第二十五話 決闘の帰り道です──宣言されました
このお話で今の章は一区切りとなります。
ジーニアス魔法学校にはその規模に見合う大きな学生寮が存在している。家具こそ必要最低限のベッドや箪笥、勉強机しかないがその広さは平民が持つ一軒家の居間よりもさらに広い。貴族出身者が大半である生徒のほとんどは、実家から取り寄せたか都で購入した質の良い調度品を持ち込んでいたりする。
俺は現時点では必要性を感じていなかったので、家具は学校からの支給品をそのまま使っている。ただ、そろそろベッドは上等な物に交換しても良いのではと思い始めている。幸いに、俺は婆さんから譲り受けた『収納箱』がある。店で購入した後に収納箱放り込めば人手いらず。部屋でベッドを取り出せばすぐに終わってしまう。
明日の放課後にでも家具屋にでも行くかな──そんな事を漠然と考えながら、学生寮への帰路を歩く。今日は何かと騒がしかったので、多少の疲れも躯に感じていた。
だからだろうか、寮へと続く道の両脇には街路樹が並んでいる。その一本の陰から現れた姿に気がつくのが少し遅れる。
現れたのはラトス。
予感があったわけではないが、俺はさほど驚かなかった。
先程まで続けていた学校長との会話を俺は一旦忘れる。
俺が余計な一言を挟めばややこしいことになるのは目に見えていた。
俺はあえて気軽に声を掛ける。
「よぅ、躯の調子はどうだ?」
「……これが調子よく見えるか?」
「実は暗がりでよく見えない」
暗がりでよく見えなかったが、ラトスの顔に苛立ちの色が混ざるのは分かった。
「つい先ほど、学校の医務室で目が覚めたばかりだ。保険医の話では特に異常はなかったらしい……プライドの方はズタズタだよ」
肉体的には決闘で使われた『夢幻の結界』のおかげで無傷のはず。ただ夢幻になるのは物理面に限られ、精神面には作用しない。あの結界内であっても痛みは現実のように感じ、気絶すれば覚醒にも時間がかかる。
そして、敗北で植え付けられた屈辱もそのまま残る。
てっきり怒鳴り返してくると思ったが、意外なことにラトスは苛立ちの表情を引っ込めると落ち着いた様子で口を開いた。
「負けた事への悔しさはあるけど、それよりも言っておきたい事がある」
ラトスは俺の前まで歩み寄ると、
「食堂で発した暴言の数々、大変申し訳なかった」
──深々と頭を下げてきた。
予想外の反応にたじろぐ俺を余所に、ラトスは頭を下げたまま続けた。
「君と闘ってみて思い知らされたよ。防御魔法も極めればあれほどまでに強力な魔法となるのだと」
「あ……いや、極めるほど俺も強くはないし……」
反射的に俺は大賢者の姿を思い浮かべた。純粋な体術なら良い勝負だが、魔法込みの総力戦となると俺はまだ婆さんの足下にも及ばない。
「だとしても、君が入学試験で主席合格の座を得たのも十分に頷けた。あれほどまでの実力を持つのなら、決して不可能ではない。不正だハッタリだなんて言葉を口にして、本当に悪かった」
ラトスの謝罪に、俺は背中がこそばゆくなった。防御魔法が認められた事への嬉しさやその他いろいろな感情が混ざってどう答えれば良いのか分からなくなってしまう。
「……分かったから、頭を上げてくれ。正直、人様に頭を下げられる経験がなくてどう反応していいのか迷う」
「こちらの謝罪を受け入れてもらった、そう捉えてもかまわないかな?」
「それで良いから」
とりあえず頭を上げて欲しくて、俺はつい投げやりに答えてしまった。元々、ラトスに思うところはさほど無かった。この学校に入学してから向けられると予想していた生徒の反応の域を越えていなかった。一々気にしていてはこの先やってられない。
ラトスはホッと息を吐くと頭を上げた。
「けど、これで終わったと思うなよ」
ただ、次の反応が俺の予想を少し超えていた。
「確かに君の防御魔法が凄いのは認める。今日の敗北も屈辱も僕が未熟だったが故だ。甘んじて受け入れよう」
ラトスはビシっとこちらを指さして言い放った。
「でも勘違いするな。これは黙って引き下がるという意味じゃない。今日は負けたが、いずれはこの僕──ラトス・ガノアルクが君に勝利する! それまで、せいぜい他の者に負けぬように精進しておけ!」
それだけ言い残すと、ラトスはこちらの返事も待たずに背を向けて立ち去った。
その背中を眺めながら、俺は噛み殺した笑みを漏らす。
学校長からラトスの取り巻く環境を聞かされて、俺は大きな不快感を覚えていた。当人の意志を無視して偽りを演じさせるガノアルク家に激しい苛立ちを感じていた。
──今のラトスを見てその気持ちが薄れた。
ガノアルク家の思惑によって、性別を偽りながらジーニアス魔法学校に入学したのは紛れもない事実だろう。
だが、俺に敗北を喫したはずのラトスは、非常に前向きだった。
本当のところは俺にだって分からない。性別を偽っていることに何かしら思うところはあるかもしれない。
しかし、そうであったとしても、俺に見せつけた気概は本物。今日の敗北をバネに、さらなる高見を目指そうとする意志の強さを感じさせた。現状に大きな不満を抱えていてはあの顔は無理だろう。
ガノアルク家の事情が何であろうとも、ラトスはいずれ俺を打ち倒すと宣言した。だったら、俺が変に気を回しても余計なお節介だ。
……あの破城槌級のおっぱいを日頃から拝めないのは非常に悔やまれるが、そこはさすがに自重しよう。代わりにノーブルクラス随一を誇る巨大弩級おっぱいで我慢する。あれはあれで良いものだ。
「良いぜラトス。お前さんが男だろうが女だろうが関係ない。挑んでくるなら相手になってやるさ」
もちろん、次に勝つもの俺だ。
今日の決闘を経て、俺はようやくジーニアス魔法学校の生活が始まったのだと実感したのである。
…………………………
ただ、寮に帰ってからハタと気がつく。
「あれ? 俺がおっぱい見ちゃったの、もしかして気がついてなくね?」
詳細は後のお話で書きますが、色々とツッコミがきそうなのであえて先にネタバレしておきましょう。
ラトス君はリースに性別がバレているとは気がついていません。決闘の際に止めとして受けた一撃が強力すぎて、その前後の記憶が非常に曖昧になっています。それに加えて、気絶から回復した状態では、着ている制服に損傷がなく『その可能性』に思い至らなかったためです。
あと、前話の感想文に、『学校長がラトス君に幻影の魔法をかければよくね?』という意見をもらいましたが、細工をできたのは決闘の壇上を覆う結界です。幻影魔法は学校長の専門外です(幻影魔法がないとは言わない)。
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