第二百六十六話 パフェ特盛三杯(友人たちとの語らい)
「あー、まだちょっと頭がボヤけてる気がする」
学校長からの呼び出しが終わったのち、俺はいつもの友人たちと一緒に街の喫茶店に足を運んでいた。運ばれてきた特盛甘味盛りをスプーンで摘みながらボヤく。
常にではないのだが、気を抜くと頭の中がぐわんとなるのだ。学校長と話している最中は気を張って耐えていたが、それも終わると酷いもんだ。
「ちょっと、大丈夫なんですか? やはり病院に行って精密な検査を受けた方が」
「世界最高峰の診断を受けてるから平気だって。時間が経ちゃぁ治るってよ」
カディナが心配そうに声をかけてくるが、問題ないと伝えると、少し不満げではあるものの納得し、香りの良い紅茶を口に含む。ラピスとミュリエルも同じような眼を向けてくるが、答えは変わらないのでひたすらパフェをパクつく。
このやりとりは、課外授業を終えて俺が学校に復帰してから何度も繰り返していた。よって、何度聞かれてもやはり同じ答えしか返してやれないのだ。
「にしても、いつもに増して糖分の暴力だな。見てるだけで胸焼けしてきそうだ」
「食わなきゃやってらんねぇの。半分くらいはやむおえなくだ」
アルフィもケーキを摘んでいるが、あちらは一皿。俺のそばには空になったパフェの容器が三つほど並んでいる。親友が顔を顰めたくのも理解できなくはない。
何もこれは自棄で食べているわけではない。普段からこれだけ食ってたら、普段の鍛錬を加味しても肥満一直線である。
──課外授業から帰ってきてからすぐに、俺は大賢者から色々と話を聞いていた。
九尾狐と戦っている最中に俺が成った状態。それに対する利点と欠点。
人間というのは、集中力が極限の域に達すると、頭の処理能力が一時的に増大する。視覚外の光景が見えるような感覚や、目に映る情景がゆっくりになるのもこの一環だ。
あの時の俺はまさしくそれである。ただ、取り込む情報量が常人のそれとは一線を介する桁違いのものであった。記憶が曖昧であるのは、記憶を保管する能力まで情報処理に費やしていた所為であると。
端的に言ってしまえば火事場の馬鹿力だ。
でもって当然、そんな状況になればでかい反動が返ってくるわけで。普段以上の能力を発揮した俺の脳は、とてつもない量のエネルギーを消費し、現時点を持ってしてもいまだにその消耗から抜け出ていないのだ。
頭がまだぼやけているのは、脳の熱量の枯渇を訴えているからであり、俺は今まさにその糖分をガンガン補給しているのである。
既に数日が経過しているのに、まだ補給が足りないあたりが、我が身で起こっている事ながら恐ろしい。
「幻獣……師匠から話には聞いたことがあるけど、あんなにすぐ近くにいたなんて。実際に目に出来なかった事が本当に惜しい」
ミュリエルがシュークリームを頬張ってから悔しげに言うが、溢れたクリームが頬についている。「はしたないですよ」と取り出したハンカチで拭いとる。
「俺だって運が良かったからギリギリどうにかなったけど、マジで死にかけたからな。学生レベル──というか、一流の魔法使いでも、絶対に遭遇しちゃいけない奴だ」
「よくそんな『常識の埒外』と遭遇して生きて帰れましたね、あなた」
「それはうん、俺も思ってる。一応、見たことはあるけどあの時は『保護者』がいたしな」
大賢者と学校長が割って入ってくれなかったら、こうして呑気にパフェを食べることもできなかっただろう。まさしく九死に一生を得たというやつだ。
俺が此度の課外授業で得た一番の成果は、『世の中、上には上がいる』という事実を改めて再認識したことかもしれない。リース・ローヴィスは一年の中では最強であるかもしれないが、学校から一歩でも外に出てしまえば遥かな高みが山ほどいるのだと思い知らされた次第だ。
口の中が甘味で一杯になるも、含んだ珈琲でほろ苦くなる。慢心していたつもりは毛頭ないが、どこか調子に乗っていたかなと思うと、今の俺の心境は実に苦味に満ちていた。
なんて柄にもなく黄昏ていると。
「そういえばリース、知ってる? 僕たちに絡んできたあの二人、退学したんだって」
「ああ、俺も学校長から聞いてるよ。実家の都合だってな」
話を切り出したラピスはどこか残念そうな吐息を漏らす。
「嬉しいって感じじゃなさそうだな」
「そりゃぁ、酷いことを言われはしたけど、発端は紛れもなく僕自身であるし、仮にも一時は一緒にいた仲だもの。関係を修復できる機会もあったんじゃないかなって思ってたけど……少し残念かなって」
学校長との約束で、エディとジルコの退学について詳しくは話せない。あいつらのしでかしを知ったら、いかにラピスとはいえこうした優しい台詞も出て来なかっただろう。
俺としてはあいつらがこれ以降、ラピスの人生に関わらないのであればそれで良い。だから本当のことを伝える必要もないだろう。
「………………」
「なんだよアルフィ。その思わせぶりな視線は」
「いや、別に。学校長とは随分と仲が良さそうだなと」
含みのある言葉を一方的に投げかけてから、アルフィは澄まし顔でケーキにフォークを差し込んだ。こいつにも学校長との話について詳細は語っていないが、長い付き合いの幼馴染だけあって、俺の言葉の端からある程度は察しているのかもしれない。
と、そこでふと思い出す。
「アルフィ。ヒュリア先生とはあの後どうなったんだ?」
「──ッ、ゲホッ、ゲホッ!?」
妙に気取った仕草で紅茶を飲む親友に率直に疑問をぶつけてやると、面白いくらいに咽せた。
「な、何を……ゲホッ……急になんなん……ゲホッ」
「あまりにも動揺が過ぎるだろ」
咳き込み目尻に涙を浮かべながらアルフィが睨みつけてくるが、俺も振っておいてあれだけどちょっとびっくりした。
「え、なになにどういうこと?」
「そういえば、課外授業が終わってからアルフィとヒュリア先生が会話している場面を以前より見るようになったような」
ラピスの目が面白いくらいにキラキラ光りだし、カディナも興味津々といった具合だ。さすがは年頃の女子である。わずかに漂う色恋の気配に敏感のようで見るからにワクワクしている。
「べ、別にどうもこうもないから! そりゃ前よりは親しみやすくはなったかなって思うけども! ただそれだけだから!」
それぞれの生暖かい視線を受けて、アルフィが必死に弁明をするが逆効果である。俺を含めてニヤニヤが止まらない。
「クラスの間でもちょっと話題になってる。以前に比べて、ヒュリア先生が優しくなったって。あと、なんだか機嫌良さげらしい」
ミュリエルがシュークリームをモゴモゴ食べつつも、口添える。気怠げな表情のままではあるものの、やはり興味は唆られているらしい。
「……どう思いますか、ラピスさん。脈、ありそうですか?」
「少なくとも脈が完全にないってわけじゃなさそうだね。機嫌が良いって理由が、アルフィの場合だけど。その辺り、ミュリエルはどう考えてる?」
「ヒュリア先生は名家出身のご令嬢。でも、アルフィは平民だけど四属性持ちの将来有望物件。卒業の進路次第では十分に釣り合いが取れるし、望みはある」
「当事者ほっといて勝手に盛り上がらないでくれるか! っていうか当事者っていうのもちょっと嫌だな!」
きゃっきゃと楽しそうに談義を重ねる女子陣に向けて、アルフィは真っ赤になりながら叫ぶ。が、色恋沙汰に興味津々な女子たちを止めるには至らない。話を振った手前、少しだけ悪いことをしたかと思わなくもない。ぶっちゃけ俺も、教師と生徒の恋愛という実に背徳的な関係性について気にならないと言えばやはり嘘であった。




