔法を詳しく探るためにカディナも第一決闘場での試合は観戦していたが、威力測定時に見せた魔法の真実を見いだすには至らなかった。
それでも、リースの強さの一端を知ることは出来た。
あの日の決闘が終わった時点で、カディナはリースに対する嘲りを捨て去り、そして受け入れた。
リースの首席合格に嘘偽りは無く、なるべくしてなった結果なのだと。防御魔法の使い手であり平民の出身であろうとも、それは彼の一部であって全てではないのだと。
──だからといって、彼の全てを許容できるかは別問題であった。
「どうして、一年生の間で話題になっている者の中に私がいないの──ッ!!」
空になった紅茶のカップをテーブル上の受け皿に戻すが、苛立ちが指先から伝わり音を立ててしまった。カディナはその音に更に顔をしかめる。
リースとアルフィが話題にあがっているのは──まだ理解できる。どちらも挑まれた決闘にて圧倒的な能力を発揮した。彼らに対抗できる一年生は、カディナを含めて極僅かだろう。
ラトスも、リースに負けてしまったが見事な魔法の腕を発揮した。見た目的にも人気がでるのは納得できる。
……ただどうしてか、ラトスの姿を見ているとカディナは毎回のように言い表せない違和感を覚えていた。全く根拠はなかったが、いつも首を傾げてしまう。
彼らが話題にあがるのはまだ分かる。
なのに、名家という背景を持ち、首席合格は逃しつつも次席を得た己がどうして話題にならないのかが腹立たしかった。
進んで名前を喧伝するつもりも、権力を傘にするつもりは毛頭無い。そんな真似は誉れ高きアルファイア家の名に泥を塗る。寧ろ、その手合いはカディナが忌み嫌う行為の一つだ。
「だとしても、このままではこのカディナ・アルファイアが話題の三人に劣っているようではないですか!」
──カディナが苛立っている最大の原因はこれであった。
ノーブルクラスではないラトスが話題になっているのに、なぜノーブルクラス次席である己がそうでないのか。
彼女も誇りやなんやといっても多感なお年頃に代わりはない。同世代に対しての嫉妬心を抱くのは自然だった。
リース、アルフィ、ラトスが話題になった大きな理由の一つは、決闘でその実力を観客(=生徒)に知らしめたからに他なら無い。ならば、自らも決闘を行い、実力のほどをアピールすればいいのだ。
なのに──。
「どうして誰も私の挑戦を受け入れてくれないの!?」
彼女が苛立っている理由の次点がこれである。
リースたちと同じく、決闘を行い実力を見せつけようにも、カディナは決闘を挑んだ相手に悉く断られているのである。
決闘を教師に申請するには決闘を行う二人の同意が必要となってくる。
当然であった。
一番の話題に上がっていないだけで、カディナの存在は一年生全体に知れ渡っている。アルファイア家の名だけにとどまらず、彼女自身の優秀さはジーニアス魔法学校に入学する前、中等学校の頃から有名であった。
そんな超優良血統と勝負をしたとしても、勝敗の行方は火を見るより明らか。負けがほぼ確定している戦いに挑もうとする気概のある生徒はなかなかいない。
更に言えば、カディナの同世代の少女達よりも飛び抜けた美貌の持ち主だ。圧倒的な存在感を誇る胸元でありながら、非常にバランスの取れた容姿に男性は当然として同性からも羨望の対象となっている。惜しむらくは本人は『多少は良い』程度の認識であり、己の美貌にあまり自覚が無いことである。
飛び抜けた実力と、やはり飛び抜けた容姿の持ち主に挑まれたら誰だって気後れする。恐れ多いとさえ思われているだろう。
以上の二点が、彼女が決闘を未だに行えない原因であった。
容姿に関しては無自覚にしても、カディナとて愚かではない。原因の一端が己の優秀さであるのは察していた。似たような経験が中等学校の時代にもあったからだ。
実は、決闘の申し出を受け入れてくれる一年生に心当たりはあった。
──リース・ローヴィス。
──アルフィ・ライトハート。
──ラトス・ガノアルク。
他ならぬこの三名だ。
特にリースは入学式で派手に『掛かってこい』と宣伝していたのだ。決闘を挑まれて断るはずがない。逆に嬉々として受け入れてくれるだろう。アルフィにしたって実力的には問題無い。ラトスも、リースとの戦いぶりを見るに挑戦を無碍にはしないはずだ。
彼らに挑み勝利すれば、彼女の名も一年生の間に響き話題を独占すること間違い無しだ。
勝利できればと、前置きがつく。
悔しい事に、リースとアルフィは未だに底が見えない。どちらも何度か決闘を行っておりその都度観戦していたが、二人とも明らかに余力を残した勝利ばかりだ。
カディナは自らの能力にプライドを持っていたが、自惚れ屋ではなかった。少なくとも、『本気の片鱗』を掴むまでは無策に挑むべきではない。このままでは二人に勝利するのは難しい。苦戦を強いられるのは目に見えていた。
ラトスは──彼に対しては何故か挑む気になれない。カディナの目から見てもラトスは優れた容姿を持っていたが、それに絆されたのでは無いと断言できる。なのに、彼の顔を見るとどうにも意欲が殺がれてしまうのだ。
とにかく、彼ら三人に対して、現状では様子見しかない。
だがそれではカディナが決闘を行う機会がない。
現状、手の打ちようがなかった。
だが──。
「良いです。今は素直に引き下がりましょう」
簡単に諦めては、アルファイア家の名が廃る。
カディナは椅子から立ち上がると、窓を大きく開け放った。
「ですが、いずれ私が一年生のトップに君臨し、やがてはジーニアスの頂点を飾るわ。首を洗って待っていなさい、三人とも!」
──ハァーっ、ハッハッハッハッハ!!
この日、女子寮全域に、謎の高笑いが木霊したという。
カディナ・アルファイア。花も恥じらうお年頃ながら。
……ちょっとだけ、脳筋であった。
……言いたいことはわかりますがちょっと言い訳をさせて欲しい。
昨日の更新分を書き上げた時点(12月21日)で良い感じに筆が乗り始めてたんです。
ただ既に深夜近くだったので次の日に持ち越して書いてしまったんです。
というわけで、全然休止してなかった!?
今日から休みます! 休みが一日ずれたと思ってください! 連続更新が一日延長したと思って許して!
それと、第4の部はこの次の話からの開始という形になりますのでよろしく。




